「ロボットがロボットをつくる、そんな時代が到来しているんです」
施設を案内しながら、所長が雄弁に語りかける。
フリーライターである私は、取材でロボット研究所を訪ねていた。最寄り駅から車で約一時間、木々が生い茂る山奥に突如現れる近未来的な銀色の建物。否が応でも好奇心をそそられる。
「技術の進歩はめざましい。いまや、見た目では人間とほぼ見分けのつかないレベルのロボットを作り出すことも可能なんです」
「ほほう」
「もしかしたら、あなたの周りにも人間のふりをしたロボットが何体か紛れ込んでいるかもしれませんな、アッハッハ」
所長の軽快なトークを遮るように、私はある質問をぶつけてみることにした。
「ところで所長……所長はとあるインターネット上の噂をご存知ですか?」
「なんだ? どういった噂だね」
「所長ご自身が……実は人間ではなく、ロボットなのではないかという噂です」
「ハハハ! なにをバカげたことを!」
一笑に付した所長に、私は持参した新聞記事のコピーを見せた。
「これはロボット研究所の設立を写真付きで報じた記事です。こちらに年齢が書かれていますが……所長、この時50歳とのことですね」
所長の顔色がにわかに変わった。
「入口にポスターが貼られていましたが、この研究所は今年で設立30周年……ということは、所長の今のご年齢は?」
「……80歳」
「それにしては当時の写真と見た目も変わっていませんし……お元気すぎませんか?」
「年齢なんて、ただの数字にすぎない」
「だとしても無理があります。髪はフサフサ、肌はツヤツヤ。足腰はピンピンされてますし……まさに鋼の体だ」
「ロボットっぽく言うんじゃない」
「そのツッコミの早さも80歳のスピードとは思えません」
「ぬぅ……」
私の追求に所長はしどろもどろになる。
「あの……あれだ、健康法のおかげだ。あなたもさっき見ただろう? 私が30年間欠かさず毎日飲んでいる特製ドリンク」
「それなんですがね……あんな油ギトギトのドリンクありますかね? かすかに重油のにおいもしましたが」
「そ、そういう体質なんだよ!」
「特異すぎます」
「アレを飲めば24時間ぶっ続けでも働けるぞ」
「まぁそもそも寝ませんからね……ロボットは」
「なにを言う!私だってスリープする時ぐらいある!」
「スリープって言っちゃってるじゃないですか」
もはや間違いない。噂は本当だった。だが、所長はなおも否定を続ける。
「だいたいそんな噂、見たことも聞いたこともない!私の博識なマザーもそんなことは言っていなかった」
「マザー……」
「普段の言語が英語だからそう呼んでいるんだ!待ってろ、すぐマザーにアクセスする」
「アクセス……」
「聞いてみる!」
所長はそう叫ぶと80歳とは思えぬスピードでスーパーカーのごとく駆け出し、間もなくして戻ってきた。
「……確かに30件ほどヒットした」
「検索したでしょ、明らかに」
「マザーに調べてもらったんだよ!」
「だいたい80歳の所長のマザーっておいくつですか?」
「……我々に年齢の概念などない!」
「もはや認めたも同然」
「そういう体質だ!」
「体質関係ない!だいたいいい歳してマザーマザーって、マザコンですか?」
「ああ、マザコンだよ! いつだって彼女は偉大なるマザーコンピューターだ!」
「その略じゃない! とうとうコンピューターって言ったし!」
「……」
気まずい沈黙。それを所長が破る。
「そもそもマザーがコンピューターだからといって、私がロボットだという証拠にはならない」
「ほぼ確定ですけどね」
「あなたもライターなら、噂ではなく目の前で見た真実を記事に……」
その時だった。私の足元を小さな虫が通り過ぎた……ゴキブリ!
「下がれ!」
所長は目からレーザーを出し、ゴキブリは瞬時にして焼け焦げた物体と化した。
「……目の前で見た真実を記事にしなさい」
「もうロボット確定です!真実は今しっかり見ました!」
「体質だ!」
「無理です! だいたいねぇ、まず所長の名前が問題なんですよ! 名字の目加田はまだありうるかもしれませんが、下の名前が露出の露に保健の保に夫で……」
「ロボオ」
「隠す気ないでしょう!」
レーザーが私の頬をかすめる。後ろのコンクリートの壁にはくっきりと黒い焦げ跡がついていた。
「……我々が目指すのは、ロボットのロボットによるロボットのための世界。その理想郷の成立へ向け、世の中に少しずつ同胞達を紛れ込ませていく計画だった。それを白日のもとに晒そうとするあなたをもはや生かしてはおけない」
「……え? それ初耳ですけど」
まさかそんな壮大かつおそろしい計画が存在したとは。私がこの研究所に取材を申し入れたのは、それを暴き出すためではなく、あくまで……。
またしても所長の目から放たれるレーザー。
「悲しいねぇ……私だって無益な殺生をしたくはない。ただ、あなたは全てを知ってしまった」
「所長が勝手にぶちまけたんでしょう!」
「これはレーザーではない! 涙だよ!」
「涙でゴキブリは殺せません!」
「体質!」
「無理!」
なんとかレーザーをかわし床に這いつくばった私に、異なる方向からもレーザーが飛ぶ。そちらを見やると、所長そっくりのハーフサイズのロボット達がズラリと数十体。所長が叫ぶ。
「怒っているぞ……私のかわいい子供達も!」
ロボットがロボットをつくる時代、既に到来している……!
「顔まで同じにすることないでしょう! 不気味すぎる!」
「他の顔の製造方法を知らんのだ! これでも一応30年前のイケメン俳優がモデルの顔なんだぞ!」
レーザーの五月雨を避けながら外へと転がり出す。衣服はところどころ焼け焦げ、おそらく皮膚も何箇所か破れているだろう。すがりつくように車のドアを開け、エンジンをかけた。
『緊急警報発動、緊急警報発動』
鳴り響くサイレン。降り注ぐレーザー。猛烈な地鳴りと振動。その中を車で駆け抜ける。
バックミラーには、研究所が真っ二つに割れる様子と地下から現れた巨大なロボットの姿が映っていた。
「これがマザー……いや、母さん」
ハンドルを握る私の手の甲からは、電子回路が露出していた。