「結構手が早いんだね」
サンルームから自分に用意されている部屋に向かう途中に、そんな声が彼の耳朶を打った。
声の主に視線を送ると、そこには少女めいた面差しのユーリがたたずんでいた。
「何のことだい?」
「しらばっくれちゃってさあ」
Gは楽譜を抱えたまま、肩をすくめた。
「出歯亀とはいい趣味じゃあないね、ユーリ」
「出歯亀されるようなことをやってる君の方が悪いんだろ?」
くく、と喉の奥で声を立てながら、まだ青年というよりは少年と言った方が正しいのではないか、と思われる彼は、Gの方へやや目を細めながら近付いてくる。その様子は、育ちの良い短毛の猫が飼い主にすりよる様を思わせる。
「何を話していたの? 彼と」
「別に。今度やる市民祭の劇の話を」
まあ嘘ではない。確かにあの後、その話もしたことはしたのだ。
「ああ、彼が言い出したあれね」
「君も参加するのだろう?」
まあね、とユーリは淡い金髪を揺らした。
五人の内で、彼だけが色素が薄い。けぶるような淡いさらさらした金髪に、薄い蒼の瞳。何となくその目は、Gにとっては先日の殺人人形の実に美しい瞳を思わせてしまうのだが。
ユーリの相棒もしくは保護者の役割と思われるマーチャスは、祖先に南方系が居るのか、黒い髪、黒い瞳に、やや浅黒い肌を持っている。それにスポーツ万能、という筋肉をつけ加えれば、この少女めいた印象の強いユーリとではまるでいいカップルのようにすら見える。
その可能性もなくはないだろう、とGは思う。現にちょっと、誘われるように仕向けてみたら、簡単にセバスチャンは引っかかってきた。キス一つで止めるとは、なかなか自制心の強い男だ、と彼は皮肉気に感心していた。
「でもね、劇をやろうって言い出したのは、セバスチャンじゃないんだよ、知ってた?」
「いや」
彼は首を横に振った。ふうん、とユーリは片方の眉だけに綺麗にカーブを描かせた。
「セバスチャンが言ったのは、あの礼儀正しいお祭り騒ぎをも少しお祭り騒ぎの本道に戻してやろうって言っただけ。そこで市街劇なんかやらかそうって言ったのは、キャプテン・マーティンとその副長だよ」
「キャプテン?」
「何か彼って、船長とか艦長って感じしない? ほら、軍の司令艦隊か何かのさあ」
「それでジョナサンが副長?」
「そう」
ユーリはそう言って、壁に背をもたれかけさせると、腕を組み、やや自分より目線が上にあるGを上目づかいで見やった。
「ジョナサンはマーティンに頭が上がらないんだよ」
「そうなのかい?」
「そぉだよ。見てて判らない?判らないんだったら、君、凄い鈍感じゃない?」
「言われてみればそうだね」
「やっぱり鈍感だあ」
笑うユーリの方へ、Gは一歩近付く。
「あのさサンド、ジョナサンは、マーティンが好きなんだよね」
「友達だから?」
「そんな訳ないの、君なら判るでしょ? 恋愛ってのはさあ、順番より何より、よりたくさん惚れた方が負けなんだものね」
先刻の彼の行動をユーリはほのめかせる。Gはそれには軽く眉をひそめることで答えた。
「ま、僕にはなかなか理解しがたい趣味だけどね」
「それはユーリ、性別が、ということ? それとも」
「個人さ」
くっ、と笑って彼は言い切った。
「キャプテン・マーティンはキャプテンとしちゃ有能かもしれないけど、僕の趣味じゃあないよ。まだセバスチャンの方がましさ」
「それでマーチャスは君の趣味だと?」
「そうさ」
けろりと彼は言い放つ。訊ねたGの方が拍子抜けしそうだった。
「じゃあ僕なんかは君の趣味ではないんだろうね」
「ふん、そうだね」
ちょいちょい、とユーリは彼を手招きした。
されるままにGは、ユーリに近付いた。もっとこっち、と彼はGをうながす。とうとう壁に手をつかなくてはバランスが取れないと思った時、ユーリはやや背伸びをして、Gに口づけた。
結構な時間が経過した、と彼が思った時、ようやく少年の顔をした青年はGから身体を離した。
「趣味じゃあないけどさ」
ユーリは楽しそうに大きな目を細める。
「君は綺麗だもん。綺麗なものが好きで悪い?」