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第34話 対決と別離

 服を手にしたまま、再び外に出ると、雲は尚更厚くなり、低く立ちこめていた。

 再びふらふら、と辺りをさまよう。思った以上に、滑走路はさっぱりとしていた。あの当時の戦闘の跡は何処にも無い。風が破片を吹き飛ばし、建物の端へと押しのけたのだろうか。

 長い、長い一本道。白いコンクリートの道が、延々続いている。

 彼はその真ん中に立って、ぐるりと辺りを見渡す。

 ここから、飛び立った。そして。

 ここに残ったGを、見ていたんだ。

 くっ、とキムは手にしていた服を強く抱きしめる。

 待っているのは、盟友だった。旧友だった。そうありたいと思っていた相手だった。

 それをどういう感情、というのか彼にはよく判らない。Mに対する絶対的な敬愛とは確実に違う。

 一緒に居ると、楽しかった。仕事の上でしか無いのだが、それ以外の時でも、何かと理由をつけて、彼のところへ行っていた気がする。

 何故だろう。その理由を考えたことが無い訳ではない。しかしそのたびに、明確な理由が見いだせない。

 好き? それは間違いない。嫌いか好きかの二者択一を問われれば、シンプルな彼の頭は好き、と答えを弾き出す。迷いは無い。

 じゃあそれが、どんな好きであるのか、と聞かれたら、もう彼にはお手上げだった。自分の知る、どんなパターンにも当てはまらない。友人? 恋人? 考えれば考えるだけ、混乱する。

 だから彼は思考停止する。混乱は避けたい。

 コルネル中佐に関しては、自分の気持ちは単純だった。あれは好き。ただ好き。それがどういう位置づけであっても構わない、と思う。

 それが、いつか自分を殺してくれる、という約束のもとの絶対的な信頼から生じたものであることなど、彼は知らないし、気付こうともしない。

 そんなことはどうでもいいのだ。

 だがGの場合は違う。何かしら理由をつけたい自分が、そこに居るのだ。


 首領。


 彼は内心つぶやく。彼なら、この訳の分からない感覚に、名前をつけてくれるだろうか。


 教えて欲しい。


 空を見上げる。

 どうしてそうしたのか、彼にも判らない。ただ、誘われる様に、視線が、空を向いていた。


 ぽつん。


 頬に、冷たいものが当たる。所どころに光をはらんだ雲の間から、大きな滴が落ちてくる。ぽつん、ぽつん。

 頬に、髪に、額に、次第にその滴は数を増す。

 音を立てて、雨は、次第に勢いを増す。


 ざあああああああああ。


 彼は、目を大きく見開く。

 頬を、髪を、額を流れていく。


 …ああそうか。

 ここが、故郷なんだ。


 どうして忘れていたのだろう。彼は思う。

 流れて行く水が、伝えてくる。

 お帰り、と彼に伝えてくる。何を苦しんでいるの、と伝えてくる。

 苦しんではいないよ、と彼は声にならない声でつぶやく。ただ、胸が痛いんだ。

 そうなんだね、と彼らはキムに伝えてくる。

 流れて行く水が、奇妙に暖かい。彼は着ていたコートを脱いだ。手を広げる。そのままコンクリートの道に仰向けになる。

 それでいいんだよ、と彼らは言う。何が、ではない。何を、でもない。ただそれだけを。


 ざあああああああああ。


 全身を、雨が濡らしていく。暖かい。

 よく判らない。

 けど、それでいいんだろ?


