——そして、現在に至る。
撃破され、煙を上げるナイトやグレムリンの残骸、その只中でラルフが駆るアーサーとグレムリンの中でもエース機と言われるデュラハンが対峙していた。
双方、武器は剣。ただし、アーサーの剣は
しかし、ラルフは得も言われぬ不安に駆られていた。
あの剣はエクスカリバーで受けてはいけない、そんな、本能の声が聞こえてくる。
ハッカーとして培った勘が、ラルフに気を付けろと囁きかけてくる。
「……」
どうする、とラルフは自問した。
戦わねばならないのは自明の理である。先ほど、一瞬で数機のナイトを撃破したことを考えれば、防衛軍だけでこの戦況を覆すのは難しい。
不可能ではない。インベーダーのロボットであれ、エネルギーで動いているのなら当然稼働時間というものは存在する。帰還に必要なエネルギーを消費してまで戦い続けることはあり得ない。
つまり、デュラハンのエネルギー切れを狙って防戦すればいずれは撤退する。
だが、その方法は確実にデュラハンを撤退させることはできるが防衛軍としては消耗戦となる。どれほどの犠牲が発生するのか、どれほどの屍を築いた末の勝利になるかは分からない。
だからこそ、ラルフは撤退することができなかった。
ラルフにできるのはデュラハンと戦うことだけ。撃破が望ましいが、できなかったとしても撤退レベルにまでエネルギーを消耗させることがラルフの仕事となる。
「っそ、やるしかねえ!」
ラルフが
『マスター、デュラハンの剣は一見普通の剣だけど、活性化するとナイトの装甲を簡単に切り裂けるものなの。ビームなら荷電粒子の光が見えるはずだから、多分レーザーブレードの類だと思う』
ヴィヴィアンがそう説明するが、断定できないのは恐らくデータ不足からだろう。今までのナイトの犠牲の末に解明された部分を、ヴィヴィアンは情報共有としてラルフに説明する。
なるほど、とラルフが頷く——が、すぐに不思議そうな顔をしてヴィヴィアンを見た。
「ちょっと待った、なんでレーザーブレードだって分かるんだ?」
見た目はごく普通の剣、いや、よくよく見れば先端付近に何かしらのユニットがあるように見える。一応は剣なので刺突もできるようにはなっているが、切断に関してはこのユニットが関係している、ということか。
『濃霧発生時や土煙で視界が悪いときのデュラハンの攻撃力が極端に低くなることと、そうでないときに撃破されたナイトの残骸から高出力のエネルギーで切断されたことが分かってるの。そこからの推測ね』
確かに、レーザーなら照射地点までの光の軌跡が見えるかというとごく普通の大気中ではほぼ不可視に近い。濃霧や煙など、レーザーを減衰するものがあればそこが照射地点となり軌跡は可視化されるが、そうでない戦場で使われているから確認が難しい、ということだろう。
「なるほどな……オーケー、分かった」
ヴィヴィアンの説明に、ラルフの脳裏に一つの作戦が立案される。
説明を聞く限り、デュラハンが持つレーザーブレードの威力は御墨付き。普通に打ち合えば高出力のレーザーでエクスカリバーが切断されてしまうだろう。勿論、エクスカリバーが高周波ブレードであることを考慮すれば拘束振動する刀身に高出力のレーザーが当てられても少しくらいなら耐えられそうではあるが、万一鍔迫り合いになればあっという間にやられてしまう。
先ほどヴィヴィアンが見せてきたデュラハンの観測スペックを見る限りでは機動性能はアーサーと大差ない。そうなると勝つのは乗り手、あるいは自律思考がいかに的確に操縦するかという技能的な面と敵の武器をいかに無力化するかという頭脳的な面に掛かってくる。
インベーダーの各種ロボットにインベーダー自身が乗り込んでいることはない。制御系統に関しては完全自律思考のAI制御である、と推測されている。その点で、人間の思考というノイズの多い操縦を行うラルフの方が分が悪い。
だが、頭脳的な面では必ずしもAIの方が優秀とは必ずしも言い切れない。
先ほども、多数のグレムリンに囲まれた絶望的な状況をラルフはヴィヴィアンにも考え付かなかった作戦で乗り切った。いくら自律思考できるAIであっても、人間のような柔軟な思考は難しい。結局は創造者によって与えられた指示を正確に実行するだけの機械なのだ。
『勝ち目あるの?』
ラルフの口元に笑みが浮かんだことで、ヴィヴィアンが尋ねてくる。
ああ、とラルフは自信たっぷりに頷いた。
「見せてやるよ、人間の戦い方を!」
そう声を上げ、ラルフはセンスフィアに意識を流し込んだ。
アーサーの脚部ローラーが唸りを上げ、走り出す。
『そのまま突っ込む気!?』
