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第4話「子供は子供らしく」

 防衛軍基地の取調室。

 そこで、「ワイアーム」は両手を机に固定された状態で拘束されていた。


「ヴィヴィアン、話が違うぞ」


 机上に設置されたバーに引っ掛ける形で手錠をかけられた「ワイアーム」は、左肩に座ってのんびりしているヴィヴィアンに恨めしそうな声をかけた。

 セルギアは何故か没収されていない。それ故にヴィヴィアンとは会話ができる状態ではあったが、この手錠を外さねばハッキングも難しい。


『まさか拘束されちゃうなんてねー。でもあたしを目覚めさせるほどの凄腕ハッカーならこれくらいお茶の子さいさいでしょ』

「無茶言うな、この手錠、アナログだぞ? 俺に手錠抜けのスキルがあると思ってんのかよ」

『えっ、ないの?』


 意外そうなヴィヴィアンの声。

 はあ、と「ワイアーム」は机に突っ伏した。


「……こうなるなら潜入スキルも磨いておいた方が良かったかなぁ……」


 「ワイアーム」がそんなことを呟いていると、取調室のドアが開き、数人の男が入ってきた。


「報告にあった通り、本当に子供だな」


 入ってきたのはこの防衛基地の司令官なのだろうか、制服についた徽章や記念章などを見て「ワイアーム」が判断する。

 むぅ、と「ワイアーム」が司令官と思しき男から視線を外し、膨れっ面をする。


 完全に黙秘するつもりだなと判断した司令官が自分のセルギアを操作して国民情報データベースにアクセス、セルギア経由で「ワイアーム」の個人情報を呼び出した。


「……ラルフ・フリーデン……。フリーデン?」


 呼び出した個人情報から名前を読み上げた司令官が怪訝そうな声を上げる。


「なんだよ、フリーデンなんて珍しくもなんともねえだろ」


 横を向いたまま、「ワイアーム」——ラルフが反論する。


「……そうだな、ただの思い過ごしだと思いたいな」


 そう言った司令官がラルフの正面に座る。


「ところでラルフ、どうしてこの基地に?」


 国民情報を見る限り、かなり遠くから来たようだが、と尋ねる司令官に、ラルフは答えようとしない。


「おい、答えろ! どうなってもいいのか?」


 司令官に付き従っていた補佐官が凄むが、ラルフは相変わらずそっぽを向いたまま。

 補佐官とは裏腹に、司令官はまあまあ、と落ち着いた声で補佐官を宥めた。


「一応は拘束したが、私は君に危害を加えようとは思っていない。ただ、どうしてこの基地に来たのか、そしてどうしてアーサーを起動できたのか知りたいだけだ」

「どうして、って……」


 司令官の静かな声に、ラルフがちら、と司令官を見る。


「……別にどうだっていいだろ」

「まあ、それもそうなんだが、アーサーを起動してインベーダーを撃退した君に興味があるんだよ。事情さえ話してくれれば、インベーダーを撃退した功績を労ってこのまま解放してもいい」


 そう、司令官は話すが、ラルフは「信用ならねえな」とだけ答えて再びそっぽを向いてしまう。

 別に、ラルフは人間不信ではない。住んでいた街からこの街まで、様々な街を旅してきたが、繰り返されるインベーダーの襲撃で多くの人々は助け合わずには生きていくことができなかった。だからラルフは多くの人に助けられたし、ラルフもまた多くの人を助けてきた。師匠から教わったハッキングと、エインセルの操縦と、助けが得られない場所で生き抜くための生存技術。それを駆使して、ラルフは多くの人間と関わってきた。


 だから、別にこの司令官のことを全く信じていないわけではなかった。言葉通り、必要なことを話せば解放してくれるかもしれない。

 しかし、いくら信用していないわけではないと言っても本心を話すほどラルフはお人好しではなかった。


 話してくれないか、と司令官は辛抱強くラルフに声をかける。


「君のアーサー操縦の技能は素晴らしかった。今までにも軍用のエインセルを?」

「軍用は初めてだよ」


 ボソッとラルフが答える。答えた上で、ラルフはもう一度司令官を見た。


「なんでアーサーを出さなかった? いくら試作機でもあれほどの性能ならあいつらを蹴散らすのは簡単だろ」


 いくらエインセルがセルギア接続の思念操縦という、「初心者でも簡単に動かせる」ものであったとしても素人がいきなり戦闘できるほど簡単なものではない。ラルフがアーサーを操縦できたのは今までにアルバイトでエインセルを動かした経験があったからだが、それでもプロのパイロットが操縦した方がはるかに効率よく敵を蹴散らすことができただろう。


