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第8話 これは罠だ。

 軍警は惑星を攻撃することもなく上陸した。何ごとが起こるのか、と民衆は緊張した。

 だが彼は、奇妙に平静だった。ああそんなものかなあ、と感じていた。

 彼はずっと、この騒乱が成功すること自体がおかしい、と感じていた。活動に参加していながらも、ずっと感じていたのだ。

 だから、首脳部が軍警の命令にあっさりと従った、と聞いたときも、そんなものかなあ、と考えていただけだったのだ。

 だが、事はそれだけでは済まなかった。



 その知らせを受けた時、彼は自分の耳を疑った。

 何とかひと段落ついた、と彼は久しぶりにマンダリン街の実家で食事をしていた。妹は嫁いでしまったのでいなかったが、両親は騒乱が治まったことを喜んでいた。彼らもまた、穏やかな生活を心から望む者であったのだ。

 収穫したばかりのかぼちゃのパイは、いつにも増して甘味が濃く、とろけんばかりの美味しさだったし、夏中元気で跳ね回っていた鶏は、実に弾力多くみずみずしい味になっていた。

 そんな折、彼は両親に言った。


「俺、軍を辞めようかなって思うんだけど」


 両親は一瞬顔を見合わせた。


「士官学校まで出といて何かと思うかもしれないけど」


 彼は言葉をにごした。だが両親は彼の言わんとするところをすぐに理解した。


「そうだね。こんなことで何かと騒がしくなるんだったら何も居ることはないね」

「構わん構わん、畑もあるし、食べていくくらいは何とかなる!」

「そうだね」


 彼はそう言ってくれる両親がありがたかった。そして騒ぎがひと段落したら辞表を出しに行こう、と思った。

 その時だった。扉ががんがん、と大きく叩かれた。

 母親は食卓を立って、戸口に出た。扉の向こうには、息子と同じだけの星を肩と襟に付けた軍人が居た。


「コーラル? 何だこんな時間に」


 そこに立っていたのはコーラル中尉だった。

 いや、彼だけではなかった。後ろに何名かの兵士と――― そして黒星をつけた士官が居るのが彼の目に映った。

 嫌な予感がした。

 黒星を付けた士官がコーラルより一歩前に進み出た。そして一枚の紙を彼に突きつけた。


「***中尉、貴官を騒乱の首謀者として逮捕する」


 は? 


 彼は耳を疑った。何を言われているのかすぐには理解できなかった。

 黒星は軍警だ。彼の知識がめまぐるしく回転する。では俺は。

 彼は事態をその瞬間、正しく理解した。


「何故だ!」


 叫んでいた。


「皆が揃って証言した。今回の騒乱の最初の首謀者は貴官だと」


 軍警の士官は、淡々と理由を告げた。それは、内部事情を知っていても黙殺する口調だった。


「残念だよ***」


 コーラルは乾いた声で言った。

 彼は全身の血が一気に足元に落ちていくような気がした。


 これは罠だ。


 そして一度下がった血が、急激に脳天にまで上がっていくのを感じた。俺は、はめられたのだ。

 立ちすくんでいた彼を正気に戻したのは、頭の横をかすめるパイだった。

 軍警の士官の顔にそれは命中する。黄金色のペーストが勢いよく弾けると同時に、母親の声が響いた。


「逃げなさい***!」


 彼は母の声に、弾かれたように裏口へ向かっていた。

 父親もまた、食卓にあったものを手当たり次第に彼らに投げつけていた。やめろ、とコーラルは叫んだ。


「急ぐんだ***!」


 父親も叫ぶ。彼は裏口をちら、と見た。戸口には兵士がへばりついている。窓を開け、そこからひらり、と身を踊らせた。足にずん、と衝撃が響くが、構ってはいられない。彼は駆け出した。

 裏口に居た兵士達は、屋根のない軍用車に乗って彼を追い出した。追いつかれるのは時間の問題だった。だが彼は走った。何故だか判らないが走った。


 と。


 遠くで、銃声が聞こえた。彼は思わず足を止めた。今さっき飛び出してきた家の方向だ。まさか。

 ぞわり、と全身を悪寒が包んだ。考えられないことではない。

 軍用車のライトが迫る。思わず飛び上がっていた。

 車のボンネットに飛びつき、立ち上がっている兵士に飛びつき、ふるい落とした。そんなことするのは…訓練ではあったが、初めてだった。自分が実際にそんなことできると、彼は考えてもみなかった。

 だが彼はこの時、そうせずにはいられなかった。運転席でしっかりハンドルを握っている兵士を、その場から蹴り倒して、外へ放り出した。そして明後日の方向へ行きかかった車を何とか体勢を立て直した。

 彼は元来た方向へと、車を走らせた。

 無茶苦茶だ、と彼はつぶやく。ほんの三十分前までは、ごくごく平和な夕食の時間だったはずだった。なのに。明るく、暖かく…


 ―――家は確かに明るく暖かかった。暖かいを通り越して――― 熱かった。


 火の手が上がっていた。

 彼は自分の目が信じられなかった。車を止めて、呆然と、そのひどく明るい光景を見ていた。目が離せなかった。


 一体何が起こったっていうんだ?

 俺が一体何をしたっていうんだ?


 どのくらいそうしていただろう? 彼は首筋にちくり、という痛みを感じ――― 意識を失った。


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