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第31話 Seraphという組織の成立状況

 そして裏通りだった。



 今回は唐突だったな、とGは思う。

 撃たれる! と思った瞬間、身体が動いていた。何も考えていなかった。

 考えていなかった、と思うのだが。

 見渡す風景には、見覚えがあった。派手な赤い灯りが、あちこちに見える。小さな店が、ごちゃごちゃと建ち並ぶ街角。だけど空は無い。空に見えるものは見えるけど、それは空ではない。作ろうと思えば、そこはいつでも夕暮れになり、夜になる。

 ただいつでも変わらないのは、そこに流れる香りだった。

 中華料理店の、あの、ごま油やラードの匂い。饅頭を蒸かす匂い。甘栗を焼く匂い。そんなものがあちこちから立ち上り、この辺りの空気を密度のあるものにしている。


 そうだ確か。


 記憶をたどる。それはまだ、そう遠い昔のことではない。

 人工惑星ペロン。

 星系指折りの財団「ペロン」のトップに立つ人物「エビータ」のために、作られた惑星だった。それも、ただ一人のための、「後宮」として。

 しかし、彼が旅立った時間には、既にそれは無いはずである。あの時間の「エビータ」であった少女は、彼個人に協力を約束して、「ペロン」を破壊した。

 自分には必要が無いのだ、と二人の美女を従えて。

 ふとその少女の顔を思い出し、彼は苦笑する。

 同時に、ここで出会った旧友と、その相棒のことまでが、脳裏に浮かび上がる。

 そうだね、あんたはもうそういう相手が居るんだ。

 最初に、裏切った相手。とても好きだった、だけど、それ以上では無かった旧友。

 その相棒は、現在では絶滅した、と言われているシャンブロウ種の生き残り。

 その種族の性質が、天使種である旧友と同じ時間を歩むことを可能にした。共生だか寄生だか、そのあたりがGにはいまいち判断しにくかったのだが、その対象と、同じ時間を生きて、宿主の死とともに死を迎えるという。

 良かったんじゃないかい? Gはいつもその気持ちが心の底にわだかまっていることを知っている。

 それはいつか、わだかまったまま、ゆっくりと、力を無くしていくのだろう。本当に好きで仕方が無かったなら、その様に捕まえておけばいいのだ。それこそ、シャンブロウ種の髪の様に。

