一息ついた早乙女さんは、より具体的な説明に入った。
「まず、マイグレーターに成りたての人の場合はマイグレーションを使えるという自覚すらありません。大抵の場合は他者の頭と偶然に接触することでマイグレーションを意図せず引き起こして自覚するというケースが多いです。この時点ではまだ突発性脳死現象は発生しません。互いの体が入れ替わるだけです。先程、伊瀬さんがおしゃっていたような男女の体が入れ替わるお話と同じです」
これがマイグレーターの始めたての場合の能力なのか。
たしかに、互いに体が入れ替わるだけなら突発性脳死現象は起きないはずだ。
「互いに体が入れ替わったということはマイグレーターだった人がマイグレーターではなくなり、マイグレーターでなかった人がマイグレーターになってしまいませんか?」
「いえ、そうはなりません。マイグレーターが持つマイグレーションという能力はその者の体に付随しているのではなく、意識に付随していると考えられています。そのため、自分の体がマイグレーターではない他者の体になったとしてもマイグレーションの能力が失われることはありません。逆に、マイグレーターの体と入れ替わった人がマイグレーターになることはないということです」
マイグレーションという能力は体質が原因ではないということらしい。
「次の段階になると突発性脳死現象が発生することになります。マイグレーターは相手の意識を乗っ取ったり、消すことによって体を入れ替えるマイグレーションを起こします。その時に片方の体には意識が存在せず、脳死という状態になります。これが突発性脳死現象です。これを行う方法としては、相手のこめかみを手で押さえるというものが一番容易で安定したやり方であることが分かっています。もう少し慣れてくるとこめかみに限らずに相手の体のどこかに接触するだけでも可能になるようです」
「マイグレーターに意識を消された人が助かることはないんですか?」
助かって欲しいと願いながら僕は早乙女さんに聞いた。
「ありません。マイグレーターによって意識を消された人間は残念ですが確実に死に至ります」
「そうなんですか……」
最悪、植物状態のような形でも助かってくれていればと思っていた僕は早乙女さんの確実にという言葉に結構ショックを受けた。
「続けますね。今までのマイグレーションは割と早い段階でも扱えるようになりますが、ここからは扱えるようになるまで年単位の時間が必要になります。代表例としては、相手の意識を消滅させるマイグレーションを相手の体に一切触れずに行うことが可能になるようになります。無線通信技術のBluetoothみたいなものだと思って下さい。そして、衛星通信トランシーバーのようにそれを広範囲で行うことを可能にする者もいます」
「だとしたら、マイグレーターを捕まえることが出来ないじゃないですか!? 捕まえたとしても誰かの意識を消して、入れ替わって逃げられるってことですよね?」
早乙女さんが僕の言葉を聞いて頷いたのを見て思い出した。
「あ……だから、捕まえられることが一番だけどそれが叶わないってことなんですね?」
「そうです。我々は今だにマイグレーターを捕まえる手立てを確立出来ていません」
「じゃあ、結局マイグレーターは野放しってことですか?」
「いや、それは違う」
僕の疑問に榊原大臣が答えた。
「なら、どうやって?」
「殺すのだよ」
「え?……殺す?」
榊原大臣からそんな言葉が出てくるとは思いがけず、僕は耳を疑った。
「そうだ。捕まえられないのなら殺すしかない。マイグレーションによって逃げられるのなら、不意討ちを突いてマイグレーションを行う隙を与えずに殺すしかない。これが政府のマイグレーターに対する基本方針だ」
「え……でも……」
「君が言いたいことも分かる。裁判もせずにその場で死刑など法治国家の日本に置いて有り得ないことだと。だからこそ、これは超法規的措置だ。マイグレーターは危険な存在だ。下手をすれば国や社会というものが簡単に崩れ去ってしまう」
僕がうろたえているところをすかさず榊原大臣は話を続けた。
「我々政府がマイグレーションやマイグレーターの存在を決して公にしない理由が君には分かるかね?」
「い、意識を消されて殺されてしまうという恐怖からパニックを起こさないようにするためですか?」
うろたえていた頭を思い切り回転させて僕は答えた。
「無論、それもある。だが、最も危惧すべきなのは他者と入れ替わることだ」
榊原大臣はそうはっきりと言った。