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Tier69 寄り道

 広崎さんと佐伽羅さんとの面会を終えて東京拘置所から外に出ると、そこには早乙女さんと見知った黒塗りの乗用車があった。

 たぶん、あの車を運転しているのは渡会わたらいさんだな。

 早乙女さんと初めて会った時と今の光景がどことなく似ているなと僕が思っていると、早乙女さんが声を掛けて来た。


「お二人は、この後どうなさいますか? よろしければお車の方で目的地にお送り致しますよ」


「マノ君、どうする?」


 今後の予定を知らない僕はマノ君に確認を取る。

 ここまで僕はマノ君に付いて来ただけだから、次にどう動くのか皆目見当もつかない。


「そうだな……」


 そう言って、マノ君はしばらく思案をめぐらす。

 一度、何かを言おうとする素振りを見せたけど、すぐにまた考えにふけって声を発することはなかった。


「……いや、今日はもう終わりにしよう。今から六課に戻ったところで正味、やることはないからな」


「そっか。じゃあ、帰ろっか。すみません、早乙女さん。お言葉に甘えて、僕達のマンションまで送ってもらってもいいですか?」


「ええ、もちろんです」


 早乙女さんは快く受け入れてくれて、車のドアを開けてくれる。

 僕は車に乗り込もうとして、忘れていたことを思い出した。


「あっ、丈人先輩達に広崎さんが無実だったことを連絡してあげないと」


 丈人先輩に「進展があったらいつでも連絡して」と言われていたことを思い出す。

 連絡をするためにズボンのポケットからガラケイを取り出そうとしているところを僕はマノ君に止められた。


「今日の報告は明日、立川の方でやるから今は連絡をする必要はないだろう」


「そう? わかった」


 僕は取り出そうとしていたガラケイをポケットに戻した。

 車に乗り込んで僕はマノ君の席を空けるために体を車道側の奥に詰める。


「あ、渡会さん。お久しぶりです」


 運転席に渡会さんがいたのを見て、挨拶をする。

 僕の予想は見事に的中したみたいだ。


「こちらこそ、お久しぶりです。六課の方には慣れてきましたか?」


「はい、少しずつですが。皆、親切なので助かっています」


「それは何よりです。では、ご自宅までお送り致します」


「よろしくお願いします」


 渡会さんとの会話が終わっても、なぜかマノ君が車に乗り込んで来る気配が感じられない。


「どうしたのマノ君? 乗らないの?」


「あー、俺はこの後ちょっと個別で寄って行きたいとこがあるからいい。先に帰っていてくれ」


「それでしたら、そちらの方にもお送り致しますよ」


「いえ、1人で行くんで大丈夫です」


 早乙女さんの提案に断る理由が見つからないにも関わらず、マノ君はそれを断った。


「……承知しました。では、私はこれにて失礼致します」


 マノ君に対してこれ以上食い下がることはせず、早乙女さんは開いていたドアを閉めて車の助手席に乗り込む。


「じゃ、伊瀬。また明日な」


 渡会さんが開けた窓から車の中を覗き込むようにしてマノ君が言う。


「あ、うん。また明日」


 マノ君が車から一歩後ろに離れると、渡会さんがハンドレバーを動かして車がゆっくりと前に動き出す。

 僕は一人立ち尽くすマノ君に見送られながらマンションへと帰った。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 車で走り去った伊瀬を見送り終えた俺は行きに降りて来た駅の方向に歩き出しながら、取り出したガラケイからある人物に電話を掛けていた。

 何コールか鳴ったところで、ようやく目的の人物に電話が繋がる。


「……」


「あ、俺です、さん。もしかして今、忙しかったですか? 忙しいようなら一度、掛け直しますよ」


 電話が繋がっているが、相手からの応答がなかったためこちらから呼びかける。


「……あぁ~大丈夫大丈夫。寝てただけだから」


 モソモソという音ともに、間延びした声が聞こえる。

 どうやらベットで気持ちよく寝ていたところを俺が目覚まし時計のごとく叩き起こしてしまったらしい。

 それだったら忙しい時に電話が掛かってくる方がまだマシだな。


「それはそれで、なんかすみません」


「いいのいいの、そろそろ起きるとこだったから」


「昨日は夜、遅かったんですか?」


 既に日が傾き始め、夕方と言われる時間に差し掛かろうとしているのに寝ていたということは相当に生活リズムが崩れている証拠だ。


「夜って言うか、気付いたら日が昇ってたかな。で、そのまま爆睡してマノ君から電話が掛かってくるまでは寝てた感じかな。最近、少し忙しくてね」


「そんな時間まで働かすなんてブラックですね。労基に訴えたらどうです?」


「ううん、これは私が個人的にやっていることで仕事とかじゃないから」


「そうですか。何はともあれ、不摂生をするのはよくないですよ。肌荒れとかいろいろあるじゃないですか」


 あはははは、と電話の向こうから乾いた笑い声が聞こえる。


「それにはぐうの音も出ないな~。高校生のマノ君にそんなお母さんみたいなことを言われるとは思わなかったよ。でも、肌荒れとか正直どうでもいいんだよね。ぶっちゃけメイクとかも面倒くさいし、すっぴんを見られて気にするような相手もいないしね」


 だらしないことを言っている姫石さんだが、普段はバシッと白衣を着てキメている。

 それに、すっぴんでも全然通用するポテンシャルを姫石さんは持っている。

 むしろ、すっぴんの方が綺麗に見えるくらいだ。


「そんなことはないでしょ。姫石さんだって、その……恋人とかそういうのあるんじゃないですか?」


 俺は若干、言葉を濁す。


「私は別に恋人とか結婚とかはしないからいいの。というか、それは君も分かってるでしょ?」


「……まぁ、そうですけど、気持ちに変化がないとは限らないじゃないですか」


「残念だけど、この気持ちが変わることはないよ」


 語気を強めてキッパリと姫石さんは言う。


「私達から始まったこの現象にけりを付ける……そのために私は生きているから。それさえ出来ることが出来れば、私はそこで死んでもいい。それが残された人の使命なんだよ」


 その言葉はまるで自分に言い聞かせているようだった。


「……けりを付けるっていうのは俺も賛成です。けど、死んでもいいっていうのはナシです。たぶん、玉宮さんも立花さんもそれは望んでいないと思います。長生きしろとは言いません。ただ、生きれるだけ、生きて下さい」


 気休めは言わない。

 俺は思ったことを素直に口にした。


「……うん、そっか。そうだね。ごめん、変なこと言ちゃって」


「いえ、別に気にしませんから」


「ありがとう。あっ、それで何か用があって電話してきてくれたんだよね?」


 忘れるとこだったと姫石さんが慌てる。


「えぇ、まぁ……」


 俺は自然と一息入れていた。


「姫石さん、ちょっとお願いしていいですか?」


 そう言って俺は、姫石さんに要件を伝えた。

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