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第17話 「でも簡単だよ。気が付いてみればね」

 マーティンとその近くに居た数人の死は、伯爵の手によって、事故死と片付けられた。だがその「事故」の衝撃は、サンルームに集まるメンバー全体に広がった。


「彼があそこに武器を隠していたのは事実らしい」


 伯爵は穏やかに、だが深刻な表情を作って言った。無論彼は、そもそもその部屋に武器があるのを知っていた。知っていたからこそ、Gに見え見えの芝居を打たせたのである。ねずみは簡単にいぶり出された。


「それが何かの拍子で暴発し、しかも別に閉まってあった火薬に発火したらしいね。……まあそう大きな被害が出なくて良かった」

「彼は亡くなったんですね……」


 泣きはらして真っ赤な目で、ジョナサンがつぶやいた。伯爵は元気を出して、と肩をぽん、と叩き、サンルームを出て行った。

 さてさて美味しいところばかり取っていくもんだよな、とGは内心思う。


「でも良かった。君が逃がしてくれなかったら、僕もあの爆発に巻き込まれていたのかもしれないんだよね」


 ユーリは胸をなで下ろしながらGに向かって言う。するとそれに気付いたようにGの方を見たジョナサンは、非難の目を彼に向けた。


「……サンド君、君は最後まで一緒に彼と居たんだろう?」

「あ?  ああ」

「何で彼を助けられなかったんだ!」

「あ…… あの時は無我夢中で」


 背後でセバスチャンの仮面をかぶった鷹が苦笑をかみ殺しているのが判る。まだ彼は「サンド・リヨン」の役を演じなくてはならないのだ。最後の一人が出てくるまでは。判るまで、ではなくて。


「だけど人間って、そういうもんじゃないか?」


 そう言いながら自分を揺さぶるジョナサンに、Gはげんなりする。

 そういうもの、で全てが済めば、世界は実に平和だろうよ。


「まあそうサンド君を責めないでよ。彼は彼で一生懸命で」

「だけどそんなこと言ったってマーティンは戻ってこないじゃないかっ!」

「戻ってきた所で、武器不法所持でしょっ引かれるのがいいところさ」


 鷹は皮肉気に、そして冷静につぶやく。


「そもそも何で武器が必要だったんだ? 名脚本家」

「……ぼ、僕は…… 彼が必要だと言ったから……」

「それで? 空白の部分で何を起こすつもりだったんだ?」

「うるさい!」


 ジョナサンはいきなり大声を張り上げた。

 さすがにそれには、その場にいた皆が慌てた。色の白い彼の額には青筋が立っている。ユーリは肩をすくめ、近くに居た彼の巨人の側に寄った。鷹はジョナサンのヒステリーなど予想していたとでも言うように、窓際で悠然と腕組みなどして立っている。


「劇は実行するよ!」


 ジョナサンの言葉がサンルーム一杯に響いた。


「ここまで計画したんだからね」


 ぴりぴりとした空気が、肌に痛い程伝わってくる。


「そんなことはできない!」


 Gは反論する。


「少なくとも僕は嫌だ。こんな状況で参加はしたくない。だいたいそんな、武器なんか使うと知っていたら、初めっから参加なんかしなかった」

「今更何を言う!」

「何言われたって、僕の気持ちは変わらないよ。この館からも出ていく。今すぐ伯爵に会ってくる」


 Gはやや芝居がかった声でそれだけを言い放つと、サンルームの扉に向かって歩き出した。


「行かせない! 君は『歌うたい』だ!」

「知るか!」


 半ば本気で、Gは言葉を投げ、扉を開けた。

 途端、彼はのけぞった。

 星間ガード・サーヴィスの黒い制服を着た男達が、扉の外には十人程待ち構えていた。だが顔には見覚えがある。あのビアホールに居た連中であり、今回の参加者の一部だった。


「捕まえろ!」


 Gはさすがに驚いた。だが内心の半分は冷静に事態を把握していた。なるほど、「御曹司」は「御曹司」なりに何やら考えていたという訳だ。

 おそらく、マーティンの助言によって、「御曹司」のジョナサンは、今回の参加メンバーの不足を見越して、系列会社からガードサーヴィスのスタッフを雇っていたのだろう。

 さすがに彼らは名門大学生には見えないから、この都市の専門学校生を装って。そしてあのビアホールでも、きっと彼の身をガードしていた。

 そしてガード・サーヴィス達は、がっしりとした手でGを捕らえた。


「反対する者は容赦しない」


 あの弱気で優柔不断と自称した青年は、顔中に脂汗を滴らせながら、そう言い放った。


「今君を自由にする訳にはいかない。少なくとも、祭の終わるまで、君の自由は制限する必要がある」

「僕をどうするつもりだ? ジョナサン」

「動かないでいてもらおう。この館の中から」

「『歌うたい』はいいのか?」

「別の歌を歌われても困るよ」


 Gはなかなか失笑せざるを得なかった。 



 八時だ、と彼は思った。

 晴天のもと、朝の花火が打ち上がる軽い音が連発して聞こえる。Gは窓から空を見上げた。上等の青い空だった。

 あれからずっと、彼は館内の一室に監禁されたままだった。扉の前にはあの星間ガードサーヴィスの、力の強そうな見張りが居るはずである。

 別にそれを倒しても、またそうでなくとも出る方法は何かと考えることはできたのだが、あいにく彼には待ち人があった。

 その間にも「説得」と称して、何度かセバスチャンこと鷹の訪問があった。おそらく口の軽いユーリあたりが、ジョナサンにも話していたのだろう。いい仲の奴なら、という考えも働いていたかもしれない。

 まあ当の本人達は、その状況を密談に費やしていたのだが。

 目的のはっきりしている状況であるのはGも鷹も承知していたので、たとえ傍目には砂を吐きたくなる程のことをしていたとしても、彼ら自身は実に冷静だった。


「マーティンについては、俺も感じていた」


 鷹は「飛ぶ**」の下部工作員について言った。


「だがもう一人については、断定は出来なかったが」

「でも簡単だよ。気が付いてみればね」


 ふん、と鷹は笑ってみせる。


「つまり君は、それを待っているのかい?」


 まあね、とGはうなづいた。

 そして待ち人は訪れた。


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