「あの~ところでなんですけど、マイグレーターってどうやって成るんですか? さっき早乙女さんがマイグレーターは成る者だと聞いてからずっと気になっていたんです。万に一つもないとは思いますが、僕なんかでもマイグレーターに成ることって出来たりするんでしょうか?」
そんな質問をしてから僕は自分でも馬鹿だなと思ってしまうような質問だったと思った。
それでも僕は聞かずにはいられなかった。
僕だって男の子だ。
人とは違う特殊な能力を持った人間に成れるかもしれないなんて話を聞いたら、誰だって少年心をくすぐられるはずだと思う。
「……成れることには成れます。ですが、成れないと考えて頂いた方が良いと思います」
早乙女さんが困ったような表情で言ったのを見て、僕はこんな質問をしてしまった自分が恥ずかしなった。
それに、少年心をくすぐられた僕の儚い夢は一瞬にして塵となってしまった。
「早乙女君、構わないから話したまえ」
僕が「成れることには成れる」という早乙女さんの言葉に疑問と僅かな希望を見出そうとした時に榊原大臣が言った。
「宜しいのですか、大臣? かなりの機密事項ですよ。いくら伊瀬さんが六課への所属が決定したからといって、この段階での開示は時期早々ではありませんか?」
少し驚いた様子で早乙女さんが榊原大臣に聞き返した。
「確かにそうだね。しかしね、彼も遅かれ早かれ知ることには変わりはないだろう。ならば、早く知っておくことに越したことはないと思うがね」
「分かりました。大臣がそうおっしゃるのなら、私はそれに従うまでです」
軽い気持ちで質問したつもりだったのだけれど、僕はかなり際どい質問をしてしまっていたのかもしれない。
「では、改めて。これからお話することは今申し上げました通り、秘匿度合いの高い機密事項ですのでくれぐれも漏洩しないようご注意下さい」
早乙女さんはそう前置きしてから言った。
「マイグレーターは
「え?」
僕は今日で何度目か分からない「え?」を言ってしまった。
けれど、やっぱり反射的にそう言ってしまう。
それにしても八雲加琉麻という名前……どこかで聞いたことがあるような気がする。
「その八雲加琉麻という人がマイグレーターを生み出すってどういうことですか? 正直、言われていることが全く想像出来ないんですけど……」
「もちろん、絶対にそうだとは言い切れませんが可能性としては100%に限りなく近いと考えて差し支えないと思われます。我々がこの結論に至ったのは、確認されたマイグレーターと成った者達の全員が八雲加琉麻と思われしき人物と何らかの接触をしたことによってマイグレーターと成ったことが分かったからです。おそらく、八雲加琉麻には接触した相手にマイグレーションを扱えるようにする力を与える能力があるのではないのかと考えられています」
早乙女さんの説明を聞いた僕は率直に、人に特殊な力を与えることが出来る八雲という人はまるで神様みたいな人だなと思ってしまった。
「それって誰に対しても出来るんですか?」
「可能だと思われます。現に、老若男女問わずマイグレーターと成っていることが確認されています」
なるほど。
だから、早乙女さんは僕にでもマイグレーターに成れることには成れると言ったみたいだ。
「たった一人の人間にそんなことが出来るなんて信じられないですね」
「そうですね。当初、我々もマイグレーターと成った者には何かしらの遺伝的特徴があると考え、マイグレーターのあらゆる情報を精査しました。しかし、成果を得ることは出来ずに研究が進んでいき八雲加琉麻という人間の存在に行き着いたのです。マイグレーションという一連の出来事が一人の人間によって持たされたという結論は我々の想像のはるか上をいっていました」
「要するに、全ての元凶となっているのが八雲加琉麻であるということだ。これは裏を返せば、八雲加琉麻という一人の人間をどうにかすることが可能であればマイグレーションという現象を完全に消滅させることが出来るということだ」
榊原大臣の言う通りだった。
マイグレーションという一連の出来事が八雲という人が原因なのであれば、その原因を解消すれば全てが解決することになる。
「今もまだマイグレーションが消滅していないということは八雲という人をどうにか出来ていないってことですよね? そうなると、え~と、警視庁公安部――」
「その呼び方だと長いだろう。『六課』で構わないよ。実際に、六課に所属している彼らはそう呼んでいる」
「警視庁公安部第六課突発性脳死現象対策室」と言おうとして言葉を詰まらせた僕を見て、榊原大臣がそう助言してくれた。
「あ、分かりました。じゃあ、その六課の最終的な目的は八雲加琉麻を殺すことなんでしょうか?」
「フッ、君は察しが良いな。そして、なかなかに大胆な物言いだ。君の言う通りだ。六課は八雲加琉麻を逮捕もとい殺害するために発足されたと言っても過言ではない。そのためにマイグレーターを協力者として六課に所属させるなどの超法規的措置を取っている。だが、事はそう簡単ではない。我々も一度、八雲加琉麻には手痛い目にあっているからな」
苦虫を噛み潰したような顔で榊原大臣が言った。
「手痛い目にあったというのは一度、八雲加琉麻を殺害しようとして失敗したということですか?」
僕の問いかけに榊原大臣は頷いて、こう言った。
「君は五年前に起きた『平川第五中学校爆破事件』を覚えているかね?」