「まさか、俺みたいな立場の人間がこうして面会で呼び出されるようなことがあるとはな。豚小屋みたいな所に閉じ込められて、一生くさい飯を食わされるかと思っていたよ。しかも、こんなガキ共が面会に来るとは。なんだ、日本はガキですら働かさねぇと経済が持たなくなったのか?」
今、僕の目の前には平川第五中学校爆破事件の中心だった人物がいる。
そのガラス越しからでも感じる威圧感は思わず後退りをしてしまうような強いものだった。
顔つきもお世辞にも良いとは言えず、瞳の奥には真っ黒い闇を感じる。
「彼らは特殊な事情により政府に協力して頂いているにすぎません。未成年や学生が働く必要があるほど、日本の経済は落ちぶれていません」
早乙女さんが気圧されずにいつも通りの凛とした態度をとる。
「半分は真実で、半分は嘘ってとこだな。そうだ、お前の雇い主に紙の新聞くらいは寄越してくれと言っといてくれ。あと、最近の本も」
雇い主というのは榊原大臣のことだろうか。
「お伝えするのは構いませんが、おそらく却下されるかと」
「そこら辺は徹底してるよな。情報統制はこの国のお家芸か。そんなに俺が怖いのか? それとも、俺を処理しようって連中の方が怖いか?」
深淵を覗き込むような眼で見つめられた早乙女さんは耐え切れずに目を僅かに逸らしてしまう。
「お前もまだまだガキだな。それで、大臣の担当秘書官か」
「お言葉ですが、年齢と能力は関係ないかと。私は秘書官としての能力は欠けていないと自負しております」
さすがに少しカチンと来たのか、早乙女さんが負けじと言い返す。
「そういう意味じゃない。俺は能力主義だ。それに、お前は秘書官としては十分優秀なんだろう。見れば分かる」
「では、先程の発言はどういった意図のものなのでしょうか?」
「問題なのはお前よりも上が育っていないことだ。お前と同じくらい能力を持った奴が数人上の世代に本来はいるべきだ。それがいないからお前みたいなガキが秘書官なんて仕事をさせられている。こういう薄汚れたことはある程度歳の食った大人がやることだ。お前らみたいなガキが関わることではない」
その言葉はまるで、既に汚れた者が、せめてまだ汚れていない純真無垢な若者達を守ることで救いを見出しているかのようだった。
「久しぶりにおしゃべりが出来て嬉しいのは分かりますが、俺達はおしゃべりをしに来たわけではないんですよ。それと、俺達は薄汚れたことに関わらざる得ない状況で、進んで関わりにいっているんです。余計な同情はやめて頂きたい」
「……それも、そうか。金を持っていない俺が同情なんか出来るはずもないわけだ。で、リスクを冒してまで俺に何の目的で面会しに来た?」
鋭い上目遣いで見られたマノ君は動じることなく見返す。
「
それを聞いた佐伽羅さんはゆっくりと口角を上げた。
「あぁ、そういうことか。そっちの秘書官は分かるが、お前ら2人はあまりにも若すぎる。高校生か、良くて大学生くらいだろう。そんなガキがこの国のナイーブな問題に首を突っ込んでいるのはどうにも不可解だったが、今のお前の言葉で納得したよ」
つりあがった口角は、さらに上がっていく。
「お前ら八雲と同じマイグレーターだな」
その言葉を聞いて早乙女さんの肩が僅かに跳ねた。
佐伽羅さんは5年前の爆破事件以降、こうして捕まったことによってあらゆる情報は一切入っていない状況だったはずだ。
つまり、六課の発足はおろか警察・政府側に協力するマイグレーターがいることなど知る由もない。
それなのに、佐伽羅さんは自分の推測だけで僕達がマイグレーターである可能性を導き出し、完璧といかなくとも見事言い当てた。
多分、佐伽羅さんは恐ろしいほどに優秀な人だ。
「少しちが――」
「マノさん!」
言い切らせないと早乙女さんがマノ君に声を被せる。
「なんですか、早乙女さん?」
「……不要な発言は控えて下さい」
「不要? 今の情報を与えなければ、この人から有益な情報なんて得られませんよ。早乙女さんが本当に不要だと思うなら榊原大臣に確認を取るなり、直ちに面会を中止にすればいい」
早乙女さんは少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「……分かりました。マノさんのおしゃっていることには一理あります。バランスにひずみが生じるかもしれませんが、それ以上の価値があるかもしれません」
「早乙女さんなら、そう言ってくれると思っていましたよ。それに、バランスにひずみが出ようと榊原大臣なら軽く修正するでしょ」
「いえ、ここでの件は私に一任されております。ですので、何かあった時の始末は私が責任を持って全う致します」
「そうですか。んじゃ、遠慮なく」
マノ君は佐伽羅さんに向き直る。
「お待たせしました、佐伽羅さん」
「私に不用意に情報を与えて大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。不用意ではないので。続き、話しましょうか。俺達がマイグレーターなんじゃないかって話でしたよね?」
「そうだ」
「それ、残念ながら半分正解で半分不正解です。マイグレーターなのは俺だけで、そっちの伊瀬は普通の人間です」
「……なるほど、1人は監視役というわけか。とは言え、マイグレーターにとって大した抑止力にはなっていないだろう」
監視役と言われて僕はギクリとした。
僕が六課に配属されることになった理由にはマイグレーターであるマノ君達の監視があったからだ。
「おい、伊瀬。そう気まずそうな顔をするな。そんなことは俺も重々承知してる」
「えっ、知ってたの?」
「誰に言われなくとも、これぐらい分かるだろ。だから、気にするな」
「うん、分かった。ありがとう」
マノ君の一言のおかげで僕は後ろめたさが無くなり、心がスッと軽くなるのを感じた。
「その反応から見るにアタリというわけだな」
「ええ。さすが、八雲を追い詰めただけある。推測だけでここまで俺達の事を当ててくると、もはや怖いまでありますね。顔つきにも良く出ている」
「悪いな。この顔は生まれつきだ。だが、この顔も悪いことばかりじゃない。無能なトップを怖気付かせることが出来たりして役立つ時もある」
「へぇ~そうですか。じゃあ、その顔つきで八雲を追い詰めたんですか?」
マノ君はなぜか喧嘩腰でいる。
「だったら、楽だったんだがな。結論から言おうか。お前達は
「それは、自分が八雲に勝てなかった負け惜しみですか?」
「いや、あれだけの命を使ったんだ。そんなくだらないことは口が裂けても言わない」
「じゃあ、誰なら八雲に勝てるんだ?」
「そうだな……俺は神とやらは毛ほども信じていないが、それこそ馬鹿共の言う神だとか何とかだとかなら勝てる……いや、対等に渡り合えるんじゃないか? だとしても、八雲の方が一枚上手な気もするがな。俺はそう直感している」
そう言った佐伽羅さんの瞳は、僕達を捉えていなかった。