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Tier64 NCM

 マノ君が身体的接触無しにマイグレーションが出来る回数は1回だと伝えると、佐伽羅さんは期待外れだと言うような態度をとった。


1だと? その1回が出来るようになるために俺がどれだけ時間を掛けたと思っている?」


 マノ君の声に怒りが込められているのを感じる。


「待て。身体接触無しにマイグレーションを行うことは、かなりの時間を掛ける必要があるほど難しいものなのか?」


 佐伽羅さんはマノ君を煽るために「たった1回」と言ったと思っていたけど、どうも2人とも話が嚙み合っていないような。

 そんな違和感がある。


「あたり前――じゃないのか、アンタにとっては……」


 その違和感にマノ君も気付いたみたいだ。


「マイグレーションの能力はマイグレーターがマイグレーションを行った使用練度に比例する。使用練度が高ければ高いほど、マイグレーションの能力は強化・拡張される。そして、身体的接触無しにマイグレーション……今ではNCM(non-contact migration)と俺達は一応、名称している。そのNCMが出来るようになるには最低でも年単位を要する」


 non-contact migration――非接触型移行

 頭文字を取って、通称「NCM」

 相手に対して身体的接触をせずにマイグレーションを行うことを指す。

 3ヶ月間の研修の際に確かに習った覚えがあった。

 でも、マノ君が使っているのは初めて聞いたな。


「つまり、前提としてはそのNCMを扱える人間はマイグレーターの中でも数は少ないと?」


「あぁ、それに会得出来たとしても通常のマイグレーションより、NCMの方がはるかに体力と集中力が消費される。一度行えば、必ず回復するまでのインターバルが必要になる。インターバルの間は何も出来ず、無防備の状態となってしまうためその分リスクを伴う。連続でNCMが出来るようになるには、数十年単位は掛かるだろうな。だが、マイグレーションという現象が発生してから、まだ7年程度しか経ってない。つまり、NCMを連続で出来る奴なんかこの世にいないってわけだ」


「……そうか。今の話を聞いて、俺の直感は確信へと変わったよ」


「どういう意味だ?」


「改めて言おう。お前達は八雲には勝てない」


 佐伽羅さんは吐き捨てるように言う。

 ただ、そう断言した佐伽羅さんには絶対的な自信があるように感じ取れた。


「やっぱり、神にしか八雲はどうにか出来ませんってか? だったら、それはアンタの直感でしかないだろ」


「そう先走るな、ガキ。俺はと言ったはずだぞ」


「なら、ちゃんと根拠はあんだろうな?」


「当然だ」


 佐伽羅さんは一拍置いて、話しを続ける。


「NCMは1回行うのが限度で、連続は出来ない。仮に連続でNCMを行うには使用練度を高めるのに数十年単位が必要で、物理的に現在それが可能なマイグレーターは存在しない。これで間違いないな?」


「あぁ」


「お前が言っていることが正しいのなら、八雲はマイグレーターになってから少なくとも数十年以上は経過していることになる。そして、物理的に不可能であることを可能としている八雲は時間をも超越する神にも等しい力を持っているわけだ」


 八雲がマイグレーターになってから数十年も経っている?

 時間を超越する能力を持っている?

 僕は疑問で頭の中がいっぱいになる。

 重い鈍器が何かで殴られたかのように頭がクラクラとする感覚に陥る。


「は? 何を……いや、分からないな」


 マノ君も混乱を隠せずにいる。


「5年前のあの日、八雲はNCMを5回……正確には6回かもしれないな。NCMを6回、それも連続で行っていた」


「「……」」


 僕とマノ君、それに早乙女さんもあまりの衝撃に言葉をなくした。

 何かを言おうにも、その先の言葉が紡ぎ出されない。

 数十年以上掛かって、ようやくNCMを連続で出来るかも怪しいところを八雲は5年も前に6回もやってのけていた。

 そのマイグレーターとしての力の差に僕達は愕然とすることしか出来なかった。


「……ろ、6回もやったんだ。いくら八雲でも相当な体力と集中力を消費しているはずだ。なぁ、そうだよな? 佐伽羅さん?」


 八雲への勝機をどうにか見いだそうとマノ君が問いかける。

 佐伽羅さんが「そうだ」と言ってくれることを願うように。


「お前の期待に応えられないようで悪いが、答えはノーだ。八雲からは著しい体力の消耗等は見られなかった」


 その返答はマノ君の願いを叶えず、現実は残酷であると突き詰めて来ただけった。


「……じゃあ、本当に時間を超越出来るとでも言うのかよ……」


「あるわけないだろう、そんなこと。マイグレーションに関する現象は全て八雲に集束している。八雲はマイグレーションの元凶だ。であれば、我々が知らないはるかに多くのことを八雲が知っていてもおかしくはない。むしろ、当然であると言えるだろう。それが、我々が考える物理的不可能を軽々と超えた正体だ」


 僕達とは対照的に佐伽羅さんは落ち着いている。

 ガラスを隔てた向こう側は、まるで別世界であるかのように。


「……資料には書かれていなかった……八雲は隊員の1人にマイグレーションをして、起爆装置を押させたことで3年3組の人間と一班の隊員を爆殺したとしか。ここからは、八雲はNCMを多くても1回しか行っていないとしか読み取れない……何で、こんな大事な事が資料に書かれてないんですか?」


 マノ君は早乙女さんの方を振り向く。


「……も、申し訳ありません。私もこのことに関しては何一つ知らされておらず……正直、私自身もこの事実に戸惑っています」


「聞かれても困るってわけですか……」


 そう言ったマノ君の声はどこか弱々しく聞こえた。


「……だ、大丈夫だよ。だって、僕達はマイグレーションについて知らないことがまだまだ多いだけなんだから。マイグレーションの情報が増えていけば、きっと八雲を倒す弱点は見つかるはずだよ。八雲に勝つための勝機は必ずあるよ!」


 自分が言っていることは能天気なことかもしれない、と僕は思う。

 それでも、諦めるのだけは絶対に違う気がした。


「……そうだな。伊瀬の言う通りだな。八雲を殺せるのは俺達しかいない。俺達が殺さなきゃ、奴を止めることは誰にも出来ない。状況が絶望的でも、やるしかないか」


 マノ君に覇気が戻る。

 そんなマノ君を見て、僕はどこかホッとする。


「その自信がどこから来るのかは知らないが、お前らガキ共もいずれ分かる」


 瞳の奥にある真っ黒い闇を佐伽羅さんはより一層強くする。


「分かんねぇよ、一生な」


 その瞳の闇にマノ君は立ち向かう。


「いーや、お前は分かる。必ず分かる時が来る。お前が本能的に自分の体から離れることを恐れているようにな」


「何が言いたい?」


「八雲はもう死んでいる……ってことだ」

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