広崎さんと佐伽羅さんと面会した次の日、僕は皆との情報共有のために立川支部の六課に来ている。
僕が六課に着いた時にはもう既に皆が揃っていた。
どうりで行きに誰とも会わなかったわけだ。
「あ、伊瀬っち、おはよう!」
入口の一番近くにいた美結さんが僕の存在に気付いて挨拶をしてくる。
「おはよう、美結さん。皆来るの早いんだね。まだ、時間じゃないよね?」
皆を待たせてしまったのではないかと不安になって聞いてみる。
「全然大丈夫だよ! 時間まではまだまだ余裕あるしね」
「そっか~良かった。でも、なんで皆こんな早く来ているの?」
「え~と、そう言われると何でだろう? まぁ、けっこう皆やっとかないといけないことがあって来ている感じだからね。その量に比例して早く来ているところはあるかな」
かく言う私もその一人と、美結さんは少し恥ずかしそうに笑う。
「ところで伊瀬っちは、昨日の面会はどうだった。面会なんて行ったの生まれて初めてだったでしょ?」
「う、うん。そうだね。人生で面会に行く機会なんて有難いことに一度もなかったから、昨日が初めてだったと思う」
「だよねぇ~どう、やっぱり緊張した?」
やっぱりと言う手前、美結さんが初めて面会をするために東京拘置所に出向いた際にはきっと緊張したのだろう。
そして今はもう何度か面会に足を運んで慣れてしまったというニュアンスを美結さんの声のトーンから感じられる。
「緊張は……それなりにはあったかな。東京拘置所のあの独特な雰囲気にはもう少し慣れる必要があるかも」
本当はドラマでよく見た面会室が目の前にある興奮の方が勝ってましたとはどうにも言いづらい。
「だよね、だよね! あそこって全体的に暗いとうか空気が思いとういか……外の世界から完全に断絶されてるって感じだよね。今でこそ慣れはしたけど、あの感じは何度行ってもアタシは苦手だな」
想像してしまったのか、美結さんは頭の上の方をブンブンと手ではらう。
「美結さんの方はどうだった? 捜査資料の整理進んだ?」
「うん、一通りは終わったよ。これと言って手がかりになりそうな新しい情報とかは見つかんなかったけどね。でも、整理する前よりもかなり見やすくなっていると思うからそこは期待して良いよ!」
美結さんはグッと親指を立てて前につき出す。
「ありがとう。わかった、期待しておくね」
「任せなさい」
両手を腰に当てて胸を張る。
そんな美結さんの動作に僕はどこか幼さを感じてしまい頬が緩みそうになった。
「そんなアホみたいなポーズ取ってないで仕事しろ。伊瀬も来たことだし、早めに会議始めるぞ」
また喧嘩に発展しそうな置き土産を置いて、マノ君が美結さんを押しのけて通り過ぎて行く。
「ちょっ、アンタ! アホみたいなポーズって何よ!」
マノ君の置き土産は見事に功を奏し、案の定美結さんはマノ君に売られた喧嘩を買いに行った。
遠くでまたいつもの喧嘩を始めているマノ君達を見ながら、僕が自分のデスクに荷物を下ろそうとすると廊下の方からトタパタと走ってくる音がした。
「皆ひどいよ~! なんで来なかったの~! ずっと待ってたんだよ~!」
若干涙目になって鼻を赤くした那須先輩が悲痛な叫びで訴えながら六課に飛び込んで来た。
「朝からうるさいですよ、那須先輩」
マノ君が面倒くさい奴がやって来たという目で那須先輩を見る。
本当、マノ君は容赦ないな。
「ずっと待ってたって、どういうことですか?」
市川さんが優しく問いかける。
那須先輩にとってその対応はマノ君と比べると天使の
市川さんに那須先輩が抱き着く。
「昨日、捜査会議に間に合うように急いで六課に行ったのに誰もいなかったんだよ。それで皆が来るのを朝になるまでずっと待っていたのに誰も来ないんだもん……」
『あ……忘れてた』
それを聞いて僕を含めた全員が気まずい顔に変わる。
昨日の捜査会議に那須先輩は後から遅れてやって来る予定だった。
そのことを手塚課長の親父ギャグから解放されるためにこっそりと六課から逃げたりしている間にすっかり忘れてしまっていた。
おそらく那須先輩は僕達が六課から出て行った後に来ていたんだろう。
ちょうど入れ違いになっていたみたいだ。
「そ、そうだったんですか。昨日は捜査会議が早めに終わったので、那須先輩は終わった後に来てしまったんですね」
那須先輩に抱き着かれている市川さんが申し訳なさそうに言う。
「え~そうなの? 私はてっきり、捜査会議は午後からだと思って皆をずっと待ってたんだよ」
頬を膨らませて那須先輩はイジける。
「いや、捜査会議の時間は事前にちゃんと伝えてましたよね?」
マノ君が午後からだと勘違いした那須先輩に対してツッコむ。
「それは……そうなんだけど、私の聞き間違いだったかなって思ちゃってさ」
「じゃあ、百歩譲ってそうだったとしても、ある程度待って誰も来なかったら電話で誰かしらに連絡を取って確認すればいいだけじゃないですか」
「あ、確かに」
マノ君の指摘に那須先輩は目から鱗だと言うように納得する。
これぐらい誰にでも思い付きそうなことだとは思うんだけれど……
「もしかして、誰かに電話するって考えが頭に浮かばなかったんですか?」
呆れ果てたマノ君が那須先輩に問いかける。
「考えもつかなかったよ! 本当にマノ君の言う通りだね! 何で気付かなかったんだろう? 失敗、失敗!」
気付かなかったことに落ち込むことはなく、那須先輩は軽快に笑う。
「はぁ~、そんなんだから朝まで待つ羽目になるんですよ……は?
マノ君は自分で言ったことに信じられないといった様子だった。
そして、それはこの場にいた僕達も同じだった。
最初は聞き間違いかマノ君の言い間違いだと思った。
けれども、思い返せば朝まで待っていたと那須先輩自身がそう言っていた。
つまり、聞き間違いでも言い間違いでもなく事実ということ。
その事実を僕達は華麗にスルーしてしまっていた。
あまりにも信じられないようなことだったせいで脳が認識することを避けていたのかもしれない。
それでも認識してしまっては、僕達はその事実に向き合わなければならない。
しかし、向き合うには少々時間を要する。
その何とも言えない時間が僕達の間には静かに横たわるように流れた。