鍵が開いていた。
慌てて扉を大きく開けると、そこには連絡員の陽気な笑顔があった。
「よお」
「居たのか」
彼は掴みかけた銃をしまう。
「優しいねえ、大家のおばさん。俺が鍵貸して欲しいって言ったら、愛人さんなら構わないよってにこやかに貸してくれて。俺っておばさんキラーの素質あるのかなあ」
中佐は、くたびれてしまった帽子を掛けながら連絡員の顔を眺めた。
どうしたの、とキムは訊ねる。
ずいぶんと懐かしい気がしていた。だが出たのはこんな言葉だった。
「何か用か?」
「いんや。今回は、あんた結構な戦闘だったらしいじゃない。いつもより充分。多少のオーヴァヒートはしているだろうからその調整と」
その台詞を聞くか聞かないかのうちに、勢いよく彼は、カウチに身体を投げ出した。だがいつもと違い、横にいるキムに視線一つ加えない。
いや加えてもいいし、手を出してもいいのだが、その気力が湧かない程にこの時彼は疲れていた。
「Mは何か言っていたか?」
「いや別に」
「ああ、そうか」
嘘ではないだろう、と彼は思う。
あの盟主がそんなことで、自分に気を使うことはないのだ。
「MM」の盟主は、弱さを嫌う。
自身の能力の有無すら計れないのに、弱さを口実にして、不可能を可能にする努力を怠る者を嫌う。
あの時、殆ど自分は原型をとどめてなかったという。
ただ脳がまだ微かに反応していたことから、あのやんごとなき盟主は、その血統ゆえのテレパシイを使って自分に語りかけてきたのだ。
Mが自分に対して呼びかけてきたKZ152というのは、脳以外を全て人造部品に変えられた試験体の番号だった―――らしい。
現在の名前は、元々の名とは全く関係がない。
クーデターやら何やらで「死亡」した人間は、時に応じて「回収」されて実験体として使われることがある。
無論当時の彼はそんなこと全く知らなかった。
彼は、Mがどういう意図で、自分をただの実験体から盟主の銃として引き取ったのか、未だに判らないし、別に判りたいとも思わなかった。
ただその時気付いたのは、ひたすら自分が生きたいということだった。
自分が何をしてでも生きたいと願う動物に過ぎないということだった。
そして現在に至ってもその気持ちは変わっていない。
だが生きたい、という実に原始的な感情が強烈になるにつれて、行動に罪悪感が無くなってきたのも確かだ。
仕方がないだろう。既に自分は人間とは言い難いものになっている。
脳以外の全てが、人工部品に変えられているのだから。
使っている脳が自前のものでなくなったら、それは
「珍しいな」
赤い髪に触れてくる手を、ふっと彼は掴んだ。同じ手だ。人工物の。
「あんたが結構疲れているようだからさ」
「そうかもな。俺もお前のように疲れること知らない方が良かったかな」
「冗談はよそうぜ」
キムは笑った。だがそれはいつもの陽気なそれではなかった。生き残った最後のレプリカント―――メカニクルではない―――は、ほんの時おりにしかそんな表情をしない。
詳しくは彼も知らない。
だがMによると、何でもこの連絡員は、220年前のレプリカ狩りの際に生き残った「標本」が意識を取り戻したものだという。
自分を引き取った時のように、きっと盟主は、このレプリカの意識を察知して、再機動させたのだろう。
そのあたりのことはキムは言いたがらないし、彼もまだ聞く気はなかった。
とりあえずは。
彼は掴んだ手を引き寄せた。