   *


「やあ」


 目を開けると、そこには待ち人が立っていた。雨は止んでいた。

 キムは大の字に寝そべったまま、自分の体内時計を確かめる。眠っていた訳ではないが、ある程度の時間は経っていたらしい。

 だってもう、身体が乾いている。空は晴れている。

 青い、青い空。

 待ち人は、頭の方に立ち、自分を見下ろしている。


「よくここだと判ったね」

「だって、お前と最初に会ったのはここだろ?」


 そうだね、とキムは身体をゆっくりと起こす。ぱたぱた、と服についたほこりを払う。もう本当にすっかり乾いてしまっている。あの雨が嘘の様に。


「それにしても、よく来たね」

「お前が呼ぶからね」


 いつも、自分を追ってきたのに。Gは思う。いつもそうだった。逃げ回っているのは自分で、探して、突き止めるのはこの連絡員だった。


「でもそれがどういう意味なのか、知ってるだろ?」

「ああ」


 Gはうなづく。ずっと自分に言っていたことだ。MMを――― 盟主Mを裏切ったなら、連絡員は自分を殺す、と。

 本気にしていなかった訳ではない。ただ、心の何処かでそうなってほしくはない、と思っていた。

 何故なら―――


「お前が俺を殺したい、とは思えなかった」

「どの面下げてそんなことを言うよ」


 キムは眉をぐっと寄せる。


「だけど、本当だろう?」


 息を止める。


「お前は俺を、殺したくはなかったんだろう?」

「うるさい」


 キムは脱ぎ捨てていたコートを拾う。そのポケットの中から、二つのレーザーソードを取り出した。


「取れよ」


 一つをGに放る。ぱし、と音を立てて、Gはそれを受け取った。


「…最初に会った時、を覚えているか?」

「俺は、…レーザーソードを持ったお前にさらわれた」

「そう」


 ぴ、とボタンを押す。1m程の薄青の光が飛び出した。


「あの時お前は急な攻撃に何もできなかったけど… 時々思うよ。俺とあの時お前が本気でやりあっていたら、どうだったろう、って」

「キム」

「構えろよ。そして俺と立ち会え。俺はお前を殺さなくてはならない。だから俺と戦えよ。お前がお前の決めたところへ行きたいなら、俺を倒せよ」

「本気か」

「本気だ」


 Gもまた、スイッチを押す。充分エネルギーを補充してあるらしいレーザーソードは、その光も鮮やかだ。

 相手が走り込んでくる。

 受け止める。

 レーザーソードは実体があるものではない。だから、手に受ける衝撃は、そのまま、エネルギーとエネルギーのぶつかり合いである。

 手に重い衝撃が走る。

 この連絡員とこんな風に立ち会ったのは初めてだったが、この重さだけでも、相手の腕が相当なものであることが判る。

 数回、ソードをぶつけあった後、Gはその場から大きく飛び退いた。


「逃げるのかよ!」


 キムはその背中を追った。逃げる訳ではない。Gは場所を変えたかった。この場所は、ちょっとした高さの違う場所が多すぎる。

 背の半分になったコンクリートの塀、割れた窓、さして高くは無い建物。

 そんな中途半端な高さだったら、このレプリカントは軽く飛び越える。攻撃が三次元になる。

 彼は死ぬ訳にはいかなかった。無論自分がまず死ぬことは無いことは知っている。ただ、それは相手が自分の正体を知らない場合だった。

 キムは自分の正体を知っている。天使種がどうすれば息の根を止めるのか知っている。その昔、最初に会った時、だからこそ自分を含めた小隊を全滅させることができたのだ。

 それでも彼は死ぬ訳にはいかなかった。


 俺には待ってる人達が居るんだ。


 長い時間をかけて、自分という存在を待って居た人達のためにも。

 ひどく個人的に、自分を信じて待って組織を作り上げてきた者達のためにも。

 それがこのもと盟友の命を奪うことになっても――― それは仕方がないことだ、と。

 言い聞かせようと、していた。

 こんな手段で、決着をつけたくは無かった。Gにとっても、この惑星は大きな意味がある場所だった。生まれた惑星の呪縛をその身体で知り、長い時間の旅の出発点となった場所。

 彼もまた、無意識にこの場所を避けていた。

 そのまま彼は昔は生産がされていただろう建物の中へと飛び込む。中を細かく覚えている訳ではない。ただ、時間は稼げる、と思った。

 相手は時間制限がある。

 それはあの林檎爆弾を持った少女人形と戦った時に、思い知らされたことだった。

 それを逆手に取ることはしたくはなかった。だが一番有効な方法であることも、相手が天使種の有効な殺し方を知っているのと同様、彼はよく知っていたのだ。

 階段を駈け上る。確か再会した最初の事件の時には、自分は長い階段を駆け下りていた。腕にはデータバンクの少女人形を抱えて。あれは自分が惑星「泡」に行かせたものだった。だから結局自分の言葉にしか従わなかった。

