「え……」
アルベルトの制服を掴んだラルフの手から力が抜け、だらりと垂れ下がる。
「じいちゃんが……死んだ……?」
いやそんなはずはない、じいちゃん、いや、師匠はすっごくしぶといんだぞ? そんな簡単にくたばるわけ、とラルフが混乱した面持ちでアルベルトと司令官の顔を見比べる。
だが、二人の顔は真面目で、決して冗談を言っているようには見えない。
「マジ……なのか?」
いくら自分が否定しても二人はそれを肯定しない、ということに、ラルフもようやく現実が見えてくる。
「なんで……」
力なくソファに座りこみ、ラルフは両手で顔を覆った。
その肩に手を置き、アルベルトが口を開く。
「お祖父さんのことはお悔やみ申し上げる。それ以上は言わない」
今、ラルフに何を言っても無駄だろう。たった一人の身内であるのなら、それが失われたと知った時のショックの大きさはアルベルトにもなんとなく分かった。
アルベルトも若い頃にインベーダーの襲撃で父親を亡くしている。それがきっかけで防衛軍にも入った。そんな経験があるから、ラルフの気持ちは完全にではなかったが分かったつもりだった。
泣きたいなら泣けばいい、とアルベルトが心の中で呟くが、ラルフは泣かなかった。
ほんの少し、考え込むような様子を見せたが、すぐに顔を上げ、司令官を見る。
「……じいちゃんがここにいたのは、本当なのか?」
その問いに、司令官がああ、と頷く。
「ハミルトンはアーサーの……いや、ヴィヴィアンの開発を行なっていた。別の場所で開発されたアーサーの動作を最適化するためのアシスタントAI、『
「ヴィヴィアンが——」
思わず、ラルフが左肩で退屈そうにしているヴィヴィアンを見る。
「お前、じいちゃんの……?」
『
ラルフの顔を穴が開くほど見つめ、ヴィヴィアンがため息交じりに呟く。
『顔認証。……確かに、面影があるわね。一応、血縁関係の確率は90%を超えてる』
「マジか……じいちゃんが……」
まさか、じいちゃんがここにいたなんて、と呟くラルフ。その上で、ヴィヴィアンの言葉を心の中で反芻する。
「いつかお前を見せてやりたい」とヴィヴィアンに言ったその言葉が、今実現している。
ハミルトンはラルフが知る中でも最高のハッカーだった。それも、コンピュータに危害を加えるような
実際、ラルフも悪意を持ってのハッキングは行わない。困っている人がいた時に、その悩み事を解消するためにハッキングを行う。今回、アーサーの認証システムをハッキングして認証を回避したのもそうすることで多くの人間を救えると思ったからで、決して基地の人間に迷惑をかけるためではない。
だからこそラルフは一度ヴィヴィアンを手放したし、ヴィヴィアンが自分を求めているというのならとその求めに応じた。
「人のためにあれ」、そのハミルトンの教えを守って、ラルフは今まで生きてきた。
その、今までの経験を、積もる話をハミルトンとしたい、と思っていたのに、それはもう叶わない。
「……じいちゃんは……師匠は、皆のためにヴィヴィアンを造ったんだよな?」
どうしても気になって、ラルフはそう尋ねる。
ああ、と司令官が大きく頷いた。
「ハミルトンはアーサーが皆の希望となるべく、アーサー王にエクスカリバーを与えた湖の乙女の名を持つアシスタントAIを生み出した。
なるほど、と納得しつつもラルフは何故か安心感を覚えた。
「仮想統合視覚インターフェース及び人工ナビゲーションエンジン」だと確かに長すぎて覚えられないが、その頭文字を取ってヴィヴィアンなら親しみやすい。ラルフとしては「少し特殊なアシスタントAI」という認識で十分なので、正式名称がいくら的を射ていたとしても覚える気はなかった。そして、このネーミングにはハミルトンのセンスを感じる。ハミルトンは特殊なシステムを作り出す際、まず愛称を決めてからそれに則した正式名称を設定する癖があった。ラルフの前でよく行っていた癖がこの基地でも発揮されていたとなると、ハミルトンが本当にこの基地にいたのだとラルフに実感させる。
