目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第6話「キャメロット・ワン」

 シェルターの中で、ラルフはしばらく目を閉じていたがすぐに目を開け、体を起こす。


「……」


 シェルターに避難しているのはラルフだけだった。基地の人間は全員戦闘配置についているのだろう。

 壁に掛かった時計を一瞥し、ラルフは壁にもたれかかってため息を吐いた。


 これでよかった、とは思っている。アーサーとヴィヴィアンは防衛軍の人間が使うべきだ。まだ子供で、防衛軍に入隊すらできないラルフが扱っていい代物ではない。

 それなのに、心の中がざわついているような気がして、ラルフはどうして、と呟いた。


「俺が何とかしていいものじゃないだろ……」


 ラルフがアーサーを起動し、戦闘行動を行ってしまったのは本来なら重大な違法行為である。返却したとはいえ軍所有の兵器を強奪したし、身を守るためとは言え被害も出した。それを、「窮地を救ってくれた」というだけで無罪放免すると言うのだからこの基地の司令官はお人好しである。

 だからこそ、ラルフはアーサーとヴィヴィアンをきちんと返却しなければいけないと思った。


 それなのに。


「……でも、ヴィヴィアンが許してくれなさそうなんだよなぁ……」


 ぽつり、とラルフが独り言ちる。

 ほんの少し、共に戦っただけだがヴィヴィアンの思考パターンはある程度予測できた。

 マスターと認めた相手にのみ付き従い、他者の指示は一切聞かない、いい意味で従順、悪い意味で強情な性格をしたヴィヴィアンのことだ、防衛軍が用意した正規のパイロットが気に食わなければ何があってもアーサーを起動させないだろう。それこそ、基地が壊滅すると言われても首を縦に振らないはずだ。


 実際のところ、ラルフの見ていない場所でラルフが予想していた通りの会話が展開されていたわけだが、そんなことは知る由もない。

 もし本当にヴィヴィアンがアーサーの起動を拒んでいたら、ということがラルフにとっての気がかりだった。ヴィヴィアンならやりかねない、そんな確信がラルフの胸を過る。


「……やっぱ、俺じゃないとだめかなあ……」


 そう、口にしてしまい、ラルフはぶんぶんと首を振った。

 いや、そんなことを考えてはいけない。アーサーは大人に任せるべきだ。

 しかし、そう自分に言い聞かせるほど不安は胸を締め付けてくる。

 遠くでは戦闘が始まったのか地響きが聞こえてくる。


「……あーダメだダメだ」


 暫く悶々と考え込んでいたラルフだったが、不安に耐え切れず声を上げ、立ち上がった。

 迷うことなくシェルターの出入り口に向かい、ドアを開ける。

 重々しい音を立ててドアが開き、ラルフは通路に出て、先ほど案内されてここに来た順路を戻り始めた。

 エレベーターに乗り、地上に向かう。

 戦闘で大騒ぎになっている基地を走り、管制室に向かう。


 エレベーターに乗っている間にラルフは基地の中央演算システムメインフレームに侵入し、見取り図を入手していた。そのため、迷うことなく管制室に到着する。

 管制室のロックを裏口バックドアを仕掛けておいたメインフレームに侵入して解除し、扉を開ける。


「しかし、ラルフを出さねば死ぬのは我々——その結果起こるのは、人類の滅亡、ラルフも死ぬことになるのだぞ」

「それは——」


 扉を開けた瞬間、ラルフの目に飛び込んできたのは司令官と補佐官が言い合っている姿だった。

 同時に、聞こえてきた会話でラルフは全てを察してしまった。

 予想通りの展開。ヴィヴィアンは強情にも正規のパイロットには従わず、アーサーを動かすにはラルフの力を借りるしかないという状況。


 やっぱり、と思いつつも、ラルフは自分がヴィヴィアンに認められていたという事実に少しだけ誇らしくなってしまう。

 軍所有のアーサーを借り受けるのは気が引けるが、自分しかできないのなら戦わないという選択肢はない。


《ラルフなら協力してくれるさ。何故なら——》


 中央のモニターに映し出されたパイロットと、何故か目が合ったような錯覚を覚える。

 思い切って、ラルフは管制室に踏み込んだ。


「俺の力が必要だって?」


 可能な限り堂々と、大人たちには負けない、という意思でラルフはそう言い切った。



『ラルフ!?』


 司令官と補佐官アルベルトが振り返り、同時に声を上げる。

 確かに、今、アーサーを動かせるのはラルフしかいないと呼びに行くつもりではあった。

 それなのに、そのラルフがあろうことか管制室に踏み込んでいる。

 ロックを解除されたのはこの際不問にするとしても、どうしてここに、とアルベルトが困惑した面持ちでラルフを見る。


「いやー、何となくアーサーを動かせないんじゃないかって思ってさ」


 頭を掻きながら、ラルフがそう口を開く。


「あのヴィヴィアンのことだから、俺じゃないと嫌だってごねてる気がしたんだよ」

「……その通りだ」


 アルベルトが素直に頷く。

 やっぱり、とラルフが苦笑する。


「ってわけで、手伝いに来た。まぁ俺のような民間人がアーサー試作機に乗るなんて許されることじゃないのは分かってるけどさ、でもこんな状況でそんなことも言ってられないだろ。だから手伝うよ」

