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第1話 惑星コッぺリアにてG君、連絡員キムと再会

 待ち合わせはアンティークショップの前だった。


 ショウウインドウの中をぼんやりと眺めながら、彼は待ち人が来るのを待っていた。

 雨上がりの街。濡れたアスファルトは顔を出した陽の光にまぶしい程輝き、くぼみに所々できた水たまりには青い空が映っている。

 ショウウインドウの中には大きな人形が、精巧な細工の椅子に座って外の世界の彼を見つめていた。ひどく大きな、空と同じ色の瞳は、じっと見ていると吸い込まれそうに深い。


「ふーん、こんなの好きなの?」


 背中ごしに飄々とした声が聞こえた。彼はゆっくり振り向く。


「嫌いじゃあないさ」

「へえ」


 待ち人の栗色の長い髪が、軽く束ねただけで、陽射しを受けてきらきらと輝いていた。


「そういうもんかね」

「少なくとも女の子へのプレゼントには上等だと思うよ」


 ふーん、と連絡員は片方の眉を上げ、意味ありげに笑った。


「だったら手土産を買って行こう」 


 扉を開けると、ぎい、と大きな音がした。


* 


 反帝国組織「MM」の構成員であるGとキムがこの日、惑星コッペリアに居たのは、少なくともガールフレンドへの誕生日プレゼントを探しに来た訳ではない。仕事だった。

 とは言え、手土産があった方がいい事情というのは、どんな仕事であれ、それなりに存在する。特にその相手が女性であったなら。

 彼らが偶然入ったそのアンティークショップは、決して大きくはなかった。だが扱っている品物と同じくらいに年季の入った店構えは、Gを奇妙に安心させるものがあった。


「何が入り用でしょう?」


 初老の店の主人は穏やかな口調で二人に話しかける。


「ちょっと手土産を……」


 Gは語尾を濁す。まあ事実は事実だが、別にはっきりと言うべきことでもない。


「だけど初対面の方だから、どういう物を贈れば喜んでもらえるか判らなくてね」

「女性の方ですか?」

「そう」


 彼はにっこりと笑う。

 端正な顔立ち、艶やかな長い黒い髪、すんなりとした均整の取れた体つき、黒と白、それにダークブラウンという落ち着いた色合いの服が似合う。彼は自分の外見の持つ力を知っていた。


「年上の、上品な方なんでね」

「そうですかそれでは…………」

「これ、いくらになる?」


 いきなり背後から声が飛んだ。会話の路線を狂わせそうなその声に、Gは僅かに眉をひそめた。

 キムは先程彼が見ていたショウウインドウの人形を指さしていた。


「ああそれはお目が高い」


 店の主人は軽く手を合わせる。


「高いの?」

「いえ、それほどお高くはございません。さすがに旧時代のジュモー等に比べれば、ずいぶんとお安くなっております」


 ふーん、とキムはうなづく。Gは何となく嫌な予感がした。

 ジュモーに比べれば、と主人は言ったが、旧時代のジュモーのビスクドールと言えば、一体で帝都に家が一軒建てられる程の金額だったりする代物である。そういうものと比べられて「お安い」と言われても。

 ところが。


「じゃ、これちょうだい」


 キムはあっさりと言った。Gは目を見張った。


「よろしいのでございますか?」


 さすがに店の主人も驚いた。キムは躊躇うことなくカードを出す。金額も見ずに、とGは驚く。


「お送り致しますか?」

「いや、今から持ってくから」


 はあ、と主人もGもうなづくしかなかった。 



 結局キムは大きなしっかりしたパールピンクの箱にリボンまでかけてもらっていた。

 GはGで、手土産用の銀細工のブラシと手鏡のセットを購入してはいたし、それはそれでなかなか趣味の良いものだったのだが、それでも物に格段の差があるのは目に見えている。


「お前結構気前が良かったんだな」


 Gは半歩前を歩くキムにやや嫌味を込めて言う。


「気前? そぉかな」

「金額全然見てなかったろ」

「ああ。でもまあ、出せない額じゃあなかったし」


 確かにそうだった。彼らが行動を起こす時には、それなりの資金が保証される。今回もその例に漏れない。だが彼がこんな風に勢いよく使うのは始めて見た。


「俺はあまり、人形がガラスケースの中に居るのは好きじゃないのよ」


 左腕で箱を抱えながら、キムはいつもよりやや足を速めていた。Gはそれにやや疑問を持ちつつも、それに合わせて足を速めた。


「そういうもんかなあ? 確か俺の実家にもそういうのは沢山あった気がするけど」

「悪趣味だよ」


 軽く頭を振って、キムはさらりと言った。

 反論をする程のことでもないのだが、お前に言われたくはないな、とGは何となく思った。

 とは言え、Gはこの連絡員の名目を持つ同僚の幹部について、そう言い切れる程知っているかと言えば、そういう訳でもない。

 彼はつい最近幹部の名目を与えられてからも、キムとは時々顔を会わせている。

 集合の知らせや仕事の内容を彼が持って来るから、ということもあるのだが、どうもそれ以外に、キムの方に、自分と会うこと自体を楽しがっているふしがあるのだ。

 まあ悪い気分ではない。

 彼は好かれることに慣れてはいたし、そういうものは嫌いではなかった。時々夜に誘われれば付き合ったりもする。行為自体も別に積極的にどうのということはないが、嫌いでもない。 

