僕は、犯人に入れ替えられてしまって座り込んでいる女性(見た目は中村拓斗さんなのだが)に近寄って言った。
「ハァ、ハァ、ハァ……あの大丈夫ですか?」
どうにかして息を整えることが出来た僕はようやく声を出すことが出来た。
「え、えぇ。まぁ、大丈夫です。さっきの人のおかげでだいぶ落ち着きました。私の体が捕られたことを考えるとまた頭がおかしくなりそうですけど……それよりも、あなたの方が大丈夫ですか?」
声が出たのは良かったが、それでも息がかなり荒かったせいで逆に僕の方が心配されてしまった。
本当になんて情けないんだ僕は……
「ハァ、ハァ、大丈夫です。お気遣い、ハァ、ありがとうございます。とりあえず、パトカーがある方に行きましょうか。ハァ、誰かの体に入れ替わるなんて信じられないとは思いますが、元の体に戻ることを含めて詳しい内容は事が終わってからお話します。ですので、それまでの間はあなたをこちらで保護させて頂きます。また、他の誰かへのご連絡は一切ご遠慮ください。通信機器は後ほど預からせて頂きます」
「わ、わかりました。ただ、会社の方に一本だけ連絡を入れたいんですけど駄目ですか?」
「すみません。どういった理由であれ、一切のご連絡は出来ないことになっているんです。これはあなたの安全を期すためでもありますので、どうかご理解ください」
「そういうことでしたら、しょうがないですね。それに、よく考えたらこれって人のスマホですもんね。ロックもかかっているだろうし、開くわけないわよね」
「ありがとうございます。確かに、そうですね。すみません、言われるまで気づきませんでした」
お礼と自分の不甲斐なさを反省して僕はさっき乗って来たパトカーがある方へと向かって歩き出した。
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犯人が振り上げた刃物を俺は勢いよく振り落とした。
刃物は地面を滑るように転がっていき、金属製の音を奏でた。
刃物を振り落として、すぐさま俺は倒れている女に覆いかぶさっていた犯人を刃物を振り落とした方向とは逆の方向へと突き飛ばした。
犯人もまた刃物と同じように地面を滑るように転がっていった。
「おい、無事か!?」
犯人が地面を転がっていくのを確認し終えて、倒れている女に向き直りながら言った。
「ッ!……」
目に飛び込んで来たのは、下腹部が真紅の色に染まった……いや、真紅の色でグチャグチャになった加藤美緒の成れの果ての姿だった。
これはもう……駄目だな。
感覚でわかる。
仮に、まだ息があったとしてもこれではもう助からない。
そもそも、なぜここに加藤美緒がいるんだ。
警官が保護したはずだろう!
あの警官は何をやってるんだ!
しかも、ここは中村拓斗と加藤美緒の待ち合わせ場所とは反対の場所だぞ。
ここに加藤美緒がいるはずがない。
一体何がどうなってやがる!
何かがおかしい!
俺の知らないところで何かが起こっていやがる!
「……う゛っ……邪魔を……邪魔をするなー!」
突き飛ばして転がっていた犯人が金切り声を上げながら俺に掴みかかろうとしてきた。
あぁ、忘れてた。
早く、早く、早くこいつを……殺さないと!
体の奥底から怒りや興奮、殺意が混じった感情が溢れ出るのを感じた。
俺は掴みかかろうとしてきた犯人のこめかみを右手で抑え込んだ。
抑え込まれた犯人はさらに金切り声を上げて何か言っていたが、俺の耳にはそこまで届かなかった。
俺は犯人の意識を狩り取ることだけに全神経を注いだ。
自然と抑え込んでいる右手にゆっくりと力が入っていった。
力を強めたところで何かが変わるわけでもないのに。
力を強め過ぎたせいか犯人はいつの間にか金切り声からうめき声へと変わっていた。
そんなことは、どうでもいいか。
もっと意識を狩り取ることに集中しないとな。
犯人からの雑音が小さくなってきた。
あと、少し。
犯人の目は「助けてくれ、死にたくない」と俺に訴えかけていた。
もう、終わる。
犯人からの一切の雑音がなくなった。
良い気分だった。
自分でも口角が上がっているのがわかる。
今の俺の顔を鏡で見たら、さぞ悪魔のような面が拝めるはずだ。
それでも良いと思った。
俺はマイグレーターなんだ。
要は、人間じゃないと言っても過言じゃない。
だったら、マイグレーターだろうが悪魔だろうがそこには大した違いはない。
もう、普通の人間に戻れることはないんだしな……
そんな風に浸っていると犯人の記憶が走馬灯のように俺の頭の中、脳みその中に流れ込んできた。
「ッ! まさか……そういうことかよ!」
俺は一刻も早く伊瀬と合流するために全速力で走り出した。