 知っていた? 知っていたろう。その時から「今の」彼がその辺りの時間でうろうろと根回しをしていたことは、知っていたはずだ。

 終わりはいつか来ると、判っていたのだ。

 繰り返される感覚。あの旧友とも、そんな気分はあった。終わりがいつか来る、関係。

 それを引き延ばし引き延ばししていた。

 敵になっても、何処かでまた生きていてくれれば。そんな気持ちが、心の片隅にあった。

 上へ、と彼は走る。

 その途中に、トラップが幾つか仕掛けてある。新しいものだ。そのたび彼はそれを破壊する。手持ちの武器はレーザーソードだけではない。

 目的は、正々堂々と戦うことではない。生き残ることだ。

 服のボタンを引きちぎり、途中の廊下に煙幕を張る。場合によっては天井を破壊する。

 そんなことをしながら、上へ上へ、と彼は足を進めていった。

 最後の踊り場は、大きな窓が天井まで続いている。ここで終わりか、と彼はつぶやく。

 階段の突き当たりまで登り詰めると、彼はさびついた扉を力を入れて押し開けた。ぎい、と大きな音がする。床にへばりついていたさびが、べりべりとはがれ落ちる。

 開けた途端に、青い、抜ける様な色の空が、目の前に広がっていた。

 段差を降りると、下よりは少し強い風が、軽く髪を揺らす。汗ばんでいた額が、首筋が少し涼しい。


「…遅かったよな」


 はっとして彼は上を向く。扉の上の、箱の様な階段室の上に、キムは既に待っていた。


「お前が考えそうなことは、判ってるよ。俺に時間稼ぎをしようったって、無駄だよ」

「どうやって…」


 キムは黙って屋上のへりを指さした。伝ってきたらしいロープがそこにはあった。そしてその都度、あちこちに引っかけたらしい金具も。


「あれからどれだけの時間が経ってると思ってる?」


 Gは苦笑した。


「全くもって、俺は甘いらしいな」

「そうだよ。お前は甘いんだ」


 そう言葉を投げると、キムはぽん、と腰掛けていた場所から飛び降りた。コンクリートの上に足を下ろすその瞬間、長い髪がざっと揺れた。

 向き直る。キムはポケットにしまい直していたレーザーソードを手に取る。


「どうしても、そうしなくちゃならないのか?」


 我ながら未練がましいな、と思いながらGは問いかける。時間稼ぎではない。本心である。


「言うな!」


 キムはソードのボタンを押す。勢い良く、光が手元から伸びる。本気だ。

 だったら、どうしてそんな顔をしている?

 唇を噛みしめ、両手で強く、ソードを握っている?


「それでも」


 Gはつぶやく。


「そうしなくちゃならないのか?」

「お前が今までの行為を全て精算して、Mの元に帰順するというなら考えてもいい」

「それはできない」


 即答する。それだけは、できない。

 本当の意味を、キムは知らない。自分がMにとって、どんな存在であるか、など。それは言うべきことではないのだ。

 Gはソードのスイッチを入れる。

 息を呑む。その呼吸は同時だった。

 光が触れ合う。衝撃が走る。相手の力に押され、押しつつ、位置を次第に変えて行く。

 何も考えず、目の前の相手の動きにだけ、目が行く。神経が集中する。

 それが実体を持った剣だったら、そこには果てしなく細かい音が鳴り響いたことだろう。だが彼らの剣は光だった。音はしない。ただそこにあるのは、重みを持った「力」だけだった。