 とは言え、この連絡員が、泣く子も黙る軍警の中佐とテロリストという相反する二足のわらじを履いている強者の同僚の愛人であるという事実もまた存在する。なので単純に好かれて嬉しいかというと、非常に複雑怪奇なものがあるのだった。

 さすがに彼も、あの中佐の愛用の鞭で叩かれるのは二度とごめんだった。

 そんな二人の足は、コッペリア首府ペトルーシュカの市街の、ある一つのアパルトマンの前で止まった。頑固なまでの石造りの建物は、市内でも高級な部類に属していた。

 植物的にうねうねとした曲線でふんだんに飾られた昇降機の柵がざっ、と開く。ボタンを押すと、機械の上方に、階数は矢印で示されていた。

 目的の人物は最上階に住んでいた。矢印がチン、と音を立てて止まると、目の前には、広々とした風景が広がっていた。

 二人はエレヴェーターから降りると、すぐ近くの窓から下を見おろした。さほど大きくはない市街地の向こうには、豊かな緑が広がっている。初夏の美しい光景だった。


「夜になると、向こうの星の夜景が綺麗だよ」


 キムはさらりと言った。


「来たことがあるのか?」

「いや、コッペリアは始めてだよ」


 ふうん、とGはうなづいた。


「ここか」


 キムは呼び鈴を引いた。からんころん、とカウベルをやや丸くしたような音がその場に響いた。インタホンから、少女の声がどなた、と訊ねてくる。Gはそれに向かって話しかけた。


「先日紹介をいただきました者ですが……」


 はい少々お待ち下さい、と少女の声は告げた。扉が開いて、声は実体化した。

 そこには二人の少女が居た。

 どうやら交互に返事をしていたらしい。ネガとポジだ、と見た瞬間Gは思った。

 少女の一人は、黒いワンピースに白い襟、そして真っ白なフリルつきのエプロンを付けている。一方その横に立つ、同じ顔の少女は、白いワンピースに黒い襟、そして黒いエプロンを付けていた。


「オデット、オディール、お客様をお通しなさい」


 はあい、と少女の声がユニゾンになり、二人は線対称にどうぞ、と二人を手まねきした。


 Gはキムは顔を見合わせた。



「お初にお目にかかります、マダム・カーレン」


 Gは最上階の女主人に軽く頭を下げた。小柄な女主人は、軽くウェーブのかかった真っ白な髪を揺らした。歳の頃は六十を少し越えているだろうか。落ち着いた、柔らかな声で彼女は返事をする。


「こちらこそ。ロートバルト伯爵のご紹介だったら確かですわね。サンド・リヨンさんとキムさんでしたか」


 はい、とGは自分の普段使用している偽名に返事をしながら、キムの偽名らしきものにおや、と思った。考えてみれば、彼はキムのこの偽名一つすら知らなかったのである。


「初めましてマダム。これは我らが敬愛するロートバルト伯爵からの心からのお品です」


 そう言ってキムはいつもの飄々とした態度などどこ吹く風、とばかりに、先程買い求めた人形の入った箱を差し出した。Gもそれに続いて自分の贈り物を出す。


「まあ何かしら?」

「伯爵はきっとマダムが喜ばれるだろうと」


 その間にも彼女はいそいそと箱をひもといていた。そして軽い紙に包まれた人形を手にした時、その顔がぱっと輝いた。


「まあ可愛らしい」

「お好きでしょう?」

「ええとっても」


 それはよかった、とキムはうなづいた。そして念を押すように言う。


「できれば、ガラスケースになど閉じこめないでおいてほしいのですが」

「ええもちろんよ。そうねえ、よく似てるわ」

「そういう人形をお持ちでしたか?」


 Gも口をはさむ。


「……そうね。……いえ、それもそうだけど」


 ふと老婦人は、人形を抱いていない方の手を頬に当て、目の前の青年の顔をまじまじと見た。


「キムさん――― あなた何処かで会ったことはなくって?」

「いいえマダム」


 キムは即座に否定した。


「私はこちらに来るのは始めてです。コッペリアには」

「そう。そうよね」


 老婦人はやや寂しげに笑った。そして聞こえるか聞こえないくらいの声でつぶやいた。


 彼が居る訳はないわよね。


 Gはそれを耳にした瞬間、何かが引っかかるのを感じた。


「お二人ともどうもありがとう。大事にしますわ。ロートバルト伯爵にも私に代わってよくお礼を言っておいて下さいね」


 はい、と二人は揃って返事をする。


「ところで、僕たちの仕事とは……」


 ああそうね、とマダム・カーレンはGの方を向く。老婦人は彼の存在を忘れていたかのようだった。


「それではお話致しましょう、探偵さん」


 今回の彼らの仮の役回りを彼女は端的に述べた。



「それじゃあまたお会い致しましょう」


 マダム・カーレンは用件を聞いて出て行く二人を戸口まで見送った。


「またね」

「またね」


 オデットとオディールは線対称にひらひらと手を振った。


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