目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
第1話「グレムリン・ストライクス」

 ゴトゴトと穴だらけの道を一台のピックアップトラックが走っている。

 遠くに見えるのは崩れたビル街、まるで大災害に襲われて廃棄したかのような旧市街地が視界を流れていく。


「おい坊主、もうすぐ着くぞ」


 運転席で、カーラジオではなくダッシュボードに置いた携帯ラジオから流れてくる「襲来予報」を聞きながら老人が後部の荷台に座る少年に声を掛けた。


「んー、もうすぐか……」


 荷台に座って腕時計型の感覚デバイスセルギアを通じて視界に表示される地図を見ていた少年は地図を閉じ、荷台から身を乗り出して運転席の窓から中を覗き込む。


「じいちゃん、予報見る感じじゃ数時間以内に『グレムリン』が来るっぽいから逃げた方がいいぜ」

「それは聞いてるから分かっとるわ。そういう坊主も予報見てるのに予測範囲に行くんだな」

「まぁ、あの街に用があるから」


 そんな会話をしているとタイヤが穴に引っかかり、トラックの車体がガタン、と揺れる。


「おわっと!」


 慌てて少年が荷台に戻る。


「しかし、なんで坊主はレイクンヒースなんかに?」


 あの街にあるものなんて防衛軍の基地ぐらいだろうに、と言う老人に、少年はそれは、と口を開く。


「勿論、あの基地に用事があるからな!」

「何言っとる、防衛軍に入れる年齢じゃないだろうが」

無問題モーマンタイ! 俺は、師匠を探すためにあの基地に行くんだ!」


 少年が今から向かう街の基地を目指す理由。

 それは、数年前に「お前には教えることはもうない」と姿を消した師匠に会うためだった。

 ずっと一人で旅を続け、この街に師匠らしき人物がいると伝え聞き、ヒッチハイクを繰り返してここまで来た。

 ここに本当に師匠はいるんだろうか、会えたら何を話そうか、そう少年が考えているうちにトラックは街に到着、停止する。


「じいちゃん、ありがとな!」


 トラックから勢いよく飛び降りた少年が走り去るトラックに向けてぶんぶんと手を振った。


「さて、行きますか」


 少年がセルギアを操作、視界に街の地図を表示させる。


「現在地はここで、基地はこっちか……シルキー、ルート案内頼む」


 少年がそう言うと、セルギアによる視覚干渉で映し出された妖精シルキーが少年の肩にちょこんと座った。


『了解しました、「ワイアーム」。ナビを開始します』


 セルギアに搭載されたアシスタントAI「シルキー」。「ワイアーム」と呼ばれた少年が大通りを見ると多くの住人が肩や頭に思い思いの容姿を設定したシルキーが付き従っているのが見える。


 今の時代の主流デバイスとなった「セルギア」は人間の感覚に干渉することで通信だけでなく様々な機械の操縦も直感的、感覚的に行えるようになった。


 先ほど「ワイアーム」がヒッチハイクに使ったトラックもそうだ。セルギアを通じて機械に操作が伝達され、考えるだけで操縦することができることから、身体に障害を負った人間でも健常者と変わらない生活を送ることができるようになった。四肢の欠損もセルギアによる補助で動く義体が開発され、戦場で手足を失った軍人ですらすぐに戦場に復帰できるようになっている。


 ——そう、この世界には「戦える人間」が必要なのだ。


 シルキーのナビゲートを受けて街を歩きながら「ワイアーム」がから既に始まっていた戦争に思いを馳せる。


 この世界は異星からの侵略者に脅かされていた。

 「インベーダー」と呼ばれた彼らは、高度な技術力で大地を蹂躙し、人々を殺し、この世界を我が物にしようと殺戮の限りを尽くした。彼らの用いる殺戮機械は「グレムリン」や「ピクシー」と呼ばれ、人々に恐れられた。


 その戦いのさなかに生み出されたのが人型戦闘人形「エインセル」、そしてそれを操縦するための感覚デバイス「セルギア」である。


 鹵獲したグレムリンの技術を解析し、人類の新たな希望として生み出されたエインセル。


 「自分自身」という意味を持つ人型戦闘人形エインセルはセルギアによる感覚伝達により、自分の肉体のように機体を動かすことができる。

 この操縦系統は「誰にでも複雑な機械を動かすことができる」という利点に注目され、今ではほとんどの機械がセルギアによる操縦系統となっている。また、通信デバイスとしても作られているため、今ではほぼ全ての人間がセルギアの恩恵にあやかっていた。


