「じゃあ、今日の出会いに乾杯!」
男女八人は乾杯した。
今日は合コンである。
「雄介、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
女性側の幹事である美樹が男性側の幹事の雄介に小声で言う。
「なに?」
「彼って、どういう人なの?」
コソコソと美樹が訊いた。
「彼って、誰?」
「あの端の人よ」
美樹と雄介が向かい合って一番端に座っていたが、その反対側の端を指さした。
「ああ、あいつはいい奴だよ。ちょっと変わったところがあるけど、性格もいいし大学での成績もかなりのもんだぜ」
雄介はまるで自分のことのように自慢げに話した。
「そ、それは中身のことよね。そうじゃなくて、見た目のことなの」
「見た目?」
「そう。私にはロバに見えるんだけど」
「まぁ、それはよく言われることなんだけど、あまり気にすることないよ。普通にやり取りはできるから」
その話題の主は普通にテーブルに座っていた。
確かに見た目はロバではある。しかし、人間と同じように椅子に座り、ジョッキを手に持って、うまそうにビールを飲んでいた。ただ、手が蹄でジョッキはつかめないので、両手で挟むようにしていた。
「ホント? 日本語わかるの?」
「わかるよ。だって大学生だぜ」
「そ、そう」
美樹は納得ができないという感じであったが、とりあえずはそれ以上なにも言わなかった。
「じゃあ、自己紹介をしようか。まずは俺からね。俺は津田雄介です。今回は幹事なんで、皆さんが楽しんでもらえるようにかんばりまーす!」
雄介はそう言って、隣の西川に振った。
西川が自己紹介し、その後さらに隣の山岡が自己紹介した。西川と山岡はどちらも爽やかな男前であるから、女子の反応は良かった。
そして、男性側の最後の自己紹介となった。
「俺は伊達良平。スポーツ全般は得意です。今日は本気で彼女を探しに来ました。よろしく」
見た目は完全にロバであるが、話すと普通の人間である。訛りもない。しかも名前も普通に日本人だ。
女性陣はどうリアクションして良いのかわからないという感じであった。
「さあ、それじゃあ、男の自己紹介は終わったから、今度は女子の方もお願いするよ」
雄介は話を進めた。
まず美樹から自己紹介した。
「私はここにいる雄介と高校時代から友達で、合コンするから女子を集めてくれって言われたんで一応幹事ということです。でも雄介とは付き合ってるとかそういうことではないので、よろしくお願いします」
「へえ、お前たち付き合ってるんじゃないんだ。お似合いって感じだけど」
端の席からロバの伊達が冷やかすように言った。
「やめろよー。なんで俺がこいつと付き合わなきゃなんねんだよ」
雄介は少し恥ずかしそうに返した。
その様子に、女性陣はまたリアクションに困っていた。
そこから他の女子三人も自己紹介したが、どの子もかわいかった。
一時間ほど経った。
全員だいぶアルコールが回ってきて、場も盛り上がっていた。
「ねえねえ、誰か気に入った人いた?」
女子の参加者の一人莉里が、別の参加者の真美にトイレに行ったときに訊いた。
「私は西川君かなぁ。莉里は?」
「私は山岡君。でも、今回結構当たりよね。一人変なのがいるけど」
「ロバでしょう? あの人ってなに? ロバなの? どう見てもロバに見えるからロバよね?」
「でも、普通にお酒飲んでるし、料理も食べてるわよ。それに日本語もしゃべるし、結構話題も豊富で話も面白いし」
「確かにそうだけど、彼ってあれ裸なんじゃないの? だって服着てないじゃない。毛皮だからあまり違和感ないけど、ロバにとってはあれは裸よね。真っ裸よね?」
「でも、ロバだし、服着た方がおかしいんじゃない?」
「それはそうだけど……」
そこにもう一人の参加者である桃花が来た。
「ああ、ここにいたの? 彼凄いわよ」
桃花は目を輝かせていた。
「なに、なに?」
「あの伊達君ってすごいお金持ちなんだって。起業しててアプリで大儲けしているらしいわよ」
「えっ、そうなの? どんなアプリ?」
「これよ」
桃花はスマホを出して、そのアプリを二人に見せた。
「ああっ、これっていますごい人気のあるやつじゃない! これってあのロバが作ったの?」