「……すまない」


 司令官より先に、アルベルトが謝罪する。それに対し、ラルフが「気にすんなって」と軽く返す。


「で、アーサーはどこに? さっきの格納庫か?」

「ああ、すぐに案内する。子供用のパイロットスーツなんて用意していないからとりあえずそのまま乗ってくれ」


 アルベルトに案内され、ラルフが早足でそれに続く。


「……しかし、拒否することもできただろうに」


 だんだん早足になりながら、アルベルトが不思議そうに呟く。

 それを、ラルフも駆け足になりながら「それなー」と頷いた。


「シェルターにいたならあんたらが死んでも俺だけは生き残れたと思うよ? だけど、それじゃ目覚めが悪いし、第一——」


 ラルフがそう答えたところでずしん、と基地全体が揺れる。

 近いな、とラルフもアルベルトも考え、自然と早足が駆け足、そして全速力になっていく。


 早くしないと基地が壊滅する、そう自分に言い聞かせ、ラルフは息を切らしながらアルベルトに追従した。


「サイラス! 連れてきたぞ!」


 格納庫に飛び込むと同時に、アルベルトが叫ぶ。


「こっちは準備完了してる! 小僧、早くしろ!」


 サイラスと呼ばれた整備長が、アーサーのコクピットにつながる足場の上から手を振って叫び返す。


「おっちゃんたち、待たせた!」


 そう声を上げながらもラルフは足場に向かって走り続ける。

 それを迎え入れるように、白と青で彩られたパイロットスーツを身に着けた男——ヴィクトルが手を振り上げ、そしてラルフに向かって何かを投げた。


「ヴィヴィアンだ!」

「あいよ!」


 ヴィクトルが投げたシルキー格納用端末を受け取り、ラルフが足場の階段を上りながら端末を起動する。

 即座にデータの転送が行われ、ラルフが足場の頂上に到達する頃にはその左肩にヴィヴィアンが姿を現していた。


『マースーター!!』


 鬼の様相な形相でラルフを睨むヴィヴィアン。


「悪ぃ悪ぃ、まさかお前がここまで駄々をこねるやつだとは思ってなかったんだよ!」


 そんなやり取りをしながら、ラルフが足場の頂上で足を止め、息を吐く。


「ヴィヴィアン、力を貸してくれるか?」

『勿論よ! だってあたしは、マスターのために造られたんだから!』


 それなら、とラルフがコクピットに乗り込もうとする。


「小僧、基地を頼む!」


 サイラスがラルフに声をかけ、軽く背中を叩いた。


「任せろ! グレムリンなんて、全部蹴散らしてやる!」


——俺が負けるはずなんてない、俺は師匠に鍛えられた無敵のハッカーだから!


 ラルフがシートに腰を下ろすと、ヴィヴィアンが即座にアーサーを起動する。

 点灯したモニター正面に浮かび上がる「V.I.V.I.A.N.E.」の文字、次の瞬間、モニターは外の様子を映し出した。


《——つながった! ラルフ、聞こえるか!?》


 サイドモニターが切り替わり、管制室が映し出される。


《時間がない、手短に説明する。君のコールサインは『キャメロット・ワン』だ! 復唱してくれ!》


 オペレーターの声に、ラルフが「ああ!」と力強く頷く。


「了解、俺のコールサインは『キャメロット・ワン』、ちなみに通称は『ワイアーム』だ、作戦中はそっちで頼むぜ!」

《ああ、分かった。それならキャメロット・ワン、出撃してくれ》


 あいよ、とラルフが両サイドの感覚スフィアセンスフィアに両手を置く。


「キャメロット・ワン、『ワイアーム』、アーサーで出る!」

『セルギア接続! アーサー起動完了。マスター、いつでも行けるわ!』


 モニターに、アーサーの各種ステータスが表示される。

 よし、行くぞ、と自分を叱咤し、ラルフは自分の感覚をアーサーに流し込んだ。

 アーサーが脚部ローラーを展開し、身を低くする。


「それじゃ、行ってくるぜ!」


 ラルフがそう叫んだ次の瞬間、フルスロットルで回転を始めた脚部ローラーが唸りを上げ、アーサーはカタパルトで撃ち出されるかのように走り出した。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?