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第16話 「大丈夫、まだ食べられる」

「マーティン…… 何だこりゃ?」


 訊ねながらも、我ながら白々しいな、とGは思った。そもそも、こんなものが見つかることを見越して、がたがたとこの部屋を探っていたのだから。

 無論非常ベルの存在も気が付いてはいた。彼は一度、そのスイッチを切ってから中身を見、そしてわざわざ元通りにしておいたのだ。とてもその中身は上等なものだったから。


「何だろうね。何に見える?」

「実にリーズナブルな武器に見えるよ」

「ふん、君もなかなかいい根性をしてる」

「こんな武器を使って何しようって言うんだ!」


 見え見えの台詞だな、とさらに彼は思う。だがそれなりに声には過剰な程の効果は散らしてある。演劇めいたと言われれば二の句が告げないだろうが。


「ここは小道具部屋で、これは小道具さ」

「市街劇で何をしようって言うんだ!」


 よくぞ聞いてくれた、と言わんがばかりの傲慢な表情になると、マーティンは手を上げた。するとそれを合図としたように、後ろに控えていた数名が一斉に動いた。両腕を掴まれる。


「何をする」

「逃げ出されて下手なさえずりを聞かせられても困るからね、『歌うたい』君」

「それは嫉妬かな?音楽ができない優等生」


 びく、とマーティンの頬が軽く痙攣する。


「嫉妬? 君は何を言っている」

「知らない訳じゃあないだろう? ああ、君は君の副官には正体を明かしてないんだものね? 『飛ぶ**』の工作員」


 途端に彼の顔色が変わった。あからさますぎるその変化に、Gはおかしさをかみ殺すのが精一杯だった。

 彼はよく連絡員に「お前いつもそんな顔してどうすんの」と言われるくらい撫然とした表情が多いのだが、別に笑えない訳ではないのだ。ただ本気で笑うネタが、この世界にはそう多くない。それだけのことである。


「君の大切な副官がそれを聞いたらどう思うかな」


 Gは歌うように言葉を投げる。もちろんその態度は、マーティンの気に障った。


「黙れ!」


 ぐい、と両側からの力が強くなる。だが。

 彼はその掴まれた手を一気に身体ごと沈めた。だがそれは一瞬のことである。次の瞬間、彼は勢いよくその両手を、両側の青年の顎にそれぞれ突き上げていた。

 ぐっ、と声が漏れて、掴まれていた手が自由になる。間髪入れず、その側にいた数名に、ほとんど舞踏的な拍子で蹴りと突きを連発した。瞬く間に、その場に野郎ばかりが折り重なるようにして倒れる。


「……!」


 マーティンの顔色が、そう明るくない室内でも判るくらいに変わった。そして彼は、とっさに開いていた箱から武器を取り出そうとした。


「動くな!」


 優等生は、実に正統的な構えでGに銃を突きつけた。全くそれは暗殺の教科書に図解があったなら、その見本にしたい程のものだった。

 だが動くな、と言われて黙って動かずに居る程彼は素直ではない。ほんのわずかに、じりじり、と足を摺らす。


「動くなと言っただろう!」


 冷静なGに、相手の方が次第に正気を無くしてきたようである。声がうわずってくる。

 じりじり、と近付いてくる、綺麗な顔をした男の正体に、どうやらマーティンも気付いたようである。


「……まさかお前は」

「さあて」


 彼は見事な笑みを顔に浮かべた。開けた通路側から入ってくる光で陰影がどぎつくついた彼の顔は、壮絶な程に綺麗だった。


「……来るな」


 彼はパニックを起こしかけていた。何で来るんだ、この男は、銃を突きつけているのに。

 そして彼はやっと銃の使い方を思い出したらしい。引き金を、引いた。だが、そこにはただ軽い、カチ、という音が響いただけだった。

 マーティンはあ、と口を大きく開けた。信じられない、という表情だった。


「何が……」

「さて。全部弾丸を抜くのは大変だったんだけどなあ」


 くすくす、とGは笑って、次の瞬間、マーティンの銃を持った手を掴むと、そのままその場に押し倒した。

 そして彼の胸の上にぐい、とひざを付くと、鼻先に別の銃を突きつけた。脂汗をかいているのだろう。そんな体臭がむっとその場に立ち起こった。


「……それは」

「あいにくこっちには弾丸は入っているんだよな」


 そう言ってGはぐい、と相手の鼻に銃口を押し付ける。


「さて『飛ぶ**』の目的は何だ?」

「……」

「黙っているつもりか?」


 ぐっ、と押し付ける力が強くなる。膝下の身体がぶる、と震えるのがGにも伝わってきた。


「もう一人の工作員は誰だ? お前はどうせ下っ端に過ぎないだろう?」


 低く甘い声が、容赦無く問いつめる。


「し、下っ端だと?」

「違うのか? お前はもともとヨハン・ジギスムントの学生だったのか?」

「……学生だ」

「だがお前は『御曹司』ではない」

「!」

「いくら取り繕ったって、出てくるものはごまかせないんだよ。誰だ? もう一人は」

「……何故……」


 マーティンはそれでもまだ多少の強気は残っていたらしい。自分を押さえつけている手に膝に、抵抗を試みる。だが動かない。そういう部分があるのだ。


「大丈夫、まだ食べられる」


 マーティンの目が大きく見開いた。


「本当の『御曹司』からはそんな台詞は出てこないんだよ」


 ああ! と言いたげにマーティンの口が大きく開いた。落ちた食物に対して未練を持つのは、決して上流階級の人間ではない。

 それは、多少なりとも、空腹や貧乏を知るものの言葉だ。多少のほこりがついたところで、食物には変わりはない、という育ち方をした人間のものだ。

 きっと彼は、そういう家で育ったのだろう。現在はどうか知らないが、少なくとも少年時代、貧しく。

 真面目で一生懸命勉強して、正義感正しく。そうすれば必ず幸せになれると信じて。


 だけどな。


 Gは膝と手に力を込めて、銃をぐり、と顔をえぐるように動かした。


「言え、もう一人を」


 さもなければ撃つ。分かり切った言葉にマーティンが恐怖しているのが判る。


「……い、言う! だから離せ……」

「誰だ?」

「……」


 ほんの少し、銃の力が緩み、口が動きかけた時だった。

 鈍い音が、そこに起こった。

 Gは一瞬手に焼け付くような痛みを感じた。そして次の瞬間、手が濡れるのを。

 彼は反射的に立ち上がり、後ろへ飛びずさった。そして銃を構える。手はマーティンの血で濡れていた。かすめた空気が、軽く彼の皮膚をも傷つけたらしく、外気に触れてややしみる。

 だがその瞬間だけだったようである。そこには気配はなかった。彼は唇を噛む。予想はされたことだ。小物は自分の命惜しさにさっさと自白するだろう、と。

 まあいい、とGは手と銃についた血をぬぐった。まだ彼のすべきことはあったのだ。姿を現在時点で見せようとしない敵には、用はない。

 数分後、小道具部屋から、爆音が起こった。

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