「皆おはよう。おっ、もう全員揃ってるね」
柔和な笑みを浮かべて手塚課長が六課に入って来た。
それに続いて深見さんも顔を見せる。
『おはようございます』
息を合わせたわけではないのだけれど皆自然と声を揃えて挨拶を返し、各々作業していた手を一時止める。
自分のデスクにある椅子に座り直し姿勢を正しつつ手塚課長に注目する。
「おや、那須君は今日は間に合ったみたいだね。良かった、良かった」
「ええ、まぁ……」
丈人先輩からの連絡がなければ、今日の会議にすら参加出来なかったかもしれなかった那須先輩は気まずそうに曖昧に答える。
そんな那須先輩の様子を手塚課長は気に留めることはなく、話を進める。
深く追求されなかった那須先輩は安心したように胸をなでおろしていた。
「それじゃ、皆揃ってるようだし、さっそく始めちゃおうか」
「そうですね。では、報告」
脚付きの大きなホワイトボードの前に立ち、深見さんが会議の進行をする。
深見さんが前に立ったことで、ついさっきまで
これか場を支配するということかと、僕は思った。
「資料整理担当だった俺達の方から先にいいですか? マノ君達の後に報告となると圧倒的にパンチが弱いと思うので」
すぐにパッと手を上げた丈人先輩は少し早い口調で言う。
「分かった。では、佐々木から」
深見さんから許可を得た丈人先輩は立ち上がって報告を始める。
「はい。渋谷スクランブル交差点通り魔事件の捜査資料は、当時事件を担当していた渋谷警察署から取り寄せました。紙ベースの捜査資料はそちらにある箱積みされた段ボール箱の中に入っています。段ボールごとに時系列別、分野別などに整理し直したので段ボールに貼ってある紙に内容物を大まかに記載しているので確認して下さい」
丈人先輩が示した方には複数の段ボール箱がタワーのようになって積み重なっていた。
「このデータ化の時代になんであんなに紙の資料があるんだよ」
段ボール箱のタワーを見たマノ君が独り言のようにぼやく。
「電磁的記録の方は警察情報システムに今回の捜査用に作成した共有フォルダにアップロードしておきました。当時、事件の担当だった
「手塚課長、大丈夫ですか?」
淡々と話を進める丈人先輩が一息ついたところで、深見さんが手塚課長に声を掛ける。
電磁的記録についての話辺りからボーっとしていたから心配になったんだろう。
「う~ん、どうにもこういうデジタル系の話は苦手でね。正直、ちんぷんかんぷんな所が多いよ。この辺のことは私は弱いから、若い皆に任せるよ」
照れくさそうに申し訳ないと手塚課長が胸の前で小さく手を合わせる。
「分かりました。しかし、今の時代は様々なものがデジタル化しあらゆるところでDX(デジタルトランスフォーメーション)が推し進められています。最低限の知識は身に付けておいた方が良いかと」
階級が自分よりも上である手塚課長に物怖じせずに深見さんは注意をする。
「あ……うん、そうだね」
深見さんの迫力に負けて、手塚課長が親に注意された子供のように反省した様子を見せる。
これではどちらが上司で部下なのか分からないんじゃないだろうか。
「いや~どうも面目ないね~」
普通は自分よりも階級が下の人にあんな風に注意されたらいい気はしないはずだ。
中には怒ったり、嫌がらせ行為をする人だっているかもしれない。
けれど、手塚課長は嫌な顔一つせずに深見さんからの注意を素直に受け止めた。
自分には威厳が足りないと自虐していた手塚課長だけど、人として物凄く素晴らしい方だと思う。
そんな手塚課長だからこそ、深見さんも物怖じせずに言いたいことを言えるんじゃないだろうか。
「じゃあ、デジタルに弱い手塚課長のフォローは俺達がするとして――」
丈人先輩の手塚課長イジリで笑いが起きたところで、丈人先輩は話を続ける。
「その他の警察の手元になく、既に検察の方に送ってしまった資料も取り寄せています。場合によってはコピーという形になりますが、明日か明後日には検察の方から届くかと思います。以上です」
報告を終えた丈人先輩は素早く席に座る。
「ご苦労。事件の資料整理を行った者で他に何か報告しておきたい者はいるか?」
深見さんは美結さんと市川さんの方に目を向ける。
目を向けられた二人は何もないというように軽く頷く。
「よし、では次」
「はい」
返事をしたマノ君がサッと立ち上がる。
「先日、渋谷スクランブル交差点通り魔事件の被告人である
そこでマノ君は一拍間を置く。
その間、六課にいた誰もがマノ君の次の言葉に注目していた。
広崎さんは無罪なのか、有罪なのか。
有罪であればこれ以上の捜査は必要ないことになるけど、マイグレーターについての捜査は振り出しに戻ってしまう。
無罪であれば広崎さんに言われも無い罪を背負わせるわけにはいかない。
一刻も早くマイグレーターである真犯人を見つけ出さなければならない。
そんな緊張感を皆が
「広崎光は無実でした」