 ラルフとしてはアーサーは然るべきパイロットが登場して出撃するべきだった、という考えだった。ラルフが操縦して敵を蹴散らせたのはただの偶然だ、と。


 しかし、司令官はゆっくりと首を横に振って否定する。


「アーサーはんだよ」

「え?」


 司令官の言葉に、ラルフが驚いたように声を上げ、司令官の顔を凝視する。


「なんで、普通に認証通せば起動するだろ」


 ラルフがアーサーをハッキングして起動させたのは起動時にパイロット認証が必要だったから、それを回避するため。認証さえ回避すればあとは通常のエインセルと同じ要領で起動するはずだ。


 それなのに、「動かせなかった」とは。

 そうだな、と司令官が頷く。


「君は妖精を従えているだろう」

「妖精? ヴィヴィアンのことか?」


 アーサーを起動したタイミングで、ラルフのシルキーを上書きしたアシスタントAI、「ヴィヴィアン」。

 ラルフの視線がちら、と左肩のヴィヴィアンに流れる。

 ああ、と司令官が頷いた。


「アーサーを起動するには妖精ヴィヴィアンのサポートが必要だ。しかし、そのヴィヴィアンが休眠状態から目覚めず、アーサーを起動することができなかった」


 そんなバカな、とラルフが呟く。

 ラルフがアーサーの認証を回避した時、ヴィヴィアンは普通に起動してラルフのシルキーを上書きした。それで、「休眠状態」だったと言われても理解できない。

 一体、アーサーの起動時に何が起こったと言うのだ。


 確かに、よくよく考えればアシスタントAIが元からいたアシスタントAIを上書きすること自体あり得ない。エインセルに専用のアシスタントAIが必要となることはあったとしても、機体制御用のプログラムを手持ちのアシスタントAIシルキーにインストールするだけで事足りるはずだ。


 そう考えると、今回のアーサーの起動はイレギュラーが多すぎる。司令官は「解放する」と言っているが、ヴィヴィアンがラルフのシルキーを上書きしているのだから解放できるとは思えない。軍の機密を握ってしまっているし、下手をすればラルフ以外にアーサーを動かせない可能性も出てくる。


 それに気づき、ラルフは思い切って口を開いた。


「ヴィヴィアンが必要なら、俺も必要なんじゃないのか? だってヴィヴィアンは俺のシルキーを上書きしてんだぞ? その辺どうすんだよ」

「流石に子供を戦場に立たせるわけにはいかない。ヴィヴィアンはこちらで回収する」


 司令官の言葉に、ラルフがふーん、と返答する。それから、もう一度ヴィヴィアンを見る。


「ってさ、ヴィヴィアン」

『却下』


 即答だった。

 ラルフが司令官に視線を戻し、申し訳なさそうな顔をする。


「って言ってるけど」

「そうだろうと思った」


 司令官も想定の範囲内だったのだろう、ため息混じりに呟いている。


「しかし、子供を戦場に立たせるわけにはいかない、強制的にでもヴィヴィアンは回収する」


 司令官がそう言うと、背後に控えていた別の男——技術者に見える男がエインセルを操作し、ラルフのエインセルにアクセスする。

 この程度のアクセスなら両手が使えずとも思念操作で抵抗することができたが、ラルフは一切抵抗しなかった。


 司令官の言葉はもっともだし、アーサーには然るべきパイロットが乗った方がいい。ラルフとしては新型機を見ることも乗ることもできたし、あとは本来の目的さえ果たせればいい。シルキーに関しては学習データのセットだけはバックアップがあるので新しい個体を購入して学習セットをインストールすればいい。


