ホテルのカフェで朝食を取りながら、Gは新聞を読んでいた。
取りあえず紅茶でモーニングのセットを頼んだのだが、やや睡眠不足で食欲がない。出てきたサンドイッチのパンがどうにも乾き気味であったのも、その原因の一つだ。
だがエネルギー補給は活動家の基本だ。彼は一杯目の紅茶と共にどうにかこうにかそれを胃に押し込んだ。
そして睡眠不足の元凶はまだ宿泊している部屋から降りてこない。
あの曲者のタフさにはさすがにGも呆れそうになる。結局どのくらいの時間、自分達はそうしていたのだろうか?
考えると怖いので、彼は時計を見ずに眠りについた。
そんな状態を自分に作り出しているくせに、決して奴が熱くならないからしゃくにさわるのだ。
一応自分からそうしたくて、キムは誘っているのだろうに、その当の本人が冷静で、本意でない自分の方が意識を何度も飛ばされてしまっているというのは。
ああ全く、と口の中でつぶやきながら、彼は入り口に常備してあった新聞を広げた。彼の習慣だった。
ペトルーシュカ日刊新聞は、この二連星で一番大きな新聞である。中央の情報は大して多くはないが、この地方に関する記事は詳しい。
「……おはよ」
ようやく相棒が降りてきた。長い栗色の髪をとかしもせず、無造作に後ろでくくっているだけである。
「だらしがないぞ」
「……いいじゃん別に…… 俺まだ眠いの」
「自業自得だよ」
Gはそう言ってわざとらしく紅茶をすする。キムはカフェオレを注文する。この時間はモーニングサーヴィスである。
「何か面白い記事あった?」
「いや特になし。だけど何っかあんまり読んでいていい気分がしないんだけど」
「あ? どれどれ」
キムは彼の手から新聞を奪いとった。
「ああ確かに。微妙に文体が歪んでるね」
「文体が歪んでる?」
「うん。何って言うんだろうな? 別にぱっと見では判らないんだけど、ものすごく微妙に、読む人間を扇動する書き方ってのがあるんだ」
「そんなものがあるのか? バイアスじゃなくて」
それは彼には初耳だった。
「うん。露骨にバイアスがかかってるってバレないようにする時の方法。でもさすがに結構前に、禁止されていると思ったけど――― 地方新聞じゃ判らないよなあ」
「じゃあキム、これはそういう文体を使っているって言うのか?」
まあね、とキムはうなづいた。
「ものすごく微妙だから、別に一回二回読んだところでどうってことはないけどさ、それが日刊――― 毎日となると話は別だろ? 知らず知らずの間にある方向へ心が動かされて行ったとしても気付かない訳さ」
「なるほど」
「昔はよくいろんな組織の機関紙に使われたらしいね。ただ下手だとバイアスが露骨すぎて逆に反発買ったっていう馬鹿な例もあるけど」
「穏やかである程、騙されやすいって訳か」
「そ」
ふとGの脳裏に、昨日の老婦人の優雅で穏やかな物腰や声が思い浮かんだ。
「だけどなかなか有効な情報は載っているようだよ」
何、とGは身を乗り出した。ほれこれ、とキムは一つの記事を指し示す。
「骨董市?」
「名目上はね。だけどだいたいこういう所ってのは、裏で盗品も扱っているもんだよ。規模も大きそうだし、行く価値はある」
「OK、それはそれで行こう。だけど単純に彼女の所に盗みに入られたって可能性もあるよな。怨恨ってのは?」
「もちろんそれも。だけどあの表向きの顔じゃあ、怨恨を作らないようにしていた、という可能性は大きいな。それも細心の注意を払って」
「穏やかな顔で」
「まーね。虫一つ殺さないような顔で。だからたぶん表向きの顔に対する『敵』さんに関しては、そう難しく考える必要はないだろうな。裏に関しては……」
「少なくとも俺達が彼女の裏を知らない、という前提で彼女は俺達を雇っている訳だから」
「うん」
キムはうなづいた。
「俺達は、少なくとも『表向きを調べている』ふりをしなくてはならない。向こうもそのつもりで、本当に見つかってほしいものなら、それなりの対応をするだろうな」
「対応待ち」
「だな」
なかなかそれはGにとって、はがゆいものがあった。