——っても、戦争は終わってないんだよなあ……。


 街を歩きながら、「ワイアーム」が思考を巡らせる。

 エインセルによって対抗する力は得たものの、インベーダーは侵略を諦めていない。時折——。

 ずぅん、という低い地響きと共に街のあちこちから叫び声が聞こえた。


「おいでなすったか!」


 まだ見つけてないのに、と「ワイアーム」が舌打ちをして走り出す。

 地響きと共に街のそこここに現れたのは、全高六メートルほどの金属製の黒い甲冑の巨人ロボットだった。

 人型をしているのはインベーダーも同じ人型で、それに合わせて設計されているらしいが、曲線が多いフォルムのこのロボットは「グレムリン」という名には似つかわしくなく、美しささえ感じさせる。

 その腕に握られた高出力ビーム砲が街を焼き尽くさんとばかりに放たれた。


「やっべ!」


 咄嗟に建物を遮蔽に取り、「ワイアーム」が飛来する瓦礫を躱す。

 瓦礫を追うようにビームが奔り、地面を灼く。

 ここにいては危ない、と「ワイアーム」は走り出した。

 街の住民が近くのシェルターへ駆け込んでいく。


「そこの君、早くシェルターへ!」


 そんな声が聞こえてくるが、それを無視し、「ワイアーム」はさらに駆けた。

 シルキーが【推奨:近くのシェルターへの避難】と警告してくるが無視し、先ほど見たルートの終点——防衛軍基地へと向かう。


 その頃になって、防衛軍の基地からモスグリーンの軍用塗装を施されたエインセル、「ナイト」が出撃した。

 インベーダーのグレムリンと同じく、人型の機体。全高六メートルの鉄の巨人は脚部のローラーを展開、滑るように街を駆けていく。


「やっと出撃かよ、遅えな」


 そんなことを毒づきながら、「ワイアーム」は建物の陰に駆け込み、セルギアを操作した。

 目の前にホロキーボードが展開、「ワイアーム」が素早く指を走らせる。

 以前入手していた防衛軍の回線の周波数からセキュリティに割り込み、通信システムに侵入する。


「……うっわ、防衛軍の通信システムのセキュリティ、ガバすぎだろ」


 想像以上に容易く侵入できた通信システムに、「ワイアーム」が引き気味に呟く。

 いくら「ワイアーム」が自称「伝説のハッカー」である師匠に鍛えられたハッカーであったとしても、このシステムの脆弱性はあまりにもひどい。


 だから一般市民でも傍受できるんだよ、と思いつつ、「ワイアーム」はチャンネルを絞り込み、現在出撃しているナイト部隊の通信を傍受し始めた。


《アルファ及びブラボー、接敵します》


 基地のオペレータの声に、戦闘の開始を察知する。

 建物の影から身を乗り出すと、数機のナイトがパルスレーザーガンをグレムリンに向けて発射するところだった。

 絶え間なく発射される高出力のパルスレーザーに、グレムリンの一機が爆発する。


《|敵機撃墜《スプラッシュワン》!》

《|よくやった《グッキル》!》


 そんな会話が、ナイト部隊の間で交わされる。

 だが、グレムリンもただやられているだけでは終わらなかった。

 迎撃に当たったナイトの一機に向けて、何機かのグレムリンがビームを放つ。

 直撃寸前でナイトが地面を蹴り、軽やかに空中に飛び上がる。

 それを追うように数条のビームが放たれる。


《ブラボー・ツー、|回避しろ《ブレイク》、回避しろブレイク!》


 飛び上がったナイトの僚機が「回避しろブレイク!」と何度も叫ぶ。

 しかし、空中に飛び上がったことで、回避手段がなくなったナイトはそれを回避できなかった。

 ビームが機体を穿ち、ジェネレータに直撃し、ナイトは空中で爆発する。


《クソッ、ブラボー・ツーが食われた!》

《このぉ、インベーダーがいい気になりやがって!》


 味方機の撃墜を皮切りに、防衛軍側がじりじりと押され始める。

 確かにナイトのパルスレーザーは強力だが、高出力でも単発の威力は低い。一点集中で絶え間なく当てることができれば大きなダメージを与えることができるが、グレムリンは素早く動き、致命的なダメージを受けないよう立ち回る。


 反面、グレムリンが使用するビーム砲は連射こそできないものの単発の威力は絶大で、ナイト程度だと当たりどころが悪ければ一撃で撃墜されてしまう。


「やっぱ防衛軍は頼りにならねえ!」


 空中に広がる爆炎を尻目に、「ワイアーム」は再び走り出した。

 無線は傍受したまま、全速力で防衛軍の基地——目的地に向かう。

 その後ろを何度も瓦礫やビームが通り過ぎていったが幸運にもそれらに傷つけられることもなく、「ワイアーム」は街はずれにある防衛軍の基地に到着した。


 戦闘中のため、正門は閉じられている。勿論、「ワイアーム」は正面から突入する気はない。そんなことをしたところで即座に警備兵に射殺されるのがオチだ。

 基地の周りはフェンスで覆われていたが、戦闘の煽りを受け、正門から離れたところのフェンスが破れている。


 迷わず、「ワイアーム」はフェンスの破れ目から基地の内部に侵入した。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?