 だけど自分はそれをしなかった。

 結果は、明らかだ。

 奇妙に明るく、乾いた風が自分の中に吹いているのが判る。沈んで行くのだ。もっと、奧深くに。

 彼の足は、いつの間にか、ある方向へと進んで行った。



「いらっしゃい!」


 大きな声が、一軒の店の扉を開けた途端、耳に飛び込む。


「…あれ、どうしたの、こんな時間に」


 短い髪の料理人は、麺をぽんぽんと湯切りしながら、彼に向かって言う。

 その手が止まる。目が大きく見開かれる。


「…違う」

「やあ」


 Gは軽く首を傾げ、笑いかける。中華料理人の恰好をしたイェ・ホウは、まさか、と小さくつぶやく。Gは黙って手を指さす。止まってるよ、と。

 はっ、として料理人は、用意してあったスープに、麺を入れる。ここで躊躇していると、麺はべたついて固まってしまうのだ。

 Gは黙って空いていたカウンター席の端に陣取った。

 調理場の奧にある時計に目をやる。共通時間でまだ午後の三時だった。なるほど、まだこの時間では自分はここにはやってこないはずだ。

 「エビータ」の正体を探る仕事の時、彼はこの時間にはこの店には来なかった。昼を食べ、夜の仕事を終えた時に、来ていたはずだった。

 ―――そして確か…

 一つのことを、彼は思いだしていた。



 昼時間の続きでやってきていた客が、大方退けたや否や、イェ・ホウは戸口に「準備中」の札を掛けた。


「ごちそうさま、美味しかった」

「…サンド…」


 イェ・ホウは彼の偽名をつぶやく。そして首を一度大きく振ると、こう言い直した。


「違う。同じ君だけど、違うんだ。そうだろう?」


 Gは麺を食べていた箸を揃えて置くと、回転椅子をくるりと回した。


「久しぶり。イェ・ホウ。…本名だったんだな」

「G!」


 正確に、料理人はその名を口にした。


「判るんだ。俺が、今ここに居るだろう俺ではなく、あの俺だ、ということが」

「…忘れたことなんて、無い」


 ゆっくりと近づく。料理人の帽子とハチマキを頭から外す。


「…確かにここでの君に会えたけれど、それは再会じゃあない… 半分、あきらめていたのに」

「俺は嘘は言わないよ」


 くす、とGは笑い、片手を相手に伸ばした。イェ・ホウはその手を取る―――

 そのまま、強い力で、引き寄せた。

 ああ強引だな。

 腕の力の強さが、そのまま、自分への気持ちへつながっている。それが判る。判りすぎるほど、判る。


「ああ本物だ」


 イェ・ホウは耳元でつぶやく。その背にGは手を回す。


「あの時には、俺の胸くらいしかなかったのに」

「俺は、いい男になりましたかね」

「いい男になったよ。この時間の俺は、元気?」


 口にしても奇妙だ、とは思う。だが事実だ。


「少し、元気が無い様だけどね」

「慰めてやってくれよ。打たれ弱い奴なんだ」

「望みとあれば」


 くすくす、とイェ・ホウは笑う。Gもまた、つられて笑った。


「でも」


 ゆっくりと、身体を離す。


「君が――― あなたがここに居る、ということは、『その時』が近い、ということ?」

「その時?」

「我々Seraphのメンバーは、星系各地で、あなたが現れるのをずっと待っていたんだ。いや、まだ待っている、の状態かな」

「イェ・ホウ」


 Gは相手をまっすぐ見据える。


「Seraphの成立状況を、俺に説明してくれ。たぶん、お前の言う『その時』はもう間近に来ている。流れがそうなっている。俺の中も」

「流れが」

「なのに、当の俺自身が、その組織の全容を全く知らない。これは問題がある。確かに俺が作った組織ではない。だけど、俺を上に頂こうというのなら、その党首たる俺に、党員であるお前等は、説明する義務があると思うけど」

「了解」


 茶を入れ直そう、と料理人は言った。



「始まりは、テロワニュからだった、らしいんだ」

「らしい?」


 白い丸い茶器を前にしながら、赤いクロスの決して大きくは無いテーブルで向かい合う。鉄製の椅子の足は、少し動くたび、土間のコンクリートにざらりとした音を立てる。


「テロワニュは壊滅した。けれどその事実は、長いこと伏せられていた。ましてや、その住民が新しく発見された惑星の開発に従事させられた、などというのも、帝国という名がついたその軍隊にしてみれば公に認めてはならないことだった。何故なら」

「それは、薬物を使った勝利だったから」

「勝利、というにはいまいち語弊があるかもしれない」


 イェ・ホウは目を軽く伏せる。


「勝利というには、そもそも戦いがなくてはならない。だけどテロワニュには、そもそも交戦の意志はなかった。攻めたのは一方的に天使種、アンジェラス軍の方だった。当時の政府は、のらりくらりと、その侵略に対し、とにかくかわし続けていた」

「戦ったら、終わりだ」


 Gはつぶやく。そう、とイェ・ホウもうなづく。


「それが戦争も末期の話。まだ俺なんかは、影も形も無い。あなたは―――」

「…」


 黙って笑みを浮かべる。


「テロワニュでは、その時、正気の者も居た。…ほんの僅かだけど。事前に、それを吸い込むな、と警告した者が居る。それが何なのか判らないけれど、警告は現実となった。亜熟果香にとろけてしまった人々の中、彼らは次にやってくる侵略者から逃れるために、集まって身を隠した。…それが誰だか、あなたは知っている?」

「さて。カフェの主人かな? それともクルティザンヌ?」

「そんな職業までははっきりしていないけどね。男女比からすれば、確実に男性の方が多かった。そう、確かにカフェの常連は多かったみたいだよ」


 くす、とGは笑う。


「発端はそこだ。だが、同じ様な時期に、やはり、似た様な事が、各地で起きている。同時期に、だ」

「ふうん?」

「亜熟果香が関わる時もあるし、関わらない時もある。ただ、どの場所でも共通することがある。それが、あなた、なんだ」

「…そうだね」


 そうだろう、と彼は思う。

 店の奧で、中年の女性が、夜の店の仕込みをしている。ここに来て、思い出した。気付いた。ユエメイ。あの燃える教会から救い出した少女。

 時々ちらちら、とこちらをうかがっているのが判る。


「つまりは、そういう人々の集団なんだ。seraphというのは」


 イェ・ホウは断言する。

 時間の中を、自分の意志である無しに関わらず、出会い、関わり、時には命を救った人々。

 それが、自分を忘れずに待っていた集団。それがこの組織なのだ、と。


「少なくとも、俺の人生は変えてくれたよ、あなたは」

「姉さんは元気?」

「さて。あれからしばらくして、漢方薬屋にさらわれてしまったからね」


 両手を広げる。では上手くはやっているのだろう、とGは少し安心する。


「それでも、亜熟果香の影響は全く無い訳ではないんだ。ただ、姉貴の場合は、眠りの時間が長くなってしまった、ということはあるんだけどね。禁断症状の様なものは出ないから、まだいい方だとは言えるけど」

「…そうだね」


 少しばかり、声に力が入っていないのが、相手には判ってしまっただろうか?


