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第8話「追い求めていたものは」

 格納庫に戻り、アーサーから降りたラルフは格納庫に駆け付けていた基地の隊員たちに取り囲まれていた。


「本当にガキじゃねえか! このガキがデュラハンを撃破したのか!?」

「アーサーがすごいのかガキがすごいのか、どっちだ!?」


 そんなことをわいやわいやと騒ぎながら隊員たちはラルフを取り囲み、喉が渇いただろうとペットボトルの水を渡しながら「よくやったな」と労う。


「えへへ……」


 大人たちに囲まれ、ラルフが年相応の無邪気な笑顔を見せる。


「こんな子供を戦わせようとするなんて……ヴィヴィアンも何を考えてるんだ」


 そんな隊員の言葉に他の隊員もつられてヴィヴィアンの方に視線を投げるが、当のヴィヴィアンはドヤ顔でふんぞり返っている。


『あたしがアーサーにふさわしいと思ったパイロットがたまたま子供だっただけよ』

「でもヴィヴィ、なんで俺がアーサーにふさわしいんだ?」


 ヴィヴィアンの発言に疑問を覚えたラルフが質問する。


『ヴィヴィ……!? 馴れ馴れしく呼ばないでよ!』


 ヴィヴィアンとしてはラルフを「アーサーにふさわしい」とは思ったが、まだ完全に信頼するには値しないということか。

 愛称呼びを拒絶され、ラルフが「えぇ……」と肩を落とす。

 ラルフとしてはヴィヴィアンが自分じゃないと嫌だと駄々をこねたから戻ってきたのに、いざ仲良くしようとしてここまであからさまに拒絶されると悲しくなってくる。

 それとも、元々が「V.I.V.I.A.N.E.」という略称を名前とした個体なので愛称で呼ばれたくないということか。


「まーいいだろ、今日はデュラハン撃破の祝杯を挙げるぞ! 文句のある奴はいねえよなあ?」


 景気のいい隊員が声を上げる。周囲の隊員が応、と拳を振り上げる。

 ほんと、みんな景気がいいなあと思いながらラルフは隊員達にもみくちゃにされていた。


「ほらほら通してくれ」


 騒ぎ立てる隊員たちの後ろから司令官の声が響く。

 その瞬間、格納庫が一瞬にして静まり返り、海を割るかのように隊員が左右に離れ、道を作る。

 その人と人の間を通り、司令官がラルフに歩み寄った。


「司令……」


 ラルフが司令官を見上げる。


「ラルフ、よくやったな」


 そう言い、司令官がラルフの手を握る。


「君のおかげで我々は救われた。デュラハンを撃破する力は我々にはなかったんだ。アーサーがそれを可能にするというのなら、まずそれを見せてくれた君に感謝したい」

「なんか照れるなあ……」


 ここまでべた褒めされるとどうしても恥ずかしくなってしまう、失踪した師匠は割と褒めてくれる人間ではあったが、師匠以外の人間にここまで褒められた経験はあまりなく、自分の行動は間違っていなかった、という安心感とこんな自分でも人の役に立てるんだ、という意識が自己肯定感を高めていく。


 元々そこまで自己肯定感が低いラルフではなかったが、それでも師匠が突然目の前からいなくなり、ただ一人放り出されたことで様々な不安は抱えていた。その不安が、ほんの少しだが隊員たちや司令官の言葉で消えていくようだった。


「お前たちには酒保での宴会を許可する。後でラルフも寄越すが、くれぐれも飲ませるなよ?」


 デュラハン撃破の祝いくらい私だって許可する、私も行くから無礼講で行くぞ、などと続ける司令官に、隊員たちが一斉に色めきだって解散していく。

 ラルフと司令官、そして整備員だけが取り残された格納庫で、ラルフはちら、と振り返ってアーサーを見た。


「……でも、なんで『アーサー王伝説』なんだ? 別にゆかりの地でも何でもないだろ」


 そう、司令官に尋ねてみたもののラルフの中にはいくつか自分を納得させる理由はあった。

 確かにレイクンヒースは『アーサー王伝説』の舞台となったウェールズやコーンウォールといった地からはかなり東の方に存在する。が、大雑把に見れば同じグレートブリテン島にはあるし、第一この騎士のような見た目のロボットに『アーサー王伝説』のアーサー王のような「侵攻者の撃退」を願いたくなるのも分かる。それなら一撃必殺の威力を秘めた各武装にアーサー王由来の名称を付けたくなるのが人間というものだ。


 とはいえ、そんな『アーサー王伝説』にあやかったロボットに乗って戦うというのも何となく気恥ずかしいもの。できればあのヴィクトルとかいうパイロットに任せたいけど、きっとヴィヴィアンが許してくれないんだろうなあと思いつつラルフは司令官の返答を待った。