ヴィヴィアンが抗議するがラルフはそれを無視してデュラハンに向かって突き進んだ。
接近するアーサーに反応してデュラハンも剣を構えてアーサーに襲い掛かる。
その、デュラハンの剣が届く直前でアーサーは急転回した。
デュラハンの剣を避けながら、単機で取り囲もうとするかのように周囲を回る。
デュラハンもそれに合わせて動き、二機のロボットの追いかけ合い、いや、その場での回転を始める。
『何やってんの! 視界が——』
二機のロボットがその場でぐるぐると回るため、脚部ローラーが巻き上げた土煙がアーサーの視界を隠す。それはデュラハンも同じだったが、視界が潰されても互いの機体にはレーダーがある。
レーダーのレンジを最小に絞り、自機とその周囲数十メートルほどの範囲を表示させ、ラルフはアーサーをデュラハンの剣に触れないように操っていく。
——と、土煙の向こうで赤い光の筋が見えた。
「今だ!」
ラルフが叫び、赤い光の筋に向かって突き進む。
エクスカリバーが活性化し、高速振動によって赤い輝きを放つ。
「そこだ!」
アーサーがエクスカリバーを振り下ろす。
それを、デュラハンが剣で受け止める。
しかし、二本の剣がぶつかり合ってもエクスカリバーがへし折られることはなかった。
『! まさか——』
思わずヴィヴィアンが声を上げる。
先ほど、ラルフに説明したではないか。「土煙で視界が悪いときにデュラハンの攻撃力が落ちる」と。
そして、今この場はもうもうと立ち込める土煙で視界はほとんどない。
ラルフは敢えてこの状況を作り上げることでデュラハンのレーザーブレードを封じたのだ。
ただ、それだけではデュラハンの正確な態勢を把握することはできない。視界がほとんどない以上、敵の位置をレーダーで知ることができるだけだ。
それなのに、アーサーが正確にデュラハンの剣にエクスカリバーを叩き込んだのはデュラハンの剣に這わせたレーザーが減衰し、それによって光の軌跡が可視化されたからだ。
ほんの少ししかない情報量で、ラルフは的確にデュラハンの姿勢を把握する。
「こん、のぉっ!」
ラルフが吼える。それに合わせてアーサーがデュラハンの剣を右へと弾き、一歩踏み込み、右から左へと振り抜いた。
赤く輝くエクスカリバーがデュラハンの胴を捉え、真っ二つに切り裂いていく。
レーザーブレードは特殊な素材が使われていたのかへし折ることはできなかったが、デュラハンの装甲はグレムリンと同様のものだったのか、いともたやすく切断されていく。
数秒後、上半身と下半身に分かれたデュラハンがその場に崩れ落ちた。
視界がない状況での攻撃だったため、ジェネレーターは外していたらしく大きな爆発は起こらない。
大きく後ろに跳び、アーサーが剣についた血を払うかのようにエクスカリバーを一振りする。
ひときわ強い風が舞い、砂埃を吹き飛ばしていく。
砂埃が消えたそこには、真っ二つにされ機能停止したデュラハンが倒れていた。
《やった……のか?》
呆然としたオペレーターの声がコクピットに響く。
「フラグ立てんな!」
そう言いつつも、ラルフは勝利を確信していた。
まさか、デュラハンを撃破されてこれ以上増援を送ってくることはないだろう。
グレムリン部隊も全て撤退しており、戦場には敵の反応は一つもない。
『……デュラハンを……倒しちゃった……』
ヴィヴィアンも呆然と呟き、ラルフを見る。
『なんなの、マスター……』
ヴィヴィアンの声に、ラルフが「ん?」と首をかしげる。
「なんなのって、そりゃー俺は稀代の天才ハッカー『ファントム』の弟子、『ワイアーム』だからな!」
《!? 『ファントム』?》
サブモニターの向こうでオペレーターが驚いたようだが、ラルフはそれに気づかない。
「しかし、意外と何とかなるもんだな」
何とかなるもので終わらせられる話ではない、とヴィヴィアンが思考ログにその考えを重ねていく。
今まで、デュラハンは「撤退させる」ものだった。
それを、ラルフは、アーサーは倒してしまった。
ヴィヴィアンは勿論、管制室から状況を見守っていた面々も驚くしかなかった。
そして思う。
ラルフこそがこの戦争を終結させる鍵なのだ、と。
《『ワイアーム』、よくやった。周囲に敵の反応もない、帰投せよ》
ほんの少しのどよめきの後、落ち着きを取り戻したオペレーターがラルフに指示を出す。
りょーかい、とラルフは軽く返した。
「キャメロット・ワン『ワイアーム』、
アーサーの脚部ローラーが唸りを上げ、機首転換して基地に向かう。
残されたのは機能停止した真っ二つのデュラハンと、今だに燃え続ける敵味方の機体の残骸、そして廃墟。
強い風がもう一度吹き、アーサーが巻き上げた土煙を吹き飛ばしていった。