何処から発射されたのだろうか、その光線は建物の中から撃たれたものではなかった。
角度が違う。全く予期しなかった方向だ。他の局員かとも思われたが、その気配もない。全くそこには気配が感じられなかったのだ。
だがそんなことを考えている場合ではない。彼はすぐに倒れた少女の身体をエレカに積み込み、同時に発車を促した。
「このまま港まで行くぞ」
キムはそう告げるとアクセルを踏み、スピードを上げる。扉の無いエレカには、この都市ではありえない、不快な程の風が音を立てて入り込んでくる。
少女人形は正確に胸を打ち抜かれている。それで即停止すると言う訳ではないが、修理はこの場では難しいことは一目で判る。
血の一滴も出る訳ではない。傷口から見えるのは、先刻彼女が直した車と同じような回路やコードばかりだった。
ぱちぱちとそれらがショートして生まれる火花は、線香花火の最後の輝きにも似ている。
「ごめんねG、あたしあと五分で停止する。言わなくちゃならないことたくさんあったのに」
目を閉じた少女はそれまでと違い、妙に抑揚を欠いた声で彼女の恋しい男に向かって語りかける。
「そんなこと言うんじゃない! 君のタイプは、データバンクだけでも引き出せば蘇生できるじゃないか!」
少女は真っ赤な目を半分開けて、首を横に振った。
「駄目よ。あたしのデータバンクにはFMN系が入り込んでるもの。開けてはいけないの。そう言われてるの」
誰から、と考えてGははっとした。
「だから、ここ以外では絶対に、開けてはいけないの」
ルビイは繰り返す。彼はその意味がやっと理解できた。
「……」
「笑い猫のお兄さん、そうでしょ?」
「……ああ」
普段のキムからは想像もできない程、暗く重い声がGの耳にも入りこんできる。
「だから置いていってねG。ねえキム、
「あれ?」
「ああ、判ったよ」
港に着いた時、それでも少女の意識はまだあった。
キムはポケットから何やら黒いキューブを取り出すと、少女の手に握らせる。
少女はそれをぎゅっと握りしめた。
「早く行って。時間が無くなる」
そうだな、とキムはエレカから降りる。
Gはなかなか立ち去りがたい自分を感じていた。
「早く行って」
少女は重ねて言う。それは絶対の命令のように。
「ルビイ」
「さよならG。楽しかった」
そして真っ赤な目は、それだけ言うと、自分からその光を閉ざした。
「行くぞ!」
キムはぐい、とGの腕を引っ張る。一瞬バランスを崩しそうになったが、まだ若いテロリストは素早く体勢を立て直した。
*
港では三人の、軍警の姿をした者が待っている。Gはその顔ぶれに一瞬身体を固くした。
「あんた達は」
「説明は後だ! おいキム、何分後だ?」
中佐が叫ぶ。キムは時計を見る。
「あの時――― だったから、あと13分。それでも一番俺の持ってるのでは一番長い奴だったよ」
「御託はいい。中へ入れ。出発する」
後の二人もまたうなづく。一人が伯爵なのは判る。だがもう一人の長い黒髪の麗人がGには判らない。
「何やってんだよ、早く!」
キムは何かに躊躇しているような彼に向かって怒鳴った。
「あの人は?」
「蒼の女王だよ」
短くキムは答える。
そう言えば、そうだ。あの豪奢な蒼の衣装がないとこうまで印象の変わるものか。
「そして、我々『MM』の盟主でもある」
走りながらも、それでも穏やかな伯爵の声に、Gは耳を疑った。
*
横たわる少女は最後の瞬間つぶやく。
「ありがとう女王さま。あたしに素敵な時間と大きな棺をくださって」
*
出発した船からも、その爆発は判別できた。
その爆薬は、ドーム都市の外壁に傷を付ける様な威力はなかったが、発色物質を込められていたので、爆発の瞬間大きく花開いたのだ。
「こういっちゃ何だが、判りやすいな」
「でしょう?」
中佐とキムは並んでその光景を見ながら、実に素直な感想を述べる。脱出した船のブリッジのスクリーンには、先刻飛び立ったばかりのグラース市が一面に映されていた。
皆、平然として思い思いの感想を口にしている。一人をのぞいて。
Gはそれを見ながらも、ひどくやるせない気分が胸の中に広がるのを感じる。
彼は気付いていた。FMN種を抱え込んだ少女機械は、そこで破壊されるために送り込まれていたのだ。
確かに主要部分にナノマシンが入り込んでいたならば、機能停止するのは時間の問題だったろう。
だけど。
そこまで考えて、彼は苦笑する。
前を行く者が計画に邪魔なら、人殺しも平気だ。あの秘書機械を壊すことにもためらいはない。なのにまだそんなことで胸が痛む自分がいることが奇妙におかしかった。
「そろそろ言ってくれても良いと思いますが」
彼は口に出した。
ブリッジには彼ら五人以外の人間は存在しない。捕獲した「無関係者」は眠らせてポッドの中に閉じこめてあるし、下部構成員達は別の船で脱出しているという。
「何を?」
「この悲劇のもう一つの目的ですよ」
「目的など、下部構成員に必要なかろう?」
鞭を片手に、もう片方の腕をキムの肩に乗せて、中佐は気怠そうに笑いを浮かべる。置かれている側の連絡員は、何ごともなかったように、陽気な笑いを顔に浮かべている。
「だったら僕も向こうの船に乗せればよかったんです。わざわざこっちに乗せる必要はないはず」
「まあそれはそうだな」
くっくっく、と中佐は笑う。
「いい加減言ってやんなよ。ナーヴァスになってるのよ、こいつ」
やんわりとキムは誰にともなく口にする。その言葉は事実だった。Gは唇を噛む。事実は時には一番人の心に突き刺さるのだ。
「言ってもいいですかね」
中佐は腕を下ろすと、ふらりと蒼の女王に顔を向け、問いかけた。艦長席にゆったりと腰を据えていた盟主は、いいだろう、と言った。