「テロワニュの集団は、やがてテロワニュから脱出した。壊滅したはずの惑星に残っていること自体が、危険を伴っている。本当なら、彼らは天使種に捕まっているはずだった。つまりは脱走兵、脱走囚と同じ見られ方をする。それではまずい、と彼らは集団で脱出した。その時のリーダー格だったのが、通称『黒猫』と呼ばれていた男だった」


 黒猫―――シャ・ノワール。予想はそう外れていないだろう、と彼は思う。


「彼は仲間に、散会するも自由、そしてできれば忘れてしまえ、と言った。自分達の故郷を奪ったのは誰なのか。自分達が平穏無事に暮らすのが、彼らに対する最大の復讐なのだ、と」

「…帝国が成立した後も」

「当然だな」


 イェ・ホウは右の肘をぐい、とテーブルに乗せる。


「各地にとりあえずの居場所を見つけた彼らは、それぞれの生きる場所で、平穏に暮らすべく努力した。だが心の何処かで、『その日』の光景が消えずに残っている」

「花火」

「花火? いや、そこまでは知らない。花火なのか?」

「俺が知っているのは、花火までだ」


 花火でも打たなくちゃ、気がおさまらないわよ。

 コレットはそう言った。彼女もまた、生き延びたのだろうか。


「…そう。で、彼らはある日『平穏』をかなぐり捨てた」


 イェ・ホウは茶を一杯飲み干す。


「いくら閉じこめようとしても、その記憶は、彼らを苛め続ける。表面上、その出身を隠し、新しい『帝国』が発行するIDを受け取り、日々の糧のために働いて、家族を持ち、養い、子供を育て、穏やかに暮らしていたとしても、それは不意に彼らの心に浮かび上がる。毎日の日々が平穏であればあるほど、それは勝手に浮かび上がる。忘れるな、と彼らの心に突きつけるんだ」

「忘れるな、と」

「そう。誰が言う訳でない。彼ら自身の心が、彼ら自身に突きつけるんだ。幸せであればある程、その幸せをあの惑星で送ることができなかったことが、そのギャップが心を引き裂くんだ」


 ここは自分の居場所ではない、と。


「そんな彼らが、どういう偶然からか、違う惑星の出身で、似た様な境遇な者を見つける。ある意味、類友、と言えるかもしれないな」

「と言うと?」

「故郷を失っていること自体、彼らは誰にも口にできなかった。彼らの同胞以外に。それは家族にさえも。何故なら、その家族となった者と出会う前に、彼らはたいがいその出身を偽っているのだから。中にはそれを口にした者もいたさ。だけど大半はそうしなかった。家族が大切だから。もしも何かあったとしても、自分だけがそうしたのだ、と言い逃れができるように、家族を守るために、自分の本当に出身を決して言わなかったりすることが多かったんだ」

「それは、判る」

「あなたも?」


 Gは黙って口元を上げる。やや立場は違う。だが自分の本当の出身を言えないという意味では。


「彼らはそんな似た境遇の者達と、やがて接触を取る様になった。その方法は色々だ。それこそ、隣の部屋に暮らしていた人が、実は別の惑星からの難民だったり、反抗分子だったりすることもあった。時には、あまたある情報回線の中で、堂々と匿名性を利用して出会う場合もある。…無論その場合は、当局の目をごまかすために、暗号的な会話が必要とされたけどね。…とにかく、彼らは脱出者である自分を隠さずに居られる相手を、場所を、必要としていた。それが拡大の第一歩だったんだ。ただまだ『組織』ではなかったけれど」

「『組織』になったのはいつ頃だ?」

「戦争が終わってしばらくしたあたり、だな。だいたい今から200年程前に、戦争が終結して、帝国が成立している。おかしなものだよな。帝国という名がついてるくせに、この帝国には皇帝がいないんだ」

「…ああ、確かに」

「それでいて、皆、それを不思議に思っていない。まあそういうもんだと思うけどね。皇帝だの大統領だの名前が変わっても、政治に関心を持たない人々にしてみれば、『上にいるお偉いさん』に過ぎないからね。大切なのは、そんな高みに居る奴じゃあなくて、自分の星系の政府の代表や、もっと下の管区長とか市長とかそんなレベルの方さ。だからその皇帝陛下、という『帝国』において、主権を持つはずのものが実際には『いない』としても平気なんだよ」

