八雲がもう死んでいる?
死んでいると考えることが出来る?
もし、そうなら、今いる八雲は一体何だと言うのだろう?
幽霊とでも言うのだろうか?
神と言い、幽霊と言い、佐伽羅さんは少しオカルトチック過ぎるような。
でも、それとは根本的に違うような。
とにかく、佐伽羅さんの言葉に僕達は惑わされてばかりだ。
「そう、分かりやすく困惑するなよ。仮にも、お前らは八雲を捕まえようってんだろ? だったら、この程度で感情を揺さぶられるな」
佐伽羅さんがつまらなそうに言う。
心の動揺が見て取れるくらいに、僕達は顔に出ていたみたいだ。
「八雲が死んでいるだと? だったら、俺達がやっていることは無意味だな。死人を捕まえることは出来ない」
マノ君が苛立ちの声をあげる。
「死んでいると考えることが出来るだ。勝手に、自分の都合の良いような解釈に落とし込むな。言葉は正確に捉えろ」
佐伽羅さんは、まるで先生であるかのようにマノ君を諭す。
「八雲は生きている。これも間違いじゃない。だが、八雲が生きている状態を継続している過程に、死んでいると解釈する余地が生まれているのも、また事実だ」
「過程だと?」
「あぁ。普通の人間なら、あれだけの爆発に巻き込まれて生きている確率は非常に低い」
非常に?
あの爆発でその場にいた全員が亡くなっているのに、どうして佐伽羅さんは「非常に」と付け加えたのだろう。
「実際、八雲の意識が入っていた肉体は死んでいる。5年も前にな」
「肉体が死んでいようと、八雲は他者の肉体に意識を移しただけで死んでいないだろ」
「そうだ。八雲の意識は死んじゃいない。だが、その意識はオリジナルか?」
「……」
マノ君は言葉に言い淀み、苦い顔をした。
「ガキ、お前のその肉体は正真正銘、お前のものか? 生まれた時から、その肉体と意識で生きて来たか?」
急に、佐伽羅さんが話のそれた質問をマノ君にする。
「それは……もちろん、そうだ」
マノ君は若干、歯切れの悪い言い方をする。
「なぜだ?」
「は? なぜ? なぜって何だ?」
「何で、お前は生まれた時の肉体のままなんだ? 何かその肉体にこだわりでもあるのか?」
「ねぇよ、そんなもん」
「なら、なおさら疑問だな。その肉体にこだわりが無いのなら、他の肉体に乗り換えるべきだろう。世の中には、その肉体よりも優れた能力を持つ肉体が五万とあるはずだ。事件の特性に合わせて、その都度、捜査に適した肉体を選んでいけば、効率的に事件を解決することが出来るはずだ。何せ、男にも女にも、美形にも不細工にも、若者にも老人にも、貧乏人にも金持ちにもなれるんだからな。潜入捜査にはうってつけだ」
「そんな簡単に都合よく、ほいほい肉体なんか手に入るわけないだろう。その肉体に入っている人達の意識はどうするつもりだ? まさか、殺すとか言わないよな?」
「そんな物騒なことは言わねぇよ。そこまでしなくとも、短期間であれば相手の意識を眠らせたまま肉体の主導権を握るくらいのことは出来るんだろ?」
「出来たとしても、意識が眠っていた時の時間のズレをどう説明する? マイグレーションのことは決して口外出来ないトップシークレットだぞ」
「そのぐらいは情報操作でも何でもすればいいだろう。なんなら、マイグレーションの能力でも使って
マノ君が相手の記憶を消すというマイグレーションの特性を持っていることを知らないはずの佐伽羅さんが、ここまで言い当て来ると、もはや怖いまであると思う。
「結局、アンタは何が言いたい? 生まれ持った自分の肉体を手放さないことに理由なんかねぇよ」
「いや、理由はある。生まれ持った肉体を手放したくない、れっきとした理由がな」
「じゃあ、その理由ってのは何だ?」
「それを一番分かっているのはお前自身だ。どんなに気づかない振りをしても、お前の本能はちゃんと分かっている。
生存本能……
それを聞いて、僕はやっと佐伽羅さんが言わんとしていることがなんとなく見えてきた。
「つまり、それって……生まれ持った肉体を手放すことは、死を意味するのと等しいってことですか?」
「なんだ、ガキ、分かってるじゃないか」
佐伽羅さんはマノ君に釘づけていた目を僕の方に向ける。
「そんなの、
マノ君が佐伽羅さんに食って掛かる。
「本当にそう言えるか?」
「……あたり前だ」
「お前はどうだ?」
佐伽羅さんは僕にも同じ質問をする。
「僕もマノ君と同じ意見です。人間の主体……少し言い方を変えれば魂の拠り所は意識だと思います。肉体が元気でも意識が失われていては、それは植物状態であり、それこそ死を意味するのと等しいと思います。逆に意識さえ――」
そこまで言って、僕は次の言葉を紡ぎ出すはずの口を閉じてしまう。
何か引っかかる。
根本的に何かが違う気がする。
そうじゃない、僕達が言っていることは間違っていない。
人間の主体は肉体じゃなくて、意識だ。
間違っているのは、八雲の生死を判断する観点だ。
佐伽羅さんと僕達で、その観点がズレているんだ。
八雲が生きている過程――つまり、八雲がマイグレーションをしていることに死んでいると解釈する余地が生まれていると佐伽羅さんは言っているんだ。
そして、意識がオリジナルかどうか……
「オリジナルと……コピー?」
無意識に呟いた自分の言葉に僕はハッとする。
そんな僕を見て、佐伽羅さんの口角が少し上がったように僕には見えた。