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Tier67 爆弾

「良いだろう。お前の質問に答えてやる。あの爆発の後、教室に生き残っていた人間は――」


 僕は佐伽羅さんの口の動きを注視する。


「――1人いた……既に、虫の息だったがな」


「ッ! いたんですか! 生きてた人が!」


 思わず透明の遮蔽板しゃへいばんに僕は手をつける。


「そんなに驚くことでもないだろう」


 大袈裟な反応だと佐伽羅さんは僕をたしなめる。


「どうしてですか? 爆発に巻き込まれたのに生きていたんですよ! そんなの奇跡じゃないですかっ!」


「奇跡? そんなの奇跡でも何でもない。お前、あの作戦で爆弾を使用した意図が分かっていないな?」


「爆弾を使った意図ですか? それは……あの場にいた人達を秘密保持のために全員殺すことですよね?」


 マイグレーションやマイグレーターの存在は決して外に漏れてはいけない国家機密だ。

 それは僕もマイグレーションの性質上、よく分かっているつもりだ。

 けど、だからと言って、それが人を殺しても良い理由になるとは僕にはどうしても思えない。

 国家としては、最大多数の最大幸福が物事を考える上での基盤となっているのだろう。

 でも、最大多数の最大幸福から取りこぼされた人達はどうでもいいのだろうか。

 全ての人が幸福な世界なんて非現実的だし、そんなのはただの綺麗ごとだ。

 それでも、取りこぼされた少数の人を誰か1人でも見捨てないで救おうとしなきゃいけないと思う。

 皆が幸福になるために仕方ないで終わらせるのは、少なくとも僕は嫌だ。


「……俺を軽蔑する気持ちも分からなくはないが、もう少し感情を表に出さないようにした方が良いぞ」


 言葉の節々から感じ取られたのか、佐伽羅さんに僕の思いが伝わってしまったみたいだ。


「……すみません」


「うん? あぁ、違う。どちらかと言うと、俺はそっちのガキに言ったんだがな」


 佐伽羅さんが顎で示す方にはマノ君がいた。

 言われたマノ君は舌打ちをして、目を伏せる。


「悪い、話がそれたな。お前の爆弾の意図に対する見解は間違いだ。確かに、爆弾の爆発による爆風や衝撃の殺傷能力は高い。だが、周囲の人間を確実にその一発で仕留められる保証はない。遮蔽物のおかげで偶然に助かったというケースもしばしば存在する」


「じゃあ、爆弾を使う意図は何だったんですか?」


「足止めだよ。事後処理のな。現に、まだ息のあった1人を処理するために2班の連中を向かわせている間に逃げられずに済んだ。爆発を聞きつけて現場にやって来た、作戦を知らない他の警察官や消防員に保護されると面倒だからな。運良く爆発から生き残っても、無傷でいられる人間はまずいない。必ずどこかを負傷して身動きが取れない状況になる。それに、教室という狭い空間で爆発させている。爆弾とうのは基本、空気中の酸素を大量に使い爆発する。それにより、爆発後の付近は酸素が薄い状態になる。狭い空間なら尚更な。そして、教室内にいる人間は爆発の影響が少なくとも酸欠で動けなくなる。あとは、身動きが取れなくなった所を銃でも何でも使って丁寧に処理していく。こういう意図だ」


 佐伽羅さんの話は実に合理的だった。

 人を大量に、そして確実に殺すためのプロセスとして最も効率的だった。

 これは、人類が歴史上何度も試行錯誤を繰り返して得たものだ。

 そして、僕達はこの過ちのことをこう呼んでいる。

「虐殺」

 またの名を「ジェノサイド」


「……そこまで……そこまでするんですか? 秘密を洩らさないために、そこまで……」


「あぁ、やるな。それが国を治める国家というものだ。普段はそれなりに正しく機能していても、一度歯車が嚙み合わなくなればどこまでもそれが続き、簡単に大量破壊兵器のスイッチを入れることにサインをする。それが国家という集団だ」


 その嚙み合わなくなった歯車を誰か1人でも止めようとしてくれていたのなら、歯車が壊れていくのを止めることは出来たのだろうか。


「佐伽羅さん。もし、佐伽羅さんが作戦を止めようとしていたら、あの場にいた人達は死ぬことはなかったと思いますか?」


「いや、思わない」


 佐伽羅さんが間髪入れずに答える。


「俺があの作戦を止めようとしたところで、俺が外された後に他の誰かが俺の役目を引き継ぐだけだ。結果は何も変わらない。誰かがやらなきゃ、他の誰かがやるだけ。全く素晴らしい、良く出来たシステムだ」


 素晴らしいと言った佐伽羅さんの顔は、これっぽっちも素晴らしいと思っているような顔ではなかった。


「そうですか……ありがとうございました。最後に答えて頂いて……」


「もう、よろしいのですか?」


「はい、もう大丈夫です。早乙女さんもマノ君も待たせちゃって、すみません」


 帰る間際の土壇場で、2人の時間を奪ってしまったことを僕は詫びる。


「別に、気にすんな」


「そうですよ。聞きたいことがあれば時間は気にしないで下さい。そのために、私がここにいるんですから」


「ありがとうございます。でも、もう本当に大丈夫です。一番、聞きたかったことは今聞けたので」


「そうですか。なら、私達は参りましょうか。佐伽羅さん、本日はありがとうございました。これにて、失礼致します」


 早乙女さんは、佐伽羅さん相手にも綺麗なお辞儀をして今日のお礼を述べる。


「そういうのは、やんなくていい。帰るなら、さっさと帰ってくれ。俺も久しぶりにこんなに話したからな。少し疲れた」


 佐伽羅さんがパイプ椅子の背もたれに体重を掛けたことで、背もたれを支える鉄パイプの金具の部分からギシギシと音が鳴る。


「んじゃ、帰るか」


 そんな佐伽羅さんをマノ君が一瞥いちべつして、真っ先に面会室を出て行く。

 それに続いて早乙女さんも面会室を後にする。

 いつの間にか面会室には僕と佐伽羅さんだけになっていた。


「それじゃ僕も失礼します」


 僕も2人を追って面会室を出ようと扉を開ける。


「ちょっと待て」


 扉を半分くらい開けたところで、僕は佐伽羅さんに突如呼び止められた。


「なんですか?」


 振り返ると、佐伽羅さんの真っ黒い瞳が僕を見つめていた。

 その瞳の奥の闇に捕らわれたかのように、僕はその場から一歩も動くことが出来なかった。

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