妹の結婚式を終えて宿舎へ戻ると、コーラル中尉は待ちかまえていたように彼に話し出した。
彼はどうしてそこまでするのか、と同僚に素直に訊ねた。するとコーラルは熱っぽく拳を握りしめて力説する。
「何でかって? そりゃあ大尉の考えに賛同できたからだよ!」
「だけど、無謀じゃないのか?」
「お前は時々妙な所で慎重だなあ」
ははは、とコーラル中尉は笑う。彼は眉をひそめた。
慎重とかそうでない、という問題ではないのだ、と彼は言いたかった。
だが言えなかった。彼はそういう気質だった。角が立つのは嫌いだった。
「でもさ、お前もそうは思わないのかよ? ああそうだ。これを聞けばも少しその気になるかなあ?もうじき税率が上がるってよ」
「税率が?」
この場合の税は、帝国全土におけるものを指す。
「そ。それもその原因は、帝都中央の汚職が原因だって言うんだよ?それで何やら国庫が少しやばいから増税、それに公職関係の賃金カット」
「……」
「確かに公職の賃金カットは仕方ないけどさ…何で中央の尻拭いを俺達がさせられなくちゃならないんだ?」
「それはひどいな」
「だろ?」
理解はできる。だが、だからと言って、積極的に気が進むという訳でもなかった。
例え多少の不満があろうと、税金が上がろうと、彼は穏やかに生活ができれば充分だったのである。
軍に居るのは、そこが一種の「公職」で、実に堅実な仕事場であったからに過ぎない。
不思議なもので、軍に居ながら彼には、戦場に出るという意識がなかった。
尤もそれは彼だけでなく、クリムゾンレーキの軍に属する青年の共通した認識だったかもしれない。
仕方がなかったとも言える。平和な惑星に生まれついて、穏やかな気候のもと、彼らは生まれついてからこの方、地元軍が戦場に出る様など見たことがなかったのだから。
だが事態は彼の思惑とは外れていった。
彼は不思議だった。ひどく不思議だった。
結局、参加するともしないともはっきりさせないままずるずる時を過ごしている間に、彼の回りは勝手に、次第に盛り上がっていってしまった。
それは彼の直接の部下である下士官にしてもそうだった。上官が「参加」しないと聞くと、今度は彼らが彼を説得しに来る。
「何故ですか?」
年上の伍長は言った。
「賛同できることではあるけれど、直接行動というのは」
「臆しましたか?」
違う、と彼は言う。だがそれ以上の理由が見つからない。賛同する程の意志はない。だが否定するだけの理由もない。
結局ずるずると、彼は「仲間」に引き入れられてしまった。
ところが、である。
計画は発動前に終わってしまう羽目になった。
理由は二つあった。
その一つは、クリムゾンレーキにとある皇族が視察に現れるという事件だった。
その知らせを受けた軍警は、それまでなあなあに見過ごしてきた惑星クリムゾンレーキにいきなり目を向けた。
するといつの間にか大人しい羊達は、何やら怪しげな相談をしているではないか。街にはポスターが張られ、放送局では毎日何やら軍の若造達がはしゃぎ立てている。
無論そんな事態を軍警が見過ごしている訳にはいかない。少なくとも、その皇族がやってくる前に。
そして理由の二つ目は、発案者自体が所詮ノンポリだったことにある。
ローズ・マダーは結局はただの不平分子に過ぎなかった。
彼がローズ・マダーに引っかかっていたのはその部分だった。言っていることが判らない訳ではないが、一貫性がないのだ。
ところが彼が「何故」そうであるのか看破できなかったように、他の兵士達もそれを見破ることはできなかった。
この地の人々は、基本的に人が良い。そして熱しやすく冷めやすいのが特徴である。
確かにそうだろう。そうそう人を疑うことも必要ではなかったし、それは不徳とされてきた。穏やかで、礼儀正しく、そして明るく熱しやすい。
悪い気質ではないが、中央の毒に多少なりとも触れてきた者にとって、扱いやすいものであることは間違いない。
それがローズ・マダー程度の小物であったにせよ。
その頃、熱しやすい民衆は、繰り返される情報や、所々で行われるアジ演説、ポスター、集会といった彼らにはそうそう縁の無かったはずのものによって、盛り上がりつつあった。
そして彼は、その中で、活動に一応の参加をしながら、奇妙に不安を覚えている自分を感じていた。
ポスターを張りながら、車で地方を回りながら、ずっと彼は感じていた。
―――何かが違う―――
終わりはあっけなかった。
軍警の正式通達が来る直前に、ローズ・マダーの元に極秘で通信が届いた。それは彼が中央に居た時の友人からだった。
クリムゾンレーキはローズ・マダーがその知らせを受け取った頃、既に包囲されていた。空の防衛ラインは殆ど丸腰に近かった。軍警は難なく惑星全体に攻撃を宣言した。
当時の騒乱の首脳陣は、まだ若い士官と、それに無理矢理従わされていた老いた将官ねという図式だった。
ローズ・マダーは首謀者の一人ではあるが、リーダーという訳ではなかった。所詮彼は大尉に過ぎなかった。
どうしたものか、と引きずり込まれた将官は自分達の半分くらいの年齢の士官達にだらだらと脂汗を流しながら訊ねた。
「いい考えがあります」
ローズ・マダーはこの時提案した。
「首謀者を、軍警に差し出すのです」
基本的に善良な、地元軍の将官は眉をひそめた。そんなやり方は、彼らの流儀には合わないのだ。
だが、軍警に攻撃されてクリムゾンレーキが焼け野原になるのは困るし、だいたい彼らも、命が惜しかった。
「スケープゴートか」
「そうです」
「だが誰が居る? 貴官に心当たりがあるのか?」
「はい」
ローズ・マダーは迷わず一人の部下の名を出した。