「信じねえからな、俺は」
血の色の髪を持った軍警中佐は、その知らせを聞いた時、開口一番、そう「MM」盟主に言い放った。
それまで吸っていた煙草を、ぐい、と灰皿に押しつける。勢いが良すぎて、金属の灰皿は熱と力でぐにゃりと曲がった。
「私とて信じたくは無い」
Mはそう付け足す。
そんな感情の入った言葉を聞いたのは初めてだ、と中佐は思う。このひとでも動揺しているのだろうか。
しかし人のことはどうでも良かった。彼はそれでもできるだけ平静を保とうとする。まだ自分は全部を聞いていない。
「あれがGを呼び出したのは知っているな」
「知っている。いつまで経っても煮え切らないから、とうとう決着をつけに行ったな、と思ったがね。だがG相手だったら、奴は勝てると思った。俺としてはな。だから加勢はしなかった」
だがそれは間違いだったらしい、と中佐は苦々しく言い捨てる。
「奴が迷う前に、俺があの野郎の首をかっ切ってりゃ良かったってことかよ。おい」
「惑星マレエフに行ったまでは、足取りが掴めている。その跡を追う様にGが到着しているのも明らかだ。しかしその後、キムが乗ってきた筈の船が動いた形跡は無い」
「Gの乗ってきた奴に乗ってったってことは無いのかよ」
「残念ながら、Gは自分の船で戻っている。戻ったらしい日より、再びミント方面が騒がしくなっている」
「けっ」
吐き捨てる様に中佐は言い放つ。
見苦しい、と彼は思う。それは連絡員の生死不明に対する動揺に対してではない。結論は出ていたのに、行動に出なかった自分に対してだ。
どうしてためらっていた? 理由は明確だ。キムがそれを望んでいなかったからだ。
正直、中佐はGがどうなろうとどうでも良かった。seraphが何であろうが、GがMにとって何であろうと、そんなことはどうでも良かったのだ。Mすらも、彼にはどうでもいいことだ。
だからとっとと裏切った時点で殺しておけば良かったのによ。
ただあの連絡員はそうでは無かった。ずっと迷っていた。
その理由を考えると、これまた口惜しい。
「…で、盟主は、奴に関してはどうするつもりですかね」
「キムか?」
「いいや。あの裏切り者に対して」
「戦うしかなかろう」
あっさりと言う。それはまるで、予定されていた答えの様に。そう聞こえる。しかしそれも、中佐にはどうでもいい。それがMにとって予定された行動であろうが、自分には関係は無い。
ただ、敵が欲しかった。現実的に、刃をかわし血を流す目の前の敵というものが。
「そうだな。では命令を。奴らは、我々に対して、敵でしか無い。盟主、俺に仕事をくれ。ああそうだ、こう言ってくれればいい。『奴らを皆殺しにしろ』」
Mは唇の端をほんの少し上げると、見えるか見えないかくらい微かにうなづいた。
「コルネル中佐。我等が宿敵seraphを血祭りに挙げろ。皆殺しにせよ。完膚無きまでに」
了解、と道化めいた動きで、彼は盟主に向かって一礼をする。
そのまま立ち去ろうとする彼に、盟主は問いかける。
「あれはどうした?」
「あれって、何ですかね」
「私が以前お前に渡したものだ」
「持ってるさ」
背を向けたまま、首にかけられた鎖と、その先にあるものをつまみ上げてみせる。
「信号は、出てない」
停止したら。あのレプリカントの身体が、オーヴァヒートして、停止したら、信号が出る。助けに来てくれ、と。
「だから、奴はまだ大丈夫だ」
何処かで生きている。待っている。誰の手でもなく、今度は俺だけを。
だからいつか。
中佐は鎖の先をぐっと握りしめる。
そして黙ったまま、扉を開けた。
*
この先数世紀、帝国の全星系の支配は続く。
少数の種族によって支配されるにはあまりに広く、多様な文化や種族が入り交じった帝国は、度重なる辺境の反乱、反帝国組織の暗躍などにも関わらず、長い時間に渡っていく。
帝国と反帝国組織との均衡は、一触即発の状態のまま、最終的な決着を付けないまま、続いていく。
しかし、その状態があまりに長かったせいか、帝国が次の支配者によって解体された時に、反帝国組織もそのよりどころを失ったかの様に、総崩れしていくという現象が見える。
しかしそれは、数世紀後の話である。
*
党首、と呼ぶ声がする。Gは顔を上げ、その声に応える。
「どうしたのですか?」
側近の幹部が問いかける。何でもない、と彼は答える。
「それより、ハンオク星域の帰還問題はどうなった?」
「それは…」
幹部の一人は事態を説明する。MMからも帝国からも、日に日に攻撃の手が強まっている。
問題は山積みで、日々を振り返る間も無い。
振り返ってはいけないのだ。Gは思う。振り返る資格は自分には無い。
それでも、ふっと時々よぎる影は。
泣きそうな笑顔が、浮かぶ。あの場所は。彼が漂っているだろうあの場所は。
考え込みそうになって、彼は頭を振る。
前に行くしか、ないのだ。
―――お前は生きろよ―――
聞こえてきたと、しても。