「は? 朝まで?」
間の抜けた声でマノ君が言う。
そんなマノ君の声を聞いて那須先輩はきょとんとする。
何を驚いているのか全くといって分かっていないようだ。
「……朝って言うのは、まさかとは思うが今日の朝ってことでいいんだよな?」
「え? うん、もちろん」
那須先輩は至極当然、当然至極のことのように言う。
それを聞いてマノ君は目頭を強く押さえてため息を漏らす。
「何をどうしたら、そんなことになるんです?」
「どうしたらって……ただ、皆を待っていただけだよ?」
「待つにしても限度ってものがあるでしょう。待ち合わせ場所に待ち人が一時間でも待って来なかったら連絡なりして普通は確認取るもんじゃないんですか? それで確認が取れなきゃ、そのまま帰るってことになりません? それでだけ待たされたら、待ちぼうけくらったって気付きますよね?」
何でこんなことを説明しなきゃいけないんだとマノ君は悪態をつく。
「あ〜そう言われてみれば……たしかに?」
「そこで疑問形になる余地がどこにある? どう考えても次の日の朝になるまで待つという選択だけはあり得ねぇだろ!」
那須先輩の天然ぶりに我慢の限界が来たのかマノ君の怒りが爆発する。
「そんな言わなくても……待ってたら、いつの間にか朝になってることだってあるよねぇ?」
マノ君を除く、僕達に那須先輩は同意を求めてくる。
「……いや、ないと思いますけど……」
「さすがに朝まではちょっと……」
「一時間も待ってたら良い方ですよ……」
誰一人、那須先輩に同意することはなかった。
まぁ、これこそ至極当然、当然至極のことなのだけど……
「そ、そんなぁ……」
やっと、朝まで待ち続けることの異常性に那須先輩も実感を持ち始める。
「前々から思ってましたけど、今回の件で改めて思いました。那須先輩はシンプルに変人だって。いい意味とかじゃなくて」
「そこはいい意味でって言おうよ!」
オブラートに包むことなくストレートに言ったマノ君に対して那須先輩は抗議する。
「常人なら朝まで待つなんて常軌を
皮肉をたっぷり込めた拍手を那須先輩に送る。
「それ褒めてないよね!?」
「いやだなぁ~褒めてますよ。ベタ褒めですよ~」
そう言うマノ君の態度は明らかに褒めているとは程遠いものだった。
「も~う、分かったよ……今後は朝まで待つようなことはしないようにするよ。せめて、夜までには気付けるように頑張るね」
「話聞いてました? 一時間でも待たされた時点で気付けって話なんですよ。夜に気付いたところで変人であることに変わりはありませんよ」
「え~じゃあ、頑張って夕方までには気付けるようにするよ」
「だから……いえ、もういいです」
反論する気力をなくしたマノ君はこれ以上言っても無駄だと悟って諦める。
「けど、よく朝まで六課で待てましたよね。どうやって寝たんですか? それとも寝れてないとか?」
美結さんが心配そうに聞く。
朝まで待つ行動を取ってしまうことの方が寝れていないことよりもよっぽど心配なんだけどな……
「そういやそうだな。うん? ってことは風呂にも入ってないってことか?」
マノ君はわざとらしく鼻をつまんで、那須先輩と距離を取る。
「待って! 私、臭くないからっ! ちゃんとシャワー浴びてるからっ!」
変人と言われることよりも風呂に入っていないと思われることの方が嫌なのか、那須先輩は慌てて強く否定する。
「仮眠室のベットでも寝れたし、何も問題はないからね!」
「仮眠室?」
「あ~たしかにそんなのありましたね。シャワーとかも付いてるんでしたっけ? あんまり使う機会がないから忘れてましたよ」
マノ君は忘れていたと言っているけど、僕はなんとなく嘘な気がする。
そういうことはマノ君はしっかり覚えているはずだ。
それなのに忘れている振りをしたのは那須先輩をからかうためだろう。
「そうだよ! だから、お風呂入ってないとか変なこと言わないでよ!」
那須先輩は遠くでこちらの会話に入らずにデスクで作業をしている丈人先輩をチラリと見て言った。
「はいはい、分かりましたよ」
マノ君はニヤニヤと面白そうに笑う。
これは完全な確信犯だな。
「とにかく、朝のうちにどうにか自分で気付けて良かったですね。会議の時間にも間に合いましたし」
その会議の時間も近づいているので、市川さんが話の総括に入ろうとする。
「え? 私、自分では気付けてないよ」
「ふぇ?」
那須先輩の思いがけない言葉に市川さんの口から奇妙な音が出る。
とは言え、僕達もさらなる那須先輩の爆弾発言に開いた口が塞がらない。
「えっと……じゃあ、誰が気付いたんですか?」
「それは――」
「俺だよ」
那須先輩が言い終わる前に後ろから声がした。
そして、その声の主は丈人先輩だった。
「昨日来るはずだった波瑠見ちゃんが来ていなかったことに気付いたから、嫌な予感がして朝一で連絡したんだ。で、予感は的中。立川で会議することも知らなかったみたいだしね」
「つまり、丈人先輩からの連絡がなければ那須先輩は待ちぼうけをくらっていることに気付いていなかったと……それどころか、今日も丸一日俺達が来るのをずっと待っていたかもしれないというわけか……」
「うん、そういうことになるね!」
那須先輩が自信満々に答える。
その自信はどこから湧いてくるのだろう。
「さっさと会議を始めようぜ。これ以上話していると、こっちまで頭がおかしくなりそうだ」
目頭をさらに強く押さえて、心もとない足取りでマノ君は自分のデスクに戻って行く。
言い方に差はあれど、それは僕達も同感だった。
マノ君の後を追うように僕達も自分のデスクへと戻る。
「なんか皆、さっきよりも元気なくなってない? どうしたの?」
那須先輩が的外れなことを言う声が後ろからする。
「それは自分の胸に聞いてみたら分かるんじゃないかな?」
「自分の胸に?」
諭すように丈人先輩は助言したようだけど、その効果は無さそうだった。