「まぁ……それは、制作者の趣味だ」

「ぶっ!」


 司令官の思わぬ返答に、ラルフが飲みかけの水を盛大に吹き出す。


「は!? 趣味!?」


 そんな単純な理由でいいのか。いや、もしかするとラルフが考えていたような意図はあったが恥ずかしくて「趣味だ」とか言ってしまったのだろうか。

 人間の考えなんてそんなものだ。制作者がはっきりとした意図を伝えたとしても他の人間は自分なりの解釈で物事を測り、一喜一憂する。


 もしかすると制作者もそれを意図したのかもしれない。解釈は人それぞれ、アーサーの乗り手に自分の解釈と信念で使いこなしてくれ、という。


「……でも、アーサーの製作者ってどんな奴だったんだ? エクスカリバーもカリバーンもグレムリンやデュラハン相手にはオーバースペックな気がするけど」


 ふと気になって、ラルフが尋ねる。

 ああ、と司令官が小さく頷いた。


「それも含めて、私の部屋で話をしよう。アルベルト、君も来るよな?」

「それは勿論」


 戦闘が終わったばかりの格納庫で立ち話をするにはラルフは疲れているだろう、という司令官なりの配慮。

 ラルフとしてはまだまだいけると思っていたが、歩き出した瞬間、くらりと目眩を覚え、自分が思っている以上に疲労していることに気づく。


 幸い、誰もそれに気づいていなかったようなので何食わぬ顔をして司令官とアルベルトに付いて歩き、ラルフは司令官の執務室に案内された。

 執務室にある応接セットのソファに座るよう言われ、ラルフがソファに腰を下ろす。

 その目の前にアルベルトが紅茶を入れて置いてくれる。


「おっさん、ありがと!」

「だから私はおっさんではないと」


 そんなやり取りをするが、アルベルトは戦闘前とは違い、穏やかな笑みを浮かべている。

 ラルフの向かいに座り、司令官は改めて口を開いた。


「ラルフ、こちらが説明する前に、まず君の話を聞かせてもらってもいいか?」

「ん? 別にいいけど」


 司令官の言葉に素直に従うラルフ。

 普通なら「先に教えろよ」と言うところではあったが、司令官の口振りには何か確認したいといった意図を感じたからだ。

 俺の発言で開示する情報を変えられても仕方ないけど、と思いつつもラルフは司令官の言葉を待った。


「さっき聞きそびれた話なんだが、君はどうしてこの基地に?」


 司令官としてはどうしても聞いておきたかった疑問。

 ラルフがアーサーの存在を知っていたからこの基地に来たのか、それとも別の意図があって来たのか、気になるところだった。


 アーサーの存在を知っていることに関しては特に問題はない。防衛軍が新型エインセルを開発しているという話は極秘情報ではあったが口に戸は立てられない。どこからかその話が漏れて噂となっていることは司令官も把握していることであった。その新型アーサーがこの基地に搬入されたという噂も早い段階で広がっているし、なんならそれを一目見ようと侵入を試みる不届きものもいたほどだ。


 もし、ラルフがその一人であったらそれなりの罰を受けてもらわなければいけない。アーサーを乗りこなしてインベーダーを撃退したことは事実だし、今後も戦ってもらうことになるのはほぼ確定だが、それでも体面として罰を与える必要はある。

 そう、司令官は考えていたが、ラルフはそれなー、と呟いてからぽつりぽつりと語り出した。


「俺、師匠を探してるんだ」

「師匠?」


 ラルフの隣に立っていたアルベルトが声を上げる。

 ラルフがちら、とアルベルトを見上げ、うん、と頷いた。


「俺のじいちゃんでハッキングの師匠。すっごいハッキングの腕の持ち主で、機械とかシステムにも超強くてあれだな、本来の意味のハッカーだった」


 なるほど、と司令官が相槌を打つ。


「遠くから来たというのも、君はそのお祖父さんを探すために?」

「ああ、じいちゃんの噂を伝え聞いてずっと旅してたんだ。そしたらこの基地にいると聞いて、レイクンヒースまで来た」


 まぁ、その途中でアーサーの噂を聞いて見てみたいとは思ったけど、それよりはじいちゃんに会いたかったな、と続けるラルフに司令官はえもいえぬ不安を覚えた。

 ラルフが危険とかそういう話ではない。ラルフが探しているという人物、それは。


「その、お祖父さんの名前を聞かせてもらってもいいか?」


 そう言った司令官の声は僅かに掠れていた。

 ラルフがもちろん、と頷いて「その名前」を口にする。


「ハミルトン・フリーデン。そういや、司令官ってさっき俺の名前を見た時フリーデンに反応してたよな」


 祖父の名を口にし、ラルフがもしかして、と身を乗り出す。


「本当にこの基地にじいちゃんがいるのか!?」

「――『ファントム』」


 不意に、横からアルベルトが口を挟んだ。

 その瞬間、ラルフが弾かれたように立ち上がり、アルベルトを見る。


「じいちゃんの通り名! マジで、じいちゃんこの基地にいるのか!?」


 何年も前にラルフの元を去り、そのまま行方をくらましていたハミルトン。

 そしてそのハミルトンが「ハッカーとして」使っていた通り名をアルベルトが口にしたことでラルフは確信する。

 この基地に、じいちゃんはいる。やっと会える、と。


「じいちゃんに会わせてくれ! たった一人の身内なんだ、会って、いろいろ話したい!」


 そう、懇願するラルフに、司令官もアルベルトも首を横に振る。


「なんで!」


 なおも食い下がるラルフに、アルベルトは悲痛な面持ちで真実を告げた。


「ラルフ……。すまない、『ファントム』――ハミルトンは、もう……」

「え……」


 アルベルトのその言葉だけで、ラルフは察してしまった。


「嘘……だろ……?」


 いや、嘘だ。そんなことがあるわけがない、とラルフはアルベルトの制服を掴み、自分の中で否定の言葉を並べる。

 だが、そのラルフの否定を否定するかのように、


「ハミルトン・フリーデンは亡くなった――インベーダーの襲撃によって」


 アルベルトの落ち着いた声が、部屋に響き渡った。

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