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第14話 タニエル大佐は退役し、最後のオクラナの軍旗が残される。

「反応が消えました」


 スクリーンに視線を落としていたタニエル大佐は口にした。


「なるほど、飛んだか。貴官の今回の予想はほぼ正確だったな」

「……恐縮です。次の地点を走査致しますか?」

「いいや」


 総司令は手を軽く振った。


「その必要はない。ご苦労だった」


 珍しく彼の上官は、機嫌が良さそうだった。表情は変わらない。だが言葉の端

に、奇妙に楽しそうなものが感じられた。

 タニエル大佐は立ち上がった。そしてそのまま、扉へ向かおうとしていた総司令に向かい、声を張り上げた。


「閣下、例の件ですが」


 総司令の足が止まる。何だ、と短い問いが部屋の中に走る。


「貴官の辞職願のことか」

「はい」

「この作戦が終了次第の自主退役」

「受理していただけますか」


 強烈な圧迫感が、彼の胸に感じられる。だが彼はこらえた。ここで妥協してはいけないのだ。どうしても。

 総司令の目が軽く伏せられる。


「よかろう。今この瞬間をもって貴官をその任務から解く」 


 重々しい声が、部屋の中に響いた。

 途端に、彼は自分を包んでいた重苦しい圧迫感が、霧散していくのを感じた。

 総司令はそのまま扉を開けると、振り返ることもなく部屋から出て行った。

 扉が閉まると、大佐は肩から階級章を取り外した。何やらひどく、肩が軽くなったような気がしていた。



 お帰りなさい、と自室を開けたら声がした。一つははっきりした女性の声であり、もう一つは、まだ不明瞭な少年の声だった。少年は、片方の手を包帯で覆っている。

 ああ、と答えながら大佐は、自分を待っていた二人の前をすり抜けると、クローゼットから大きなカバンを二つ取り出した。そしてその一つを彼女に手渡した。


「……何のつもり?」


 青い目が、大佐を真っ直ぐ見据えた。


「昼間、当座に必要なものを買ってきたかい?」

「ええ」

「じゃそれをこれに詰めて、持っていけばいい」

「それはありがたいわ。だけどそっちは何?」


 自分に与えられたものより一回り大きいカバンを彼女は指す。


「これは俺の分なんだよ」

「大佐」

「もう大佐じゃあないんだ」


 四つの青い目が、大きく見開かれた。どういう意味よ、と強い声が彼に降り注ぐ。


「退役したんだ。もう軍人としての権利も何もない」

「じゃ、これからどうするつもりなの?」


 彼女は眉を大きく寄せる。


「さあ。まだ決めていない。だけど一人だったらまあ、何とでもして生きていけるさ。それなりに長い間生きてる分は」

「じょうだんじゃないわよ!」


 彼女の声に、大佐の予定は遮られた。


「一人って…… あたし達はどうするつもり?あの時、焼け野原になった里から連れ出しておいて……」

「君達は自由だ。『協力者』だった分、軍から当分の間暮らせる程度の謝礼は支払われるだろう。当軍が占拠した区域、何処に住むのも自由だ」

「だったら、あたし達も連れていってよ」

「サッシャ?」


 横で少年も、うなづきながら彼を見上げている。


「あたし達は、ううんあたしはね、ずっと、あなたを待っていたのよ」


 彼の顔にふっと笑みが浮かぶ。だが、それは一瞬だった。彼は駄目だよ、と首を横に振る。


「どうして駄目なのよ。あたし達が一緒じゃ、邪魔なの?」

「いやそんなことはない。俺だって、君達のことをずっとこの十年の間考えてきた。定点に居るミッシャからデータを取る時にも、そうでない時に君の青い瞳を思い出すこともあった」

「だったらどうして?それとも、誰か、あなたの横には居るの?」

「いや……」


 そんな余裕はなかったのだ。

 あの司令の元で働くこの十年は。仕事とは言え、この二人の様子をずっと気にかけていることは、彼にとって、ほとんど唯一の安らぎだったとも言える。

 だが。


「君の気持ちはうれしい。だけど、俺は、天使種だ」

「生きていく時間が違うっていうの? それがどうしたの? 今、そして手に届く範囲の未来に、あたし達は……あたしは、あなたと居たいのよ?」


 サッシャは途中ですりかえる。

 横で聞いているミッシャの方が、照れて顔を真っ赤にしている。姉はそこまで言うと、にっこりと笑った。


「……心配しなくても、それで一緒に居るのが苦しくなったなら、あなたの言う通り、勝手に何処へでも行くわよ。何したって、生きてはいけるわ。とりあえずの、今よ。どう?」


 彼は十年前にはほんの少女だった女性をまぶしそうに眺めた。

 そうだ。あの時も、弟を背負った彼女のそのこぼれ落ちる程の生気に、死なせたくないと思ったんだ。


「どお?」


 彼女は繰り返す。

 大佐は黙って、二人をまとめて抱きしめた。



 総司令は執務室に戻ると、机の上に畳まれた布地を大きく広げた。

 漆黒の空間に、ほんのわずかの色の差の黒い髪を長く、地を這う程に伸ばした大きな白い翼の天使が、長剣で何かを指し示している。

 彼はしばらくそれを眺めていたが、やがてその白い指が、卓上の通信機を押す。何も伝える訳ではなかったが、彼付きの下士官が、一分としないうちに執務室の扉を叩いた。


「お呼びでしょうか」

「これをこの部屋の何処かに飾るがいい」

「何処か……」

「お前にまかせる。最後のオクラナの軍旗だ」

「は……」


 下士官は先日壊滅させた惑星の名を聞いてびっと身構える。そしておそるおそる、受け取ったタペストリの陰から上官の様子を伺った。


 だが総司令の白い顔からは、何の表情も読みとれなかった。

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