「何してるの?」
「は?」
「あなた、何してるの? って聞いてるの」
日南には彼女の言うことが理解できなかった。そもそも彼女は誰だ?
身長が百七十センチはあるだろうか、すらりとした細身だ。茶色に染めた髪は中性的なショートヘアで、ヘーゼル色の瞳が特徴的な美人だ。服装はカジュアルなパーカーとジーンズ、靴は淡い青のハイカットスニーカーであり、遠目から見たら男性だと勘違いしたかもしれない。
戸惑う日南にため息をつき、彼女は勝手に隣へ腰を下ろした。
「探偵なんでしょ? 行方不明者、探してるんだって?」
「な、何でそれを……っ」
今日受けたばかりの依頼が、何故見知らぬ第三者に漏れたのか。もしかするとスキルマーケットサイトのシステムにバグがあったのか? それとも、悪意あるウイルスによって情報が
混乱する日南をよそに彼女は話を続ける。
「何か分かった?」
「いや、それはまだ……って、それよりお前、誰なんだよ」
と、日南がたずねると、彼女は顔を向けながら不敵に微笑んだ。
「
なるほど、それで日南に声をかけてきたらしい。というのは分かるのだが、それにしてもおかしい。
日南は横目に彼女をにらむ。
「どうして俺が探偵だと分かった?」
「秘密」
「じゃあ、どうして俺が行方不明者を探してることを知ってる?」
「それも秘密」
「くそ、何も教えやがらねぇ」
半ば無意識に毒づいて、日南はスマートフォンをポケットへしまった。
「何が何だか分からないやつと話すことはない」
と、鞄を肩にかけ直して立ち上がる。
すると北野も腰を上げた。
「ねぇ、一緒に行動させてくれない?」
「はあ?」
「一人で調べるより、二人で調べた方がいいと思うんだ」
自信があるのか、平然とした口調で持ちかける彼女を、日南はじっと黙って見つめる。
部屋で過ごすことが多い日南にとって、女性との出会いは貴重だ。しかも年齢は二十代前半、中性的ながら美人な相手である。
つい下心が顔を出したが、必死に押さえ込んで日南は問う。
「お前は何者だ? それが分からないと返事は出来ない」
北野は少し考えるように視線を泳がせ、そして答えた。
「消えちゃったから探してる。これでいい?」
何者であるか、どうしても教えるつもりがないらしい。
日南はもう一度たずねようかと思ったが、夕暮れが近いことに気づいてはっとした。そろそろ新宿へ向かわないと、西園寺との待ち合わせに遅れてしまう。
「よく分からないから断る。ついてくるな」
言い置いてさっさと歩き出す日南へ北野は言った。
「またね」
ついてくる気はなさそうだが、またどこかで会うであろうことを示唆していた。
日南は何とも言いがたい気分になりながら、鞄からICカードを取り出して改札を抜けた。
新宿駅の東南口で西園寺と落ち合い、少し歩いたところにある大衆居酒屋に入った。
向かい合って座り、ひとまず生ビールで軽く乾杯をしてから本題に入る。
「昼間の続きだ。西園寺、お前の知ってることを全部教えてほしい」
西園寺はスーツのジャケットを脱ぎながら返した。
「どうせ日南のことだから、世間がどれだけ混乱してるか、今の今まで知らなかったに違いない。というわけだから、優しい俺が事の起こりから話してやろう」
相手が彼でなければ殴っているところだ。大学時代の同級生である西園寺だからこそ、日南はどう言われようとも傷つかない。
とりあえず目の前の刺し身をつまんで、友人の話に耳を傾けた。
「大量失踪事件の最初は、山形県で発生した成人女性の失踪だとされている。三十代で独身、実家で家族と暮らしていたが、ある日突然帰ってこなくなった」
七篠初子と似たような状況だ。
「以前から無断で外泊することがあったらしく、最初はまたかと思ったそうだ。家族が異変に気づいたのは、行方不明になってから五日が経つ頃だった。連絡がつかないことで心配になり、ようやく警察に相談して捜索が開始されたんだが、同じ頃、神奈川県で成人男性が失踪した。こっちは二十代で一人暮らし、職場に来ないことを上司が心配して発覚した」
「それで?」
西園寺はビールでのどを湿らせてから話を続ける。
「以降、どんどん人が消えるようになった。行方不明者は全国各地にいて、警察はてんやわんやだ。しかも一人として見つかっていない。最初の頃こそ、ニュースは連日報道していたが、記者が行方不明になったという記事まで出始めた。その頃から大量失踪事件と呼ばれるようになったんだ」
「でも、行方不明者に関連はないんだろう?」
「ああ、ないな。そもそも全国的なものだし、人数も増える一方で、もう五千人を越えたとさえ噂されてる。関連があると考えるには無理があるよ」
日南はたしかにそうだと思い、うなずいた。大量失踪事件と一括りにされてはいるが、五千人もの行方不明者たちにつながりがあるわけがない。
「ただなぁ、こういうのも出回ってるんだよな」
言いながら西園寺はスマートフォンを取り出し、日南に画面を見せた。比較的空いている電車内の様子を撮った動画だ。
「奥に緑色の服を着た女性がいるの、分かるか? 注意して見ててな」
西園寺の言う通り、奥の方で女性が一人立っていた。扉の横にいて横顔が見える程度なのだが、じっと注目していると唐突に姿が消えた。
思わず目を丸くする日南へ、西園寺はもう一度動画を再生してみせた。そこにいたはずの姿が、まるで最初からなかったと言わんばかりに消えている。
「走行中の電車から、突然人が消えるんだ。奇妙だろ?」
「ああ。やっぱり、いきなり消えているように見えるな……」
とても現実とは思えない映像だった。
西園寺はスマートフォンをテーブルの上へ置き、真剣な目で日南を見た。
「最近はAIが発達してきて、フェイク動画や音声なんかも作れるようになってきたけど、さっきの動画はそうじゃない。特に編集したわけじゃないそうだ」
「ということは、本物か?」
信じがたい思いで日南がたずねると西園寺は肯定した。
「ああ、そうなるな。似たような動画が他にもいくつかあって、どれもこれも人が突然消えるんだ。中には近くで友人を撮影したものもあってな、撮影者の声が入っているんだが、それがまたリアルでさ」
苦い顔をしながら西園寺は刺し身を口へ運んだ。
「これが大量失踪事件の真相なんじゃないかって、一部界隈では話題になってるよ」
「なるほど」
そう考えると、七篠初子が防犯カメラに映っていないことにも納得がいく。彼女はカメラに映らないどこかで、一瞬にして消えたのだ。