「あそこは、協議制を取ってるからね」


 数が多くない第一世代の天使種は、決して一枚板ではない。それはその昔彼らが宇宙船から脱出してきた時から変わることはないのだ。

 年月が、それに拍車をかける。

 Mは、その一枚板ではあり続けない「帝国」に対するアンチテーゼとして、「MM」を作ったのだろう。方法は違うが、内調を創設したユタ氏も、似た思いを持っていたのかもしれない、とGは思う。


「帝国は、成立したはいいけれど、すぐに粛正の時代に入った。この時期、我々の先輩にあたる人々は、否応無しに地下活動に手を染めることになる。何せ、当の天使種同士でも、粛正の嵐は吹き荒れていた時代だからね」

「…例えば?」

「脱走兵狩りとかも、この時代にはずいぶんと行われたらしいよ。戦争中に逃亡した天使種を、当の天使種が狩っていたらしい。天使種に反抗した連中も、同時にこの時期、ずいぶんと狩られてる」


 ふと、あの旧友の姿がかすめる。彼も確かそうだったはずだった。


「すると今度は、平穏に暮らしていた時には、情報交換で済んでいた人々が、力を必要としてくる」

「力を」

「というか、具体的資本。例えば人一人逃がすにしても、…隣町へやるくらいならいいけど、惑星間移動が必要な逃亡なら、資金が要るのは当然だろ? 偽造ID、偽造パスポート、そんなものの製造にも、何もかも、資金が必要となってくる」

「スポンサーはついたのか?」

「スポンサーというのか、よく判らないんだけどね」


 イェ・ホウはそう前置きをする。


「逃亡した人々の中には、上手く自分の事業を立ち上げて成功する場合もある。…たとえば、ミッシャ・コンメン氏は中堅どころの企業グループを裸一貫から立ち上げた、それこそ立志伝上の人物だけど、彼はかなりの資金をオクラナの『残党』に提供していたとされる」

「…ミッシャ… 何だって?」

「そういう名前だ、と思ったよ。俺もちゃんと覚えている訳じゃないし」


 イェ・ホウは何か? と言う様に目を開く。Gはいや、と首を横に振る。可能性はある。…だとしたら、あの姉弟は生き延びたのだ。それから何があったにせよ。


「そんな状態が、だいたい30年から50年程続いたのかな… この時代が一番ひどかった、らしいよ。それからしばらくは混乱しているけれど、帝都政府の方も、狩るより全体の支配構造を考える方に頭を切り換えたらしい。歴史が改竄されだしたのもこの頃らしい」

「歴史の改竄」

「…と言って、俺は受け売りに過ぎないんだけどね。ただ、ほら、植民以前の歴史って今は殆ど問題にされていないでしょ?」

「ああ」

「意図的にそうした、と俺は聞かされている。…親父さんはその上の世代からそう聞かされたらしい」

「都合の悪い歴史は消されてきた、と」

「だと、思う。実際、各植民星でも、そうそう植民以前の歴史は必要としていないことが多い。知ったところで何になる、という風潮もある。実際俺もそう思っていたくちだし」


 だろうな、とGは笑う。ひどい、とイェ・ホウもつられて笑った。


「…で、ある程度、帝都――― もとのウェネイクを中心とした政治体制が整ったあたりで、一応全星系が平穏になった。まあ小競り合いはあったろうけど、その場合には、もともと『最強の軍隊』であった正規軍が出動する訳だ。それでだいたい済んでいた―――んだけどね」

「だけど?」

「やっぱり平穏だけではいられない人々が多かった訳さ」


 イェ・ホウは両手を顔の前で組み合わせる。


「粛正も済んで、政治体制もある程度整って、知られたくない歴史は抹殺しました。…さて、そこで今度は、何が起こったかというと、…点数稼ぎさ」

「点数稼ぎ?」

「戦争は遠い昔のことになってしまった世界で、固まってしまった組織の中で、少しでもいい地位に上がろう、と思ってしまった連中が、痛くもない腹を探ったり、隣の奴を密告したり、そんなことが起こり出す。だから当初は、そんな動機だったらしいんだ。単純極まりない。何か起きないと、自分が劇的に出世することはできない、じゃあ何か、を起こしましょう」

「…」


 Gは無言で顔を歪める。


「実際そうでさ。戦争中や粛正中は、例えば軍隊で出世するのは簡単だよね。功績を立てればいい。その功績も、要は戦闘に勝てばいい。ひどく単純だ。だけど、平和になって、安定して、そうすると、ひどく世界が複雑になってくる。無論戦争中だって複雑は複雑だったろうさ。でも価値観は単純だ。その価値観が多様になってくる。寝た子を起こしてもそうしようとする動きすら出てくる」

