天野君に手を引かれ学校の校門を出て右に曲がって僕達が走っていくと、少し先に一台のパトカーが停まっていた。
天野君はそのパトカーの後部座席のドアを躊躇なく開けて乗り込んだ。
手を引っ張られたままだった僕もそのまま乗り込むことになった。
「警視庁公安部第六課の天野悠真、特別捜査官です」
運転席と助手席に座っていた二人の男の警察官に警察手帳を見せながら天野君はそう言った。
「おい、お前も早く見せろ」
「あ、はい……同じく伊瀬祐介、特別捜査官です」
天野君に言われて、僕は慌てて同じように警察手帳を見せた。
「とりあえず、現場に急行してくれ」
「了解しました――石川上水から警視庁、現急します、どうぞ――」
天野君の指示に助手席に座っていた警察官がそう言った後、すぐに無線機を取って言った。
運転席の警察官はサイレンを鳴らして、パトカーを発進させていた。
「――警視庁、了解――」
――午後12時57分30秒をお知らせします――
プッ、プッ、プッ、ピー
無線機からは助手席の警察官に対する応答と時刻を告げるアナウンスが10秒刻みに流れていた。
「お前はボーっとしてないで、通知の内容でも確認しておけ」
「あ、はい。分かりました」
パトカーに乗ってからというか、学校を出てからの天野君はまるで別人のようだった。
「……こういう事案は結構久しぶりだな」
そう呟いた天野君の横顔は優しそうな印象はどこかへと消え失せ、血気盛んな肉食獣のようだった。
その横顔を見て思わず僕は背筋が凍ったような感覚に襲われたが、同時に天野君の顔立ちとその表情が合っていないような違和感も感じた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
通知の内容はこういったものだった。
八王子市にある038番の公衆電話から、アパートの一室で手足を縛られ拘束されている男性がいるとの匿名の110番通報があったらしい。
通報があった場所に近くの交番警察官が行くと、通報の通り手足を縛られ拘束されている男性がいた。
事情を聴くと、インターホンが鳴って玄関のドアを開けると知らない男が立っており、急に襲われたらしい。
そして、拘束されていた男性は自分の体を取られたと訴えているようだ。
このことからマイグレーターが関与していることが高いと考えられ六課に要請が来たようだ。
拘束された男性である
その彼女さんである
拘束された男性と入れ替わった犯人は、加藤美緒さんに何かしら危害を加えようと待ち合わせ場所である立川駅北口に向かっている可能性がある。
加藤美緒さんからしてみれば、犯人の見た目は中村拓斗さんのため身に危険が迫っているなどとは露ほども考えないはずだ。
加藤美緒さんが危害を加えられる前に、犯人と加藤美緒さんを一刻も早く確保しなければならない。
通知の最後には、中村拓斗さんの顔写真と服装が白いパンツにダークグレーのカジュアルニットということが記載されていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
左横を見ると天野君が犯人の顔写真を凝視していた。
とても声を掛けられる雰囲気ではなかったので、僕は初めて乗ったパトカーの車内を物珍しそうに眺めていることしか出来なかった。
窓の景色を眺めていると、だんだんと背の高い建物が増えてきた。
サイレンを鳴らしたパトカーなだけあって、あっという間に立川に着いたようだった。
天野君もいつの間にか窓の景色を真剣に見つめていた。
「そろそろ、立川駅北口近辺です」
運転している警察官が言った。
平日の昼間とはいえ立川駅周辺は多くの人でごった返していた。
「わ、分かりました」
僕はいつでもパトカーから降りられるようにと身構えた。
天野君は相変わらず、ずっと窓の外を真剣に観察している。
「……見つけた、あいつだ。おい、アンタ! そこのデカいカメラ屋の前で停めてくれ!」
天野君は呟いたかと思うと、運転している警察官に向かって身を乗り出して言った。
「見つけたって何を?」
僕が聞くと天野君は面倒臭そうに答えた。
「犯人に決まってんだろ! 今、そこのエスカレーターに乗って上がってる」
こんな大勢の人が行きかう中から犯人を見つけるなんて、天野君はどんな洞察力をしているんだろうか。
「アンタらの内一人はここで待機、もう一人は立川駅北口にいる加藤美緒を保護してくれ!」
天野君は二人の警察官にそう言って、さっさとパトカーのドアを開けて降りていこうとした。
「ほら、お前も早く行くぞ! もたもたしてると犯人を見失うだろ!」
天野君に言われて僕は急いでパトカーから飛び降りた。
「チッ! 気付かれたか」
天野君から舌打ちの音が聞こえた。
天野君の視線の先を見ると、人をかき分けてエスカレーターを上がっていく一人の男性の姿があった。
服装は通知の記載にあった通りだった。
どうやら、パトカーから僕達が降りてきたのを見て危険を察知したみたいだ。
「追うぞ!」
天野君はかけ声とともに走っていた。
慌てて僕も走り出す。
なんだか転校初日から走ってばかりだ。