『あ、ちょっとマスター!?』


 アシスタントAIの移行処理には抵抗できないのか、ヴィヴィアンが抗議する。そんな抗議に構うことなく移行処理が進められ、あっという間にヴィヴィアンがシルキー格納用の端末に格納されてしまう。


「まさか君がこんなにもあっさりとヴィヴィアンを手放すとは思わなかったよ」

「いや、別にアーサーもらって戦うとか考えてないし」


 そう言い、なんとなく肩が軽くなったラルフは椅子に座り直した。

 横向きに座って対話を拒否しようとしていたラルフが真っ直ぐ座り直し、司令官を見る。


「やっぱ、考えが変わった。俺の事情話すから、あんたも俺の質問に答えてほしい」


 別に司令官を信用したわけではない。しかし、この基地に来た本来の目的を今なら果たせるかもしれない。

 そう思っての発言、司令官も分かった、と頷き、ラルフを真っ直ぐ見る。


「まず、俺がここに来た理由は——」


 ラルフがそこまで言ったときだった。

 基地全体の赤灯が点灯し、警報が鳴り響く。


『郊外にインベーダー反応、タイプ:グレムリン、数は6——いや、増えています!』


 ナイト部隊は出撃を、という館内放送に、周囲が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。


「さっき撤退したばかりだろう! もう再編成して来たのか!?」


 いつもなら同じ日に何度も攻撃してくることはない。それなのにこうも早く再編成して襲来するとは、アーサーを警戒してのことなのか。

 司令官がセルギアの回線を開き、アーサーの格納庫に繋ぐ。


「アーサーの整備は!」

《そこのガキが上手く使ってくれたおかげでエネルギー補給以外に大規模な整備は必要なかった! ありがとうと言っといてくれ!》


 整備長がそう怒鳴り、「で、パイロットは?」と尋ねてくる。


「ヴィクトルにヴィヴィアンを渡せ! この基地のエースに任せろ!」

《了解!》


 そんな返答が届き、司令官は回線を閉じてラルフを見た。


「今、君を解放するのは危険だ。君はシェルターに行きたまえ」

「言われなくてもそうするよ」


 じゃあ、戦闘が終わったら色々教えてくれよ、とラルフが言うと、司令官は「分かった」と応え、補佐官に手錠を外すように指示をする。

 むすっとした面持ちで補佐官が手錠を外すと、ラルフは勢いよく立ち上がった。


「じゃ、俺はシェルターに行くから」


 案内しろよ、と言うラルフの言葉に、補佐官が「……こっちだ」と誘導する。


 しばらく歩いてシェルターに向かい、補佐官はその途中でラルフに声をかけた。


「……子供が、無茶するんじゃない」


 ボソッとした声だったが、確かにラルフの耳にその言葉は届いた。


「まあ、子供扱いすんじゃねえ、と言った方がいいんだろうけど……ありがとな」


 まさか心配していたのか、と続けるラルフに、補佐官が「当たり前だろう」と答える。


「子供は未来の宝だし、そんな子供に戦争のない世界を見せるのが大人の願いなんだ。だから、もうこんな無茶はするんじゃない」

「……あんた、意外といい奴だな」


 そんな会話をするうちに、二人はシェルターの前に到着していた。

 補佐官がシェルターの扉を開き、ラルフが中に入っていく。


「俺がこんなこと言える義理じゃないけどさ……おっさん、死ぬなよ」

「私はおっさんと言われる年齢ではない」


 ぶっきらぼうに答えた補佐官だったが、その顔にはわずかな笑みが浮かんでいた。


「君がアーサーを起動してくれたから、我々は戦える。あとは大人に任せてくれ」


 その言葉を最後に、扉が閉められる。

 シェルターに入ったラルフは、ぐるりと周りを見回し、角の方にある椅子に腰掛けた。


「この戦いが終わったら、師匠の話、聞かないとな」


 ラルフの本来の目的は自分の前から去った師匠を探すことだ。そのため、ここに来たという噂を信じて基地に来た。決して、アーサーを自分のものにすることではない。

 遠くで微かに響く地響きを聞きながら、ラルフは目を閉じ、少し休むことにした。

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