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第60話

 よりによってあの女と鉢合わせるとは・・・・・・。


 ラプアは肩で息をしながら、命の危機を脱したことに安堵した。


 こちらを見ても反応がなかったということは押さえ込めている証拠でもあるけれど、一度殺されそうになった相手だ。警戒しておくに超したことはない。


 しかし困った。


「まさか一人で帰ることになろうとは」


 一人が怖い――わけではないが、いつも隣にいる人間が不在だと一抹の寂しさを感じる。


 熱帯夜の空を見上げながら途方に暮れた。


 話す相手もおらず、周りが静かだと考え事に耽ってしまう。


 これからサヴァイブファイトを止めるために、悠里は何かしらの行動を起こすはず。すべての戦いを無くすために、だ。


 ……では全ての戦いが無くなったら私はどうなるのだろう? マスター達がドゥーガルガンを次々と手放したり、殺したりしだしたら私も殺されるのだろうか?


 寂しさの影に一抹の不安が過る。


 悠里はきっと離さず持っていてくれると信じていながらも、戦いが終わってしまえば、不要になれば私はどうなってしまうのだろう、そういう不安だ。


「なら戦いが終わらなければ良いのに」


 そう望む自分もいる。そうすれば悠里の元に命尽きるまで居られる。


「ダメだ。それじゃ悠里が現実を受け入れた意味がない。私としたことが……馬鹿だな」


 夜景に向かって首を振る。自分の弱さを振り切るように走り出そうとすると、


「ちょっと待ちなさい」


 等間隔の街灯の一つで、待っていたかのように声を掛けてきた二人の少女。


 フードを被っていて顔は見えない。しかし声の感じは記憶の奥にある。


「何か用か?」

「話があるの。少し、聞いてちょうだい」

「ならまず顔を見せろ。誰かは知らんが、顔も見せない奴の話に聞く耳は持たん」


 知らない人にはついていかない。声を掛けられても無視する。幼い頃から悠里に言いつけられていたことだ。


「ごめんなさいね。じゃあ、これでいいかしら?」

「・・・・・・お前は」


 ラプアは驚嘆する。驚きで足は固まってしまった。



 翌の早朝、部室に集められた悠里達に涼が突拍子もないことを告げた。


「EOS三日前だが、今日の午後から、埼玉で練習試合をする」


 眠い目を擦る全員の目を覚ました言葉の一撃。


 悠里はいくら何でも無茶が過ぎると思った。


「涼先輩、幾ら何でも無理じゃないですか?」

「そうか? 私が立てた計画通り進めば行けるはずだが?」

「ひとまず聞いても?」


 涼の立てたスケジュールはこうだ。


 まず午前はうちのフィールド練習。


 昼前には出発して午後一で埼玉のフィールドについて練習試合を始める。咲良は追試が終わり次第、合流して参加する、といった内容だ。


 幸い東京からほぼ直通で行けるから移動時間は気にするほどじゃないが、


「けどこのタイミングで練習試合なんて、意味あるんですか?」

「流石は悠里少年、鋭いな。相手はEOS群馬代表『横川工業高校』。申し込んだら快く引き受けてくれた」

「本気なんですか?」

「至って本気さ」


「マジかよ」「よくオッケーしたな」と先輩達もざわついている。


 横川工業高校は群馬県内でも『.236』の全国常連校。今年のEOSにも出場してくる学校だ。


 大会間近のタイミングで、よくぞ引き受けたものだ。


「本当は向こうのホームグラウンドで戦いたかったが、致し方ない」


 凄まじい闘志。それはそうと問題は咲良だけじゃない。


「銃は大丈夫なんですか?」

「私なりに調整した。不安定だが動きはする。まぁそういう諸々の調整も兼ねてだ。気楽に行こうぜ」

「気楽って・・・・・・」


 あまりに楽観的すぎて心配になってくる。


 EOSでも敵として当たるのだ。手の内を見せるような真似は避けるべきだが、言って聞く質じゃない。


 もはや誰にも止められないと肩を竦めて準備しようとしたとき、


「待て悠里少年。もう一つある」


 涼が制し、


「一人、新たな部員を紹介する」

「部員? このタイミングで、ですか?」

「あぁそうだ。かなり有望な人材でな。声を掛けたらこっちもオッケーしてくれた」

「へぇ・・・・・・それで、その人は?」


 皆見知った顔が並び、それらしい人はいない。と、


「出てきたまえ!」


 そう言うと、机の影から白色のサイバーパンクに出てきそうなヘルメットがニョきりと生えてくる。


「な、生首?!」

「新入部員のヘルメットさんだ! 昨日射撃場を貸したら目を見張る射撃センスでな。部に是非と声を掛けたんだ」

「えっと、サバゲーの経験は?」

「恐らくない。だが狙撃手としてピカイチの腕は持っている。私が保証しよう!」

「ってちょっと待ってくださいよ! もしかして出す気ですか?」

「長距離狙撃においては悠里と肩を並べると思う。君と二人で組めば前に出る私たちも心強い」


「いやいやいや」と悠里。未経験者をいきなり、それも全国の舞台に出すのはリスクが高すぎる。


「そのセンスを見極めるための練習試合でもある。ヘルメットさん、これはある種の通過儀礼だ。分かったか」


 コクと頷くだけで何も言わないヘルメットさん。しかしこれでは、


「コミュニケーション取れるんですか?」


 そう聞くと、フリップボードを出して「愚問だ」と反ってきた。言葉遣いが少し生意気な気もする。


「まぁそういうことだ。すぐに出すとは言わない。はい、この話は仕舞いだ。各自練習始めろー。あ、咲良は追試までしっかりやるんだぞ」


 しかしヘルメットさんは何者なんだ。先輩もこんな素性の分からない人を拾ってきて気は確かか。


 巨大な不安を抱えながらも、悠里は練習へ向かうのだった。

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