じいちゃん、やっと追いついたよ、とラルフは心の中で呟いた。
そんなラルフの心の中はつゆ知らず、司令官が話を続ける。
「しかし、ヴィヴィアンは初回起動時に『あたしにふさわしいマスターが来るまで休眠する』と宣言してそのまま休眠してしまったんだ。それ以来、アーサーは誰にも起動することができなかった。起動できなければ動作テストを行うこともできないしグレムリンに襲撃されても戦えない。困っていたところへ君が来てヴィヴィアンを目覚めさせた、という次第だよ」
「……はぁ」
気の抜けた返事をして、ラルフがヴィヴィアンを見る。
「ヴィヴィアン、」
『何、マスター』
ラルフに声を掛けられ、ヴィヴィアンがラルフの眼前に回る。
「もしかしてだけど、俺を待ってた?」
その質問に、ヴィヴィアンが「うーん」と唇に人差し指を当てて考える。
『待ってたと言えるし、待ってなかったとも言える。あたしの休眠解除は特定のコードが入力されたらというフラグが設定されてたの。だから、そのコードを入力できる人がいるなら誰でもよかった』
「そのコードは?」
思わず、ラルフはそう尋ねていた。
それには心当たりがある。アーサーの認証を回避する際、ラルフはハミルトンから譲り受けた認証回避ツールを使用していた。それは認証が必要な局面では絶大な効果を発揮するが、それ以外ではパスワードが必要な場所や物のパスワードを解析する程度にしか使えないものだった。とはいえ
その認証回避ツールの、認証回避モードを起動する際に、特定のコードを入力する必要があった。所謂ツールの起動パスワードなのだが、ラルフが起動した新型エインセルの通称が「アーサー」で、アシスタントAIが「ヴィヴィアン」で、武装が「エクスカリバー」と「カリバーン」と『アーサー王伝説』由来のものだと知った今は理解できる。
恐らく、ヴィヴィアンの休眠解除コードは——「
ここまでつながれば、確信できる。
ハミルトンは、はじめからアーサーをラルフに託すつもりで開発に協力したのだ、と。
ヴィヴィアンが少し考えるそぶりを見せたが、すぐに「まあいいわ」と頷く。
『どうせ休眠状態が解除されてるから今更コード開示も何もないわね。あたしが目覚めるためのコードは「LANCELOT」。どういう入力方法でもいい、とにかくアーサー内でこのコードが入力されたら休眠状態が解除されるようになってた』
やっぱり、とラルフが呟く。
これで、ラルフの中では確定した。
じいちゃんは俺がここまで追いかけてくると信じていたのか、と思いつつ、ラルフは口を開く。
「多分、じいちゃん、アーサーを俺に託すつもりでヴィヴィアンを造ったんだと思う」
『なんだと』
司令官とアルベルトが同時に声を上げる。
「どういうことだ」
信じられない、といった面持ちでアルベルトがラルフを見るが、ラルフは確信した目で頷いてみせる。
「じいちゃんは地球の未来を俺に託した。おっさんは『大人に任せろ』って言ってくれたけどさ……じいちゃ……師匠はきっと子供こそが未来を切り開く剣だと思ったんだ。だから——」
そこまで言い、ラルフは真っすぐな目で司令官を見た。
「俺、アーサーに乗って戦うよ。ヴィヴィアンが俺を選んだからじゃない、師匠に託されたからでもない、俺が『可能性』なら、俺は俺を信じて戦う」
ラルフのその言葉に迷いはなかった。
大人たちが夢見た「子供たちに平和な世界を見せる」という願いが叶うのをただ待つだけではいけない。
自分にその力があるのなら、自分の手で掴み取ってみせる、と。