まぶたの裏で、光が揺らいだ。
「『泡』では全てが全て眠りについたのか?」
加えられる刺激の中、頭の半分で生きている理性を回転させて、Gは連絡員に問いかける。
確かにこの男は曲者だった。
この状況でも口調一つ変わりはしない。
「人間は。もしくは類似する生物は」
「では生体機械はどうだ?」
「あれもタイプによるからね」
質問に的確に答えながらも、連絡員は同志のテロリストに攻め込む手を止めない。いや手だけではない。
「だとしたら」
ふっと彼の喉がのけぞる。
半ば閉じていた目が開く。
視線が絡む。
「何か判ったの?」
「まだ推測の段だ」
頭の半分で快感を受け取りながらも、彼のもう半分は短い期間に受け取った情報を解析することを止めない。
何かが彼の中で引っかかっていた。
ふと、唐突に動きが止まった。
「そういう態度は好きじゃあないなあ」
連絡員はやや身体を起こしてつぶやいた。
「興ざめするじゃねえの?」
「何」
「素人だって判るでしょ。お前本気じゃあないもん」
「本気だよ」
「嘘だね。そういうのは、判るもんなのよ」
眉を軽く寄せる。
見すかされたような気がした。
彼はそういう行為は嫌いではないが、好きという訳でもない。
相手の立場がどちらであろうと、自分がどちら側であろうがGには大した問題ではない。
苦にならない、という点ではそれは武器になったが、逆にこういう所でネックになるとは思わなかった。
キムはそれ以上何も言わなかった。
その代わり、無言の抗議は延々と続けられた。
捨てるべき場面では、理性は捨てろ、と。
失墜の感覚。あの、天と地が逆になった時に感じるのと似た。
「墜ちてみろよ」
つぶやいた、そんな気がした。
*
「疲れ果ててるねえ、お前」
くくく、と中佐は笑った。
数時間後、別の部屋に、類似した別の舞台がしつらえられていた。
真っ白なその舞台の真ん中で、先刻の主演役者の一人は腕を大きく伸ばして転がっていた。
「当然でしょ…… ったく、あんなに気の無い奴も珍しいんじゃないかよ」
「精も根も付き果てたかい? 馬鹿じゃねえの?」
「うるせえ」
それを聞くが早いか、目が覚めるような赤の髪の将校は、それまでテロリストを責めたてていた男にのしかかっていた。
「疲れ果ててる奴なんぞ楽しくないだろ? 止めとけば?」
「それとこれとは別」
「好き者」
「そりゃあ俺はお前のこと愛してるものね」
「はあそれはどうも」
「それに」
中佐の金色の目から笑みが消え、凶悪な光が宿る。
「話したいことは色々あるしな」
*
なかなか冗談じゃないな。
ふう、とGは相方がいなくなった部屋の中で、どう仕様もなく気怠い疲れの残る身体を伸ばし、冷静を取り戻した頭で考える。
全く曲者め。手加減というものを知らないのか。
そう考えたところで、彼はふと苦笑する。
そんな甘ったるい発想がまだ自分にもできたのか。
部屋の隅の冷蔵庫から、彼は水のパックを取り出すと一息に呑む。
内側から、身体を冷ましたかった。
飲み干すと、汗が一瞬にして吹き出し、そして止まる。
開け放った窓から走り込んでくる微かな風は、それをさっと引かせていった。
快適な風だ。
この都市では、快適な風しかない。
ない筈だった。
彼は、その中に混じる臭いにふと眉を寄せた。
彼は窓の側に近づき――― 眠気が一瞬にして覚める自分を感じていた。
森が、燃えていた。
手早く服をつけ、彼は森の方へと駆け出した。
*
スプリンクラーが何処からか出現し、その能力を余すところなく発揮しているにも関わらず、火はただただ燃え盛るばかりだった。
「伯爵!」
「ああ、リヨン君、君か」
寝間着にガウンを羽織っただけの伯爵が、半ば呆然とした表情で消火の努力と火の威力を同時に見つめていた。
「一体これは」
「判らん…… それより君、ルビイを見なかったか?」
「ルビイ嬢を?」
ああ、と伯爵は彼の答を聞くや否や、両手で顔を覆った。
「彼女がどうかしたのですか?」
「いないのだよ。館の何処にも」
「いない」
彼は眉を顰る。
「使用人の誰に訊ねても知らないという。さすがにあの子も、客人の寝室に忍び込む程不作法な筈もない。てっきり私は、君の所かと思っていたんだが」
自分の元に忍び込んでいても、それは充分不作法であるような気がするのだが、と彼は思う。
「だったら、僕の部屋に確かめに来て下さっても良かったものを… いや、この状態では動きようがありませんか」
「それだけではない。実はリヨン君、常々あの子は狙われていたのだよ」
「狙われて」
「実は、あの子は蒼の女王からこの私が預かった子なんだ」
「あの方の敵対勢力が近くに居たと言うことですか?」
「そうだ。くれぐれと、と言われたものを…… あの方に対し面目が立たない……」
ふっと伯爵の足がふらつく。彼は慌てて手を差し出した。
伯爵の身体は意外に華奢で、Gよりも充分小柄だった。
森を焼き尽くそうとする炎の色がその顔に奇妙に説得力をもたせる。
伯爵はやや見上げるような形で、彼の両腕を掴む。
何を考えてるのか知らないが、哀願するようなこの恰好はなかなか彼をぞくぞくとさせた。
「頼む、彼女を捜してくれ」
「言われなくともそうしますよ」
それはもとより、そのつもりだった。