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第2話「V.I.V.I.A.N.E.」

——どこだ!


 基地を駆け抜けながら、「ワイアーム」は鋭く周りを見回す。

 基地内はグレムリンとの戦闘でてんやわんやの状態だった。

 軽く物陰に身を隠すだけで、誰も「ワイアーム」に気付かない。


 物陰から物陰を駆け抜け、「ワイアーム」は格納庫の一つに飛び込んだ。

 他の格納庫はナイトの出撃でごった返しているのに、この格納庫だけは何故か静かで誰もいない。

 だからこそ、「ワイアーム」はがここにあると確信した。


 それでも中に誰かいることを警戒し、物陰から様子を窺うが、やはり人の気配は一つもない。

 その代わり、格納庫には一機のエインセルが輸送用トレーラーの上に横たわっていた。


 ナイトのようなモスグリーンの塗装ではない。ホワイトをメインカラーに、要所要所にブルーの差し色が施されたエインセル。ナイトは武骨な戦闘用ロボット、といったデザインだったが、この白いエインセルはどちらかと言うとファンタジー世界を舞台にしたゲームに登場する騎士のような見た目をしている。


 これか、と「ワイアーム」が呟いた。

 旅の途中で聞いた、「新型のエインセルが開発され、輸送されるらしい」という噂。

 その話を調べると、輸送先はこの基地であり、「ワイアーム」の目的地も偶然この基地であったため、一目見たい、と思っていたところだった。


 しかし、謎も残る。

 グレムリンが襲来して、ナイト部隊は出撃したのに何故この新型エインセルは出撃しないのか。

 テスト機体である可能性もある。まだ実戦投入するに至らないテスト機であれば、出撃できないのは無理はない。

 だが、そんなことを言っている場合か、と「ワイアーム」は思った。


 ナイト部隊は押されている。テスト機であっても投入しなければ撃退できないかもしれない。

 そうなればこの街は壊滅してしまう。


——させるかよ!


 「ワイアーム」の決断は一瞬だった。

 トレーラーに駆け寄り、荷台によじ登って白いエインセルに取り付く。


「ええと、ハッチ開閉は……これか!」


 コクピットのハッチ解放スイッチを探し出し、ハッチを開ける。

 すぐさまコクピットに潜り込み、「ワイアーム」はハッチを閉じた。


「起動ボタンは——これだな」


 エインセルは何も軍用の機体だけではない。工事現場や倉庫など、多くの場所で民間用のエインセルは活躍している。

 「ワイアーム」も旅費を稼ぐためにそういった現場でエインセルに乗ったことは何度もあるので、起動に迷うことはない。機種によってボタンの配置が違う程度だ。


 「ワイアーム」が起動ボタンを押すと、全方位モニターに電源が入り、白いエインセルが起動シーケンスに入る。

 だが、そこで出た警告に「ワイアーム」は思わず声を上げた。


AuthenticationReject認証拒否!? こいつ、ユーザー認証いるやつかよ!」


 流石に軍用機ともなれば認証くらいいるか、と思いつつも「ワイアーム」がパネルから物理キーボードを引き出し、指を走らせる。


「エインセルのOSに侵入して認証回避……間に合うか?」


 コクピットの外では激しい戦闘が繰り広げられているのが振動で伝わってくる。その振動の強さから、戦線は徐々に基地に近づいてきていることを察知する。


 エインセルの起動用OSは基本的に軍用でも民間用でも共通のものである。整備のしやすさなどを考慮してのユニバーサルデザインというものだろうが、それが幸いして、「ワイアーム」は起動用OSを経由し、この白いエインセルの基幹システムに侵入した。

 認証システムにアクセス、強引に認証を突破、システムの起動を試みる。


——間に合え!


 「ワイアーム」の指がキーボードを滑るように走る。

 入力されるコマンドがキーボード直上に展開されたホログラムスクリーンに映し出され、そこから次々とシステムが書き換えられていく。


「認証クリア、システム起動!」


 最後のコマンドを入力し、「ワイアーム」はエンターキーを叩いた。

 全てのコマンドが確定し、認証が突破され、エインセルの起動シーケンスが展開する。


 正面のモニタに表示されるエインセル起動ロゴ。

 続いて「V.I.V.I.A.N.E.」の文字が表示された時、「それ」は起こった。


『侵入検知。システムに不正なアクセスが——』


 シルキーが声を上げるが、その警告は最後まで言うことができなかった。

 シルキーの全身にグリッチノイズのような歪みが発生し、別の姿へと書き換えられていく。


「な——!?」


 「ワイアーム」が咄嗟にシルキーのネットワークを切断しようとするが、それよりもはるかに早い侵入速度でシルキーはその姿を変えた。


『あー……。よく寝た』


 シルキーが緩やかなワンピースを着た小人のような妖精だとしたら、この妖精はどちらかというとより原初の伝承に近い形のものだろう。

 背にトンボのような薄羽を生やした、それでいて近未来的なデザインの衣装を身に纏った妖精フェアリー


 シルキーに取って代わった妖精は大きく伸びをし、それから「ワイアーム」を見た。


『あなたがあたしの契約者マスター? 意外とガキね』

「なんだよお前! シルキーはどうした!」


 「ワイアーム」が妖精に質問する。

 妖精は面倒そうに口を開いた。


『あたしは「ヴィヴィアン」。このエインセル、「アーサー」の制御補助のために造られたアシスタントAI』


 そう言った妖精ヴィヴィアンが空中に指を走らせると、全てのモニターが起動し、各種UIと外の映像を映し出した。


『セルギア接続。「ワイアーム」をパイロットとして承認、登録。「アーサー」リフトアップ』


 直後、ゴウン、という音と共に、ヴィヴィアンが「アーサー」と呼んだエインセルがリフトアップされ、立ち上がった状態となる。


『マスター、エインセルの動かし方は分かる?』


 ヴィヴィアンの確認に、「ワイアーム」が大丈夫だ、と答える。


「バイトで動かしたことあるから大丈夫だ」

『だったらお手並み拝見といこうかしら。「アーサー」起動。待機モードから戦闘モードへ移行』


 オーケー、と「ワイアーム」がコクピットの座席横に設置された感覚スフィアセンスフィアに両手を置き、イメージを固める。

 降りろ、という「ワイアーム」の思念に応じてアーサーが滑らかに動き、トレーラーから降りて地面に降り立った。

 そのまま歩いて格納庫から出る。


「アーサーが起動してるぞ!? 誰が乗っている!?」


 格納庫の外でグレムリンの基地侵攻を食い止めようとしていた隊員が叫んでいる。


「馬鹿な、ヴィヴィアンは休眠状態の筈だぞ!」

「動いているなら戦闘に参加させろ!」


 基地の人間が次々に叫び、それが徐々に司令部に伝わっていく。

 アーサーのコクピット、そのサイドモニターに通信ウィンドウが展開される。


《アーサーに搭乗しているのは誰だ——子供!?》


 通信担当のオペレーターが驚いたように声を上げる。


《どこから侵入した!? いや、何故子供がアーサーを起動している!?》

「るせえ、今そんなこと喋ってる場合じゃねーだろ!」


 オペレーターの言葉を一蹴し、「ワイアーム」はアーサーを操っていく。

 脚部ローラーを利用して通路を駆け抜け、フェンスを飛び越え街に出た。

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