「そうらしいわ」
「ホントかしら。ふかしているだけじゃないの?」
「たぶん本当だと思うわ。だって彼の時計、ウブロだったわよ」
「マジ? ロバの腕にあの高級時計のウブロなんかしてんの?」
「あら、気づかなかった? 私は来た時にすぐ確認しておいたわよ」
それを聞いた莉里と真美は顔を見合わせた。
「こんなこと合コンでは常識じゃない」
桃花は言った。
「そうなの。でも、私たちは別に伊達君には興味はないから、そういう意味では……」
莉里と真美は苦笑いするしかなかった。
三人がトイレから席に戻ると、場はさらに盛り上がっていた。
「好きなタイプを言って行こうよ」
雄介が提案した。
「じゃあ、まずは男性陣から言って行こうか。伊達から頼むよ」
雄介はロバの伊達を指名した。
「俺は、おしとやかなタイプが好きかな。あまりでしゃばらず尽くしてくれる人がいいけどね。見た目はこだわりはないけど、出来ればモデルのような見た目だとよりいいって感じ。ヒヒン」
「いまヒヒンって言ったわよ」
莉里が真美に小声で言った。
「シーッ、聞こえるわよ」
真美は人差し指を口に当てた。
そこから順に男性陣が自己紹介をし、女性陣の番になった。
順に話していき、最後は桃花だった。
「私は、頭が良くて優秀な人が好きかなぁ。見た目は面長で毛深い人が結構好きかも。服装とかそういうのにあまりこだわらない飾らないタイプがいいかな」
桃花は明らかに伊達を意識したことを言った。
莉里と真美は、桃花がすでにロバをロックオンしたのだとわかった。
「じゃあ、そろそろ席替えしようか」
雄介がそう言うと、みんな自分のグラスを持って移動した。
莉里と真美は二人並んで座り、その前には西川と山岡が座った。
雄介と美樹も並んで座り、その向かいには伊達と桃花が並んで座った。
「ねえ、伊達君って結婚とかは興味あるの?」
桃花が伊達にもたれかかるようにしながら訊く。
ロバの肩に桃花の長い髪が触れる。
「結婚なんてまだ考えてないよ。だって、これからまだまだやりたいことあるしね」
「例えばどんなことがやりたいの?」
「そうだなぁ、例えばバックパッカーとして世界一周とかも興味あるよ」
ロバがバックパックを背負う図が、あまりにもピッタリ来過ぎである。
向いの席で聞いていた美樹の頭には、エベレストの地元ガイドが、荷物をいっぱいロバに背負わせている情景が浮かんでいた。
「俺は人生は挑戦だって思ってるんだ。せっかく生まれてきた以上はなにかをこの人生で成し遂げたいってね。人生は挑戦をやめたら終わりだよ。人生ってのは生きる価値があるものに自分でするものだと思うんだ」
伊達はやたら人生と言うが、ロバなのにっていうのがどうしても美樹には頭に浮かんでしまうのだった。
「素敵よ。そんな伊達君に私、憧れちゃうわ」
桃花はもうロバであることなどはどうでもいいのだろう。すっかり伊達に夢中のようだった。
それから合コンが終わるまで席の移動はなく、雄介と美樹以外はどうやらカップルが成立しそうな雰囲気であった。
「じゃあ、一旦ここで終わるけど、二次会はする?」
雄介がみんなに訊いたが、どうやらその必要はなさそうだった。
結局、その店を出ると解散となった。
莉里と真美、西川と山岡は四人で夜の街に消えて行った。
「ねえ、伊達君。どこかで飲みなおさない」
桃花は甘ったるい声で伊達に言った。
「いいね。じゃあ、ちょっと俺の知ってる店に行こうか。なかなかおしゃれなバーでさ。六本木にあるから、タクシーですぐだよ」
「わあ、行ってみたい!」
桃花ははしゃいだ。
「お前たちはどうする?」
伊達が雄介と美樹に訊く。
「いや、俺たちはもう帰るよ」
「そうか、じゃあ、ここで」
伊達はそう言うと、さっと蹄の手を挙げてタクシーを止めた。
タクシーが伊達の前にスーッと停まった。
伊達は桃花をエスコートしてタクシーに乗せた。
タクシーは何事もなく走り出した。
「なんだか、私、今日は不思議な気分だわ」
美樹が離れて行くタクシーを見ながら言った。
「そうかい。俺は楽しかったけどなぁ。伊達と桃花ちゃんがうまくいくといいな」
雄介もタクシーを見ていた。
夜の街はまだまだこれから盛り上がりを見せることだろう。