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第17話 「ようこそ我らがパーティへ」

 男の声だった。外見とは完全に違和感があるが、確かに。

 地下放送でG自身、時折り耳にしたことのある―― Mという、何処かの民族の古い神と同じ暗号名で呼ばれる、彼らの盟主の声だった。


「つまりなあ、これはお前のテストも兼ねていたんだよ」


 中佐はGの方へ向き直る。


「テスト?」

「ああ。幹部としてのな」


 冗談! と反射的に口に出す。


「冗談ではない」


 盟主Mの抑揚のない声が会話を引き取る。Gは引かれるようにMの方へ身体ごと向く。


「は……! 冗談としか思いようがありませんよ」

「何故だ?」


 あくまで変わらない口調。それが彼を思わずむきにさせた。


「経験が無さ過ぎます。所詮僕は、まだ活動を始めてほんの僅かな時間を過ごした下部構成員に過ぎないじゃないですか!」

「お前は自分の資質という奴を知らない。資質を持った奴がそれを生かさずに安穏としているのは罪悪に等しい」


 間髪入れず告げられた真実に、ぐっ、と彼は言葉に詰まる。

 その後を中佐が続けた。


「いずれにせよ、お前に選択の余地はないんだよ?下部構成員としては知ってはならないことをよぉく知ってしまっているからな」


 くくく、と再び中佐は笑う。


「知ってはならないこと?」


 訝しげに彼はそこに居る幹部達を見る。

 そうだ。これは幹部なのだ。それも最高の部類の。あの連絡員の顔をしているキムにしたところで。

 中佐は手にした鞭で自身を指す。


「あいにく俺は本当に軍警中佐なんだよな。名前は本物ではねえが」


 そして通信席に座っていた伯爵は、くるりと椅子を回し、指を優雅に組むと微笑する。


「私は正当なる帝国の伯爵だ。まあどんな伯爵かは非常によく変わるが」

「俺はただの平凡な一市民だよーん」


 へらへら、と笑いながらそう言うキムの言葉には、さすがに何処がだ、と思わずGは頭を抱えたくなった。

 Mはそんな彼を見ながら、変わらぬ口調で再び彼に話しかける。


「至る所に、我々の悪意を蔓延させ、それを悲劇として成就させるために、我々はそれぞれの地位と位置を利用している訳だ」

「……」 

「それは決して知られてはならない。だがその状態を楽しめなければならない。そしてお前にはその資質がある」


 彼は思わず息を呑んだ。


「あいにく我々は、自分達の行動を正しいなどと考えてはいない。そんな傲慢は身を滅ぼす元になるだろう」

「だが俺達はそうと決めてこの集団に参加してしまった。目的を持って走り出してしまった。だとしたら、今更綺麗事なぞ言えないだろう?」


 彼はうなづく。そうするしかなかった。


「それにお前は、既にこの活動を楽しんでしまっているよな?」


 決定打だった。


「僕は……」


 彼は反論を試みようと思った。反論したい、と。

 だが口に出す前にそれは彼の中で霧散した。事実なのだ。


「忘れるな。お前は既にそれを楽しんでしまっているんだぜ。今更どのツラさらして善意だの良識だの中に戻れると思っている?」


 中佐の言葉は彼に深く突き刺さる。

 戻ろうなどと、思ったことはない。だけど、戻ることもできる、と心の片隅で考えていたのは確かだ。


「そんなの無理だね」


 キムはひらひらと手を振り、陽気にきっぱりと否定した。


「お前自身がそうなりたがっているのさ。お前が気付かない振りをしていてもね」


 彼らの言葉を否定することはGにはできなかった。

 今回の任は、それまで彼が実行してきた作戦より、明らかに厄介だった。だがその厄介さ楽しんでいる自分は確かに存在したのだ。

 少女人形は言った。あなたいい顔してるわ。

 訳の判らない状況が。そしてその状況を打破するべく動くことが。危機対処が。そして破壊が。

 例えそれがある種の悪意によって動かされ、結果的に悲劇と化したとしても!

 自分は結局それを望んでこの集団に身を任せている。楽しんでいる者に、善意とホームドラマの中に帰る資格はないのだ。

 元より、帰る気は無いのだが。


「僕に何を望んでいるのです?」


 GはMに向かって問いかける。

 盟主はゆっくりと艦長席から降りてきた。

 その足どり。衣装は違っても、確かにあの蒼の女王のものだった。


「大したことではない。悲劇に携わることなど、いつだって大して変わるものではない。たた悪意を構想するのは、我々だ。その一端を担うものとなれ。それだけだ」


 そしてその口から漏れるのは、あの放送が流す、絶対の命令。


「悪意の構想」


 彼は口にしてみる。


「そうだ、悪意の構想だ。自分のを思い出せ。そして悲劇の立役者となるのだ」


 それはGにとって、ひどく厄介に感じられ――― が、同時にひどく魅力的に感じられた。

 いずれにせよ彼に選択権は無い。何処にも気配を感じさせない彼らは、拒否したと同時に彼を抹殺するだろう。分かり切っている。

 Gは死ぬ気はさらさらない。今のところ。苦痛も快感も、生きてこそある。


「わかりました」


 はっきりと彼は答えた。

 にやりと中佐は笑い、すっと手を上げる。

 そしてなめらかに手をひろげ、やや芝居かかった声を立てた。


「ようこそ我らがパーティへ」


 それはあの道化師の動きだった。

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