「…その頃は、どうしてたんだ?」

「基本的には、平和に生きたいと願うのが、残党と残党の子孫の思うことだよ。だけど、そうは言っても、例えば亜熟果香は、戦争が終わっても、結局は出回っていた。中毒患者も出ていて、増えることはあっても減ることはない。それを知れば知ったで、テロワニュの残党には駆り立てられるものがある。オクラナの残党にしてみれば、いつか自分達の惑星に帰りたいという気持ちがある」

「自分達がどう思っても、周囲がそうさせてくれない?」

「という感じかな。…で、やがて『MM』が裏舞台に出現する」


 とん、と心臓が音を立てるのをGは感じる。


「当初は、反帝国組織、という名目で、残党出身の連中も、期待する部分はあったらしい。何やらそれがひどく大きな資本をバックに持っている集団だということは、活動規模からして想像がついたからね」

「ああ」


 確かにバックは大きいだろう。


「だけど、やがてその活動を見るにつれ、何かがおかしい事に気付いたんだ」

「…というと?」

「『MM』は所詮、帝都政府の本当に不利になることはしていない」


 イェ・ホウは断言した。


「だけど、特高や軍警は彼らを目の敵にしているじゃないか?」

「彼らはね。だけどそれすらも、計算されたものとしたら。それによって、武力を普段より持つ、特高や軍隊を飼い慣らしておこう、というもくろみだったとしたら?」  


 なるほどね、とGは思う。さすがに「敵」としている相手のことはよく見ている訳だ。

 実際、この帝国の中で、局地的反乱ではなくクーデタを起こすとすれば、それは軍である可能性が高い。

 軍隊組織であった一つの種族が攻め取り、形作った国なのだから、当然である。

 だったら、そんな下手な考えを持ってしまわない様に、軍にも警察にも仕事を与えよう。

 ―――反帝国組織はかくて成立する。

 Mの理由がそれだけでは無いにせよ、理由の一つではあるだろう。


「外部に敵が居ない状況において、一番怖いのは内乱だ。世界の何処にも戦乱は起きうる。外部に敵がいなければ、内部でわいてくる。だから内乱になる前に、先回りして反帝国組織同士の抗争、という形にしてしまう場合も… あるんじゃないか?」


 知っているのではないか、とイェ・ホウは暗に含める。


「あるかもね」


 確かに、とGも言葉の上では濁す。


「そんな巨大な『MM』に対抗するには、残党だけでなく、様々な反帝国組織が、一つの何かのもと、結集する必要がある。…その何か、が」


 長い指先が、Gを指さす。


「あなたなんだ」

「…」

「帝国にとっての『皇帝』の様な、空白の概念のまま、皆が待ち続けていた『党首』。それがあなたなんだ。我々には資格となる思想や信条は特に無い。あるとすれば、ただ、帝国なりMMなりに、何らかの疑問を持ったり、被害を被った、それだけだ。それだけでいい。役割を割り振るのは、その後だ。老若男女、皆それぞれの役割を持つ」

「では俺は、そこでどんな役割をすればいい?」


 Gは椅子の背に右の腕を乗せる。


「あなたは、あなたの戦いを続ければいい。それに我々はついて行く。帝国に対しても『MM』に対しても、決して交わることない敵で居続ける。あなたに必要なのは、それだけだ」


 確信に満ちた瞳で、イェ・ホウは断言する。

 Gは黙ってにやり、と笑った。


「ところで、ミントとはいつ手を組んだ?」

「ミントは元々独立の傾向が強い土地だ。だから我々も前から目はつけていた。ただあそこは、長いこと、あの二つの居住区が争ってなのか何なのか、交流が無かった」

「アウヴァールとワッシャードか」

「だけど、ここ十年程の間に、あそこにもあなたの姿を認めた者が居たことが判ってね。そしてそれが結構な組織に育っていた。短い期間に、だ。我々は彼らとコンタクトを取り、手を組んだ」

「…イアサム」

「そう、彼。そしてその古くからの相棒であるネィル。彼らはあなたを知っていた。会うことを心待ちにしている、という。今では俺と同じ、筆頭幹部だ」

「すごい肩書きだ」


 くす、とGは笑う。


「なあに、つまりは若い者は先頭切って戦えってことさ。全く人使いが荒いよ。…ところで茶が冷めてしまったな。入れ替えようか。何がいい?」

「じゃあ、ジャスミン・ティーを」

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