ストリート・ファイトならぬストリート・アクト、市街劇の準備はちゃくちゃくと進められていた。
何せ本物の街を舞台に行うのだから、背景や大道具は必要はない。必要なのは、人員と衣装と、そして小道具だけだった。
そんなある日の夕方、Gも衣装合わせに出向いた。
彼に用意されていたのは、黒い羽根がふんだんに使われたコートのようなものだった。ユーリが鳥と言ったのはこれか、と彼は納得する。
ふわり、とそれを羽織ると、色違いの白を身につけたセバスチャンが似合う似合う、と拍手混じりではやし立てた。
他の「俳優」達も、まちまちな恰好をしていた。
淡い黄緑、と言って若草色だ、とジョナサンに訂正されたユーリはフリルリボン満載のワンピース、マーティンはまるで寒冷地の軍人のようなコート、ジョナサンはアカデミーの教授のようなマントと帽子をつけ、マーチャスは何やら砂漠惑星の遊牧民族のような上下をつけていた。
いずれにしても、ずいぶんとばたばたした衣装だ、とGは思う。感想を口にすると、名脚本家はこう答えた。
「だってさ、こういう服は、動き回って揺れると綺麗なんだよ」
「それにポケットにいろんなものを隠しやすいしな」
セバスチャンはにやりと笑って付け足した。やめないか、とマーティンは彼を軽く制する。
ふわふわと羽根満載のコートをひるがえして、その揺れ具合を試してみながら、Gは脚本の内容を思い返していた。
大ざっぱに言えば、それは「何か」を何者かによって忘れさせられた国の話である。
それが何であるかの説明は脚本には、ない。さほどそれは必要ではないのだ、とジョナサンは説明していた。
主役と言える主役はない。皆役回りの通称だけが付けられ、その通りの恰好をする。
その登場人物達は、「何か」を求めては動き回り、とうとうその「何か」を見つけ、そして、最終的には、それを忘れさせた者に対して、「歌うたい」と「鐘ならし」の扇動によって、行進を始める、といった話である。
何だかよく判らん話だな、と最初に読み合わせした時に、Gと同じ「歌うたい」の役どころを与えられたセバスチャンがつぶやいていたのを彼は覚えている。
一応発起人のこの五人と、Gは主要人物の役を与えられているらしい。
彼とセバスチャンは「歌うたい」、マーティンは「冬の兵士」、ジョナサンは「教授の月」、ユーリは「遍歴学生の妹」だという。
確かマーチャスは「沈まない太陽」とか呼ばれていたのをGは思い出す。
他にも、「月下美人」という女役も居たし、「マッド・サイエンティスト」や「暁の祈念」とかいうとんでもない役も確かあったはずである。
役者は総勢28人。
そのうちの五人が、音響スタッフだ、とマーティンは彼に告げた。残り23人はその日、森林通りにそれぞれの役どころを持って散らばるのだと。
「通りのあちこちに、その日はスピーカーが取り付けられるんだが、そこに僕達の言葉を乗せなくてはならない」
ならない、という言葉にはややGは引っかかるものを感じる。
「皆ワイヤレスのボタンマイクを衣装に付けることになっている。そうすることによって、それを通して台詞は森林通り中に響くんだ」
「それだけじゃない」
ジョナサンの説明にマーティンが補足する。
「スピーカーから、普段ならそこへ放送を送る局へ、逆にその状況を送り、さらにそこから広範囲にその時の状況を送らせる」
送らせる、という言葉。一体そこには誰がそうさせられるというんだろう?
Gは説明を黙って聞きながら、この市街劇に含まれるもくろみの全体像を理解しようとしていた。
無論、劇の「内容」は、詭弁である。別にそれが何であっても構わないのだ。
要は、最終的に、そこで「立ち上がる民衆」という図が構成できればいいのだ。放送を使うのも、この類の行動の基本と言えば基本である。おそらくは、別動隊が、放送局を既に占拠しているというのだろう。
放送局には、Gも伯爵も、既に下部構成員を何人か潜り込ませていた。
彼らには、祭の日に向けて妙な動きをする者が居たら報告するように、と命令してある。そして実際にそういう者が居たなら、とにかくその日までは泳がせるように、と。
だが今の所、それに関する報告は入ってきていない。
何かしら、手持ちぶさたな感覚が、彼を襲っていた。
さし当たり、出来ることはしている。そして下手に動くと命取りとなる。そういう状況の中では、普段考えようとしていないことが勝手に頭の中に浮かび出してきた。
あれから彼は、セバスチャンをなるべく避けてきた。
何か知らないが、Gの中で彼に対しては、危険信号が出るのだ。とりあえず関わってみたが、深入りしてはいけない。そんな気がしている。
それが何故なのか、彼にはさっぱり判らない。
だが暇な頭は、様々な憶測を浮かび上がらせる。だがそういう時の思考の流れというものは、とかくマイナスの方向へと行きやすい。
彼は決して悲観主義者ではないが、かと言って全てのことを楽観的に見られる程単純でもなかった。
そんな思考の流れが、ことごとく彼は危険だ、と告げていた。
何故、危険なのか。だがその理由が判らない。
そしてあの意味ありげな話。
「天使種」に関する情報は、代々「一族」にしかもたらされないものの
彼が一族に属するものであるかは定かではないが、少なくとも、その情報を知っているというだけで、彼は既に「ただの学生」ではありえない。
帝立大に無選考で入ったならば、その可能性は高い。帝立大は、「一族」と「傍族」には実に寛容にその門を開いている。
そして、下手すると、「先祖返り」のように、自分の知らない事項(はったりかも知れないが!)まで手に入れている。
そしてその機密とでも言っていい事項を、自分にあっさりと口にした。
俺が「一族」の出であることに気付いたのだろうか?