 歯を食いしばり、Gは相手の加えてくる力に精一杯の抵抗をする。力では勝てない。

 エネルギーが切れるまで、という時間制限はあるだろう。しかし瞬発的な力の強さでは、生身である自分の方が決定的に不利なのだ。

 自分は、負ける訳にはいかない。死ぬ訳にはいかないのだ。

 Gは釣り合っていた力を、ほんの僅か、左に逸らした。あ、と声を立てて、キムはソードをすべらせた。その隙をついて、Gは相手の左腕に斬りつけた。

 叫び声一つ、無かった。

 服が裂け、腕の皮膚が裂け―――

 中のケーブルが、顔をのぞかせる。陰になった部分に、小さな火花が、見える。

 キムはGを真っ直ぐに見据えた。

 だらん、と下ろした左の腕を無視し、右の腕を大きく振り回した。そこには表情は無かった。

 強い力が、Gを圧していく。圧されている、とGは思う。足が、次第に後ろへと、引いていくのが判る。

 このままでは。心臓が危機を訴える。

 ひゅう、と首筋を涼しい風が通る。はっ、と気付くと、すぐ近くがこの屋上の突き当たりだった。

 この屋上には柵が無い。知っていたはずだった。

 ほんの少し、視線を下にやる。

 その隙をついて。

 Gはその瞬間、ソードを捨てていた。

 光が、落ちて行く。レプリカントの瞳は、その光に誘われた。

 ふっ。


 身体が、宙に舞う。


 何も考えなかった。

 Gはそれを見た瞬間、コンクリートの枠を、蹴っていた。


 そしてその手を、取った。

 世界が、暗転する。


 それで、行けるのだ、と彼は思った。

 思ったのに―――


 …


 何だここは。

 暗転した世界が、いつまで経っても、次の光が見えない。

 いや、それだけではない。足元の感覚が無い。大気の感覚が無い。目に見える何か、が無い。

 見えるのは。

 その手を掴んだ、キムの姿だけだった。

 自分と、相手の姿だけが実体だった。実体に見えた。

 その他は。闇と言えば闇だし、何も無いと言えば無い。本当に自分が何かを見ているのだろうか、呼吸をしているのだろうか。足元は。

 手を掴んだままのキムは、呆然として、周囲を見渡している。何だここは、と口が言葉を形づくる。

 だがその言葉は伝わって来ない。

 音がしない。

 大気の振動が無い。

 振動は無いのに。

 それでも生きてる。

 指を伸ばす。

 首を回す。

 そんな身体の中から伝わってくる感覚は生きている。俺は死んでいない。

 なのに。

 どうして自分はここに居るのだろう?

 飛び降りた瞬間、安全な所に、と願った。

 自分の中の、もっとも頼れる部分に、そう命じた。命令は実行されるはずだった。

 はずなのに。

 つないだ手を重心にする様にして、キムはぐっと身体を持ち上げる。何だここは、と唇が動く。組織の人間の会話法を彼は思い出す。唇の動きを読むのだ。わからない、とGは答えた。

 俺はお前と一緒に、安全な所に飛びたい、と願っただけだ。Gはそう唇を動かす。相手の手に込められた力が強くなる。


 何故。


 相手の唇が動く。


 何故、そんなことをするんだ。


 判らない、とGは首を横に振る。気がついたら、そうしていたのだ、と。

 身体の中で危険信号が鳴る。雷鳴の様に、ぎらりとした光の印象を伴う。


 ―――手を離せ。それは異分子だ。


 何だって? 彼は自分の中に問いかける。異分子?

 それ以上の答えは無い。異分子。そう言えば。

 どんな場所であっても、彼はいつも、一人で移動してきた。確かに所持していたものは自分についてきた。

 だがそれは、自分に属するものだ。

 この手の先の、レプリカントは、自分ではない。自分に属するものでもない。


 だから、なのか?

 俺は、こいつを連れては、元の次元には戻れないとでも、言うのか?


 どうすれば、いい。彼は自分自身に問いかける。答えは明確だ。自分が助かりたかったら、手を離せ。二人が助かる道は、無いのだ。

 だけど。

 Gはためらう。何か道は無いのか。二人とも、生き延びることができる方法は。

 見つからない。果たしてこの空間で、このまま生き続けていられるか、という保証もない。そもそもここに時間があるのか、も判らない。

 それでは。

 ふっ、と相手の手が頬に触れる感触で、Gは我に返った。どうしたんだよ、とその唇が動く。何と答えていいのか、判らなかった。

 生きなくちゃならない。いや、それ以上に生きたい。だけど、目の前のこのレプリカントを死なせたくないのだ。

 Mに対する気持ちとも、seraphの構成員達に対する気持ちとも違う。敵に回ろうが、この先ずっと会えることが無かろうが、とにかく、この相手に、生きていて欲しいのだ。

 泣くなよ、と相手の唇が動く。

 泣いてない、とGは首を横に振る。

 頬が濡れている様な気がする。だけどそれは涙ではない。ないはずだ。

 嘘、と相手は笑顔を作る。泣きそうな顔で、笑う。

 唇が、動く。


 お前は、生きろよ。


 とん、と両手が肩を押した。


 はっ、とGは手を伸ばした。

 しかし―――


 沈んで行く。


 次の瞬間、世界が光に包まれた。


   *


 !


 光が目に突き刺さる!


 手を伸ばしたままの姿勢で、地面に膝をついていることに気付いたのはその次だった。

 暖かくは無い、大地がそこにあった。元の場所だ。太陽の位置がまるで変わっていない。マレエフの、自分が飛び降りた建物の、ちょうど真下だった。

 空を見上げる。辺りを見渡す。誰も居ない。

 誰も居ない。

 居ない―――


 大地に突っ伏せて、彼は子供の様に泣いた。


 長い間、泣き続けた。

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