奇襲の知らせを受けたのは、それからすぐだった。
キムは自分の出番が来たとばかりに武器をかついで飛び出した。そもそもは戦闘タイプではない。秘書型なのだが、奇妙にその役目は彼に向いていた。
出発が、迫っていた。用意された船は、既に燃料をも積み込まれ、後は乗組員のそれぞれの用意が残されたのみ。
首領は、些末な用意などどうでもいい、とその場に居た全てのレプリカントにテレパシイで一喝していた。近くに居た者には、音声でも伝えていた。ひどく、乾いた声だ、とキムは思った。いつもにも増して、乾いた。
「身一つでいい、今すぐ配置につけ!」
あちこちに居る仲間からのテレパシイを聞き取りながら、危険な地帯に彼は足を踏み出した。と、その途中に、捕虜が所在なげな表情をして立っているのを見つけた。
ああまた迷っているな。
キムは、近くにあった武器を無造作に放った。
あぶないじゃないか、と言いながらも、Gはそれを受け取った。
「暇なら来いよ」
キムは指を立ててGを誘った。Gは長い前髪を軽くかき上げると、手に取った長剣と銃を握りしめた。
そうだそれでいいんだよ。
キムは内心つぶやく。
お前が、それを選んだならな。
空間を入り乱れる雑音混じりのテレパシイの中から有効な情報を掴むというのはなかなか厄介である。だが彼は元々が秘書型だったから、そんな曖昧な情報の中から的確に必要なものを掴むのはそう難しいことではなかった。
自分のやや後ろをGがついて来るのを時々確認しながら、彼は飛び交う情報の中で仕入れた「危険な」地帯へと入っていった。
爆発音が、近くで起こった。はっとGは辺りを見渡した。
キムは視線をめぐらす。兵の姿は何処にもない。地価の安いファクトリィの敷地内には、高い建物もないから、見晴らしは良い。敵が居たとして、隠れる所は少ない。
「今の爆発の原因は何?」
眉を軽くひそめて、Gは彼に訊ねた。キムはテレパシイの指向性を高める。なるべく近くに居る者に問いかける。……爆発の原因は? 唇が微かに動く。
「……判った」
「何だって?」
「アファンダ製の起爆剤をベースにした……」
また一つ、爆音が、響く。確かにそこには何もない。
「おかしいんだよG。何処にも、兵士の気配はないんだ」
「気配がない?」
そう言えば言ってなかったな、とキムは気付く。
「『覚めた』レプリカントには、ある程度の感応力があるんだ」
Gは両の眉を上げた。知らなかっただろうな、と彼は思う。自分だって、覚めるまでは知らなかったのだ。
「……トラップか?」
「だと、思う」
キムはうなづく。トラップ。人の気配はない。微かにGの表情が翳る。何だろう、と思っているうちに、また一つ、爆音が響いた。
と、その時彼の頭の中に、直接、糸のように細い針が刺さったような感触があった。これは、直接な、首領の。
「……え? 何?」
「どうしたの」
「出発の準備ができたって。撤収がかかった」
「撤収ったって、これじゃお前、身動きが取れないじゃないか」
確かにそうだった。いきなりすぎる。動きが取れない。
トラップは、彼等が船にたどり着くまでのルートにも、明らかに存在していた。上手く避けてはきたが、帰りもまた上手く避けていけるという保証はない。
「だいたい量が半端じゃないんだよ」
そう言った時、Gの表情は、露骨に変わった。はあ、と大きく息をついて、両手で顔を覆った。
どうしたんだろう、とキムは急に変わったGの態度に疑問を持つ。まるでこの間のようだ。彼は訊ねてみる。
「どうしたの」
「……キム」
ため息混じりの声が、指のすきまから漏れだしてくる。
「何?」
「今から俺の言うこと、聞いてくれ」
「聞いてるよ」
何を今更、言ってるんだろう。のぞき込むようにして、キムはGの顔を見る。
「最後の願いだ。聞いてくれよ」
キムは眉をひそめる。また、何を言ってるんだ?
「聞くよ! 最後なんて言うんじゃない!」
Gは顔からゆっくりと手を外した。だが代わりに目を伏せた。
「仲間に聞いてくれないか、どのあたりにトラップがあったか、感じられるか」
「あ? ……うん」
訝しげな顔をしながらも、キムは言われる通りに仲間と連絡を取った。
ちら、と横を向くと、Gは地面の上に、何やら線を描いていた。どうやらこれまでしばらく過ごしてきたファクトリィの配置図らしい。
ひどく頼りない図ではあったが、それはキムが記憶しているものときっちり同じであったので、いい記憶力をしているな、などと何やら埒もないことを考えてしまう。
「全部ではないけどさ。連絡がついた分だけだよ。ここが本館として……」
そしてキムは言いながら小石で置いていく。やっぱりそうか、とGは軽く肩を落とし、やや眉をひそめる。ちら、と見ると、その表情は、ひどく歪んでいるように見えた。唇が微かに動く。
キムの目には、やっぱり、とそれは映った。
Gは彼に全てのポイントを聞くと、その上に、転がっていた木ぎれで音がする程強く一本の曲線を描いた。
「じゃあ皆に伝えてくれ。こう歩けば、当たらないで、済む」
「G?」
キムは顔を上げた。
「奴なら、ここは仕掛けない」
「……おい、それって」
「呼んでるんだよ、俺を」
彼は手にしていた木ぎれを強く地面に叩きつけた。ぺき、と軽い音がして、それは簡単に割れた。
それって。
キムは目を大きく見開く。
自業自得だ、と言ってしまうのは簡単だった。だが。
だが、よく考えてみれば。
キムは疑問に思う。
誰が、呼んでるんだ?
その誰か、はどうしてここに、来るんだ?
軍人が一人で勝手な行動を取る訳がない。命令が、必ずそこにはある。だがそれを出すのは誰だ?
Gは再び顔を伏せてしまっている。長い前髪が、Gの顔を覆い、表情が読めない。
キムは何がなんだか、混乱する自分を感じていた。
ひどく不合理だ。
だって、そうじゃないか。
Gは、「あのひと」のために、自分の味方を裏切ったじゃないか。
自分の生きてきた惑星を、生きてきた集団を、そして自分を(おそらくは)いちばん気にしていた奴を。
なのに。
追っているのは、その、相手だ。間違いない。
追わせたのは、「あのひと」だ。
俺達と、首領と、何かしら、通じている、「あのひと」。
キムは喉のあたりに、ひどく重苦しいものが、詰まってくるのを感じた。
何だろう。何か、目の前の奴に、言葉を、かけたいのだ。何でもいい。何か、この、目の前の、どうしようなく、空回りしている奴に、何か。
喉が、締め付けられる。
「……死ぬなよ」
ようやくキムはそれだけの言葉を絞り出した。