太く、直線上に伸ばされた光が周囲を薙ぎ払う。
「っぶねえな!」
コクピット内で少年が叫ぶ。
叫んだものの、少年が操る全高六メートルほどの白い騎士のような
戦場は敵の攻撃によって壊滅し、破棄された市街地。
周囲には崩れたビルやその瓦礫が飛び散り、そして現在進行形で繰り広げられる戦闘でもうもうと土煙が上がり、視界を悪くしている。
『マスター、二時方向にグレムリン! 距離的にエクスカリバーは届かない!』
少年の肩の上を浮遊する妖精が少年に指示を出す。
指示とともにコクピットのメインモニタに該当の敵の姿がクローズアップされる。
流線型を多用した、白い騎士とは対照的に黒い甲冑のような人型ロボットがこちらにビーム砲を向けているのが見えた。
「大丈夫だ、アーサーならやれる!」
少年の思考がコクピットを通じて、少年が「アーサー」と呼んだ白いロボットに伝達されていく。
その剣の刃が赤く輝き、本来の力を取り戻す。
「いっけえええええええええ!!」
少年は叫ぶ。叫ぶと同時にその思考をアーサーに伝えていく。
弾かれたようにロボットは地を蹴り脚部ローラーを展開、剣を構え、妖精がターゲットした
《キャメロット・ワン、先行しすぎだ!》
コクピットの
グレムリンが再び光——大口径ビーム砲を放つ。
真っ直ぐ突っ込んでくるアーサーに、ビームは確かに直撃する——はずだった。
「それくらい分かってんだよ!」
グレムリンがビームを発射すると同時に、アーサーは斜め前方に跳び、そのままグレムリンに向かって直進する。
アーサーの横を
『今のでグレムリンは隙だらけよ! マスター、やっちゃって!』
「言われなくても!」
今までの経験から、グレムリンのビーム砲は短時間に連発できないことが分かっている。それに、ビーム砲の威力の高さ故に「近づかれなけば」反撃されないグレムリンは近寄られた時に反撃するための武装を所持していなかった。
近寄られれば徒手空拳で戦うしかないグレムリンと、初めから近接武器で挑み掛かるアーサー。その戦いの結末は明白である。
グレムリンに肉薄し、アーサーはエクスカリバーを横持ちに構え直した。
切先はやや下向き、振り抜けばグレムリンを左から右へと切り裂ける構え。
グレムリンがそれを止めようとアーサーに手を伸ばすが、それよりも疾く、アーサーは剣を振り抜いた。
赤く輝く刀身がグレムリンの右腕に当たる。
次の瞬間、エクスカリバーはグレムリンの右腕を切り落とし、胴体へと食い込んでいた。
グレムリンが胴体部分で上半身と下半身に分断され、崩れ落ちる。
直後、ダメージを受けたグレムリンのジェネレーターが暴走し、爆発する。
それを、剣を振り抜いた勢いのまま横に跳んで、アーサーは、アーサーのコクピットにいた少年はレーダーに視線を投げた。
「次は!」
『十時方向、流石にこの体勢からエクスカリバーは無理よ!』
「だったら!」
少年が瞬時に次の一手を講じる。
アーサーの左背部に搭載されていた大型の
「カリバーン!」
『装備を「カリバーン」に変更!』
少年と妖精が同時に声を上げる。
それは相手も同じ、いや、既にアーサーを狙っていたグレムリンの方が早かった。
グレムリンがビーム砲を発射する。
ビーム砲を跳んで回避、射線を確保できなくなったアーサーが接近戦に切り替えようとする。
しかし、離れたところにいた別のグレムリンがアーサーに向けてビームを放ち、アーサーの接近を許さない。
「クソッ、カリバーンは取り回しが悪い! デッドウェイトにもほどがあるだろ!」
《キャメロット・ワン、囲まれているぞ!》
緊迫したオペレーターの声。
少年も妖精に任せていた索敵を一時中断してレーダーに視線を投げる。
先ほどまでバラバラに動いていた
《クソッ、アーサー狙いに作戦を変えたか!》
「知るか! チャーリーとデルタはどうなってんだよ!」
少年が味方のデータリンクを確認する。
レーダーに、味方の反応が表示され、少年はほんの少し胸をよぎった
《チャーリー隊とデルタ隊にはキャメロット・ワンの援護を指示した! 三分耐えてくれ!》
オペレーターがそう言うと同時に、コクピットのメインモニターの一角に三分のカウントダウンが表示される。
「三分? それだけあれば十分だよ!」
そう言いながらも少年は巧みにアーサーを操り、飛び交うビームを回避する。
敵もちゃんと学習している。一斉にビームを撃てば次の発射までのチャージタイムの間にアーサーに接近され、撃破される。
それならとグレムリンの集団はそれぞれタイミングをずらし、アーサーに向けてビームを放っていた。
飛び交うビームの中心で、アーサーが軽やかなステップでそれを回避していく。
『マスター、このままじゃジリ貧よ! どうする?』
囲まれている以上、ただ回避しているだけではいずれ追い詰められる。いくら三分という耐久時間を切られていると言っても、その三分の間に全てのグレムリンが何発ビームを撃てるかと計算すると、逃げ切れる可能性は限りなく低くなる。
それでも、少年は絶望していなかった。
それどころか自信に満ちた目で周囲を見回している。
『マスター……?』
何か策があるのか。アーサーの制御補助アシスタントAIとして作られた妖精にも考えつかないような、人間ならではの策が。
少年がレーダーに視線を投げ、よし、と声を上げる。
「
少年の宣言と同時に
瞬くほどの間にデータを確認したヴィヴィアンが「了解!」と返答した。
「少し揺れるぞ!」
『揺さぶられるのはマスターだけでしょ!』
ヴィヴィアンがツッコミを入れるものの、その時既にアーサーは動き始めていた。
地を蹴り、一体のグレムリンに突撃するように走り出す。
それを狙い、別のグレムリンがビームを放つ。
「ビンゴ!」
少年が叫び、アーサーが飛び上がることなく横にステップしてビームを回避する。
アーサーの横を通り過ぎたビームはそのまま直進し、直線上にいた別のグレムリンに直撃した。
『!?』
レーダーに表示された【
AIでありながら、時折人間くさい言動を見せるヴィヴィアン。そんなところが少年のお気に入りポイントであり、こうやって息の合った動きのできる要因であった。
「ざまぁ!
コクピットの中で少年が叫ぶ。
敵が聞いていれば確実に煽られている、と認識するような発言に、ヴィヴィアンが呆れたようなモーションをする。
『どうせインベーダーは聞いてないわよ』
「いやぁ、聞かせたかったなぁ! やーいやーい、お前のグレムリン、ざーこざーこ!」
調子に乗ってさらに煽る少年。
その煽りは敵には全く聞こえるものではなかったが、それでも通じてしまうものだろうか。
アーサーの動きと、味方の撃破という状況に、チャージが終わったグレムリンが次々とアーサーに向けてビームを撃つ。
その全てをアーサーがステップで回避し、回避されたビームはそのまま対角上のグレムリンを撃破していく。
《キャメロット・ワン、お前——》
次々と消えていくグレムリンの反応に、オペレーターが呆然とした声を上げる。
多数のグレムリンに囲まれているにもかかわらず、回避だけでそれを撃破していくアーサー。当然、グレムリンもただ棒立ちでいるわけではない。少しでもフレンドリーファイアの被害を減らそうとアーサーに合わせて移動している。それでも、
『マスター……』
すごい、とヴィヴィアンの思考ログにその言葉が蓄積される。
この少年の凄さはヴィヴィアンもよく分かっている。
誰にも起こせないはずの休眠状態を解除し、少年はヴィヴィアンを目覚めさせた。
ヴィヴィアンが目覚めたからアーサーは起動した。
少年にどのようなポテンシャルが秘められているかはヴィヴィアンも、防衛軍の誰もまだ把握しきれていない。
それでも、アーサーが起動したことでこの戦争は終結に向けて大きく動き出した、と誰もが実感していた。
爆発、炎上するグレムリンに囲まれたアーサーが次のグレムリンを真っ直ぐ見据える。
しかし、敵はこれ以上の攻撃は無理だと判断したか、アーサーから距離を取り始めていた。
アーサーのコクピットに表示されたタイマーはまだ0になっていない。
遠くに味方の
だが、次の瞬間、コクピット内にけたたましく鳴り響いた警告音に少年がぐるりと周りを見る。
「なんだ!」
『レーダーに感あり! 方位
ヴィヴィアンの声と共に、モニターのレーダーが強調表示され、光点を追加する。
「増援!?」
まさか、このタイミングで? と声を上げる少年に、ヴィヴィアンがさらに絶望的な状況を説明する。
『数は1、だけど、これは——「デュラハン」!?』
レーダーの反応から敵の機種を特定したヴィヴィアンが少年にも情報共有するためモニターに口にしたインベーダーの名前に該当する機体のスペックを表示させる。
「デュラハン——」
伝承では首のない騎士として語られるデュラハンだが、モニターに映し出されたそれはまさに「首のない騎士」だった。頭部がない鎧のようなフォルムのロボット、武装は——アーサーのメイン武装と同じく、剣。
地響きと共に、アーサーの援護のために駆けつけたナイトが数機、爆発する。
『そんな、データだとデュラハンが出てくることは滅多にないのに——』
焦ったようなヴィヴィアンの声。
「落ち着けヴィヴィアン、俺がやらなきゃ被害が拡大する」
しかし、少年の声は落ち着いていた。
《キャメロット・ワン、撤退しろ! お前が——アーサーが敵う相手じゃない!》
今アーサーを失うわけにはいかない、とまくしたてるオペレーターだが、少年はその言葉を無視してシートの両横にある球体に置いた手に力を込めた。
こんなところで負けるわけにはいかない。
深呼吸するかのように大きく息を吐き、少年はモニターに映し出された
自分を落ち着かせるために自分が置かれた状況を、こうなった原因を思い出す。
「……大丈夫、アーサーならできる」
そう呟き、少年は自分の意識を集中させた。