「お先です」
「場所、ありがとうございました!」
「お疲れ様少年。咲良も追試頑張ってね」
バイトが終わった夜の八時。そのタイミングで勉強に一区切りつけたラプアと咲良と共にスティールを出る。
「明日の追試、なんとか乗り切れそうです!」
と自信満々の咲良。
カウンター越しに聞こえたラプアの指導はまさにスパルタ。間違えれば出来るまで何度も練習させるのが彼女流だ。
けれど教え方が良いからなのか、躓いた問題も五分後には理解していて、悠里は驚かされた。
「なんで普段からやらないんだ」ってラプアがぼやくのも頷ける。決して出来ない訳ではなく、やらないだけなのだと気づかされる。
「あと何科目あるんだ?」
「世界史に数学Ⅰ、現代です。八月の最初までに終わらせれば、ひとまず大丈夫です」
「このペースなら大会前日までには終わる。その代わり、私が出した課題はちゃんとやれよ。じゃないと、努力が無駄になる」
「は、はい」
目を逸らし、悠里へ助けを求めている。俺に向けられても困るんだよなぁ。
帰路を進み、やがて咲良と別れるポイント、大通りの交差点へ出る。
「私こっちなんで。悠里君、また明日部活で」
「じゃ明日」
「寄り道しないで帰るんだぞ」
「分かってますよ! 気をつけて」
別れ際、そう言ったとき、
「やぁ悠里君に咲良さん」
「「真理さん?!」」
それを聞いた瞬間、ラプアは全速力でダッシュする。
横断歩道を渡ってきていた真理に声を掛けられたのだ。
驚く二人に真理は何か良からぬ想像で察し、
「あっ・・・・・・もしかして、デートの最中だった?」
とひそひそ問う。勿論、首は横に振った。
「それはそうと、二人を探していたんだ」
どうやら偶然ではないらしい。けどと悠里は疑問をぶつける。
「俺達がここで別れるなんて、誰から聞いたんです?」
「この時間にここで待ってれば来るって、うちの優秀な狙撃手が言ってたんだ」
結衣の仕業だと咲良は真っ先に思った。
「立ち話もなんだ。君たち、ディナーはまだだったよね? お姉さんが奢ろう」
「「ごちそうさまです!」」
「またハモった。本当、息ぴったりだね君たちは」
真理は感心し、二人を近場のハンバーガーショップへ連れ込むのであった。
「しかし、よく食べるね咲良さん」
トレーに載りきらないほどの数のハンバーガーを咲良は貪り、悠里と真理は半分引いていた。
その食いっぷりは鮮烈で真理も話したかった内容を一時忘れるほど。
彼女が最後の一つを食べ、全員がバニラシェイクを片手にしたとき、ようやく本題に入れた。
「予選が終わって、サヴァイブファイトを止めるための具体的な方法について考えていたんだ」
悠里は和やかだった心を引き締める。
「ドゥーガルガンを無力化する方法が破壊するだけとなると、やはり対話が一番平和的で堅実的だと思う。私の日記にもあるんだけど、マスターでもその代償を知らない人がかなりいる」
「存在を賭けている自覚なしに戦ってるってことですね」
「そう。真実を知れば私たちに理解してくれるマスターもいる。けど、問題は戦いを止めなかった場合だ」
「前の俺のように」と悠里は独り言ちる。
「そのときは咲良さん。君が要になる」
「わ、私ですか?!」
「君はドゥーガルガンを凌ぐ力を持っている」
「買い被りすぎですよ! アレは偶然です。火事場の馬鹿力みたいな」
「マスターではない君が一番の適役だと私は思う」
「同感です。それにもし咲良がマスターだったら、なんて思うと戦う気も失せますよ」
心臓が跳ねそうになった咲良。顔を顰めたのは刹那だが、互いに夢中の二人には気づかれていない。
「悠里君まで」
「引き受けてくれるかい?」
「そこまで言われたら、断れないですよ」
「じゃあ決まりだ。私も協力する。ただ」
「ただ?」
「EOSではサポートできない。選手じゃないし、編入試験も間に合わないからね」
「編入?! 真理さん、城西に来るってことですか?!」
突然のカミングアウトに悠里は思わず立ち上がってしまう。
「試験はパスした。ようやく君と想いを同じに出来たんだ。傍にいない手はないだろう悠里君」
「そ、そうですけど。茗荷谷の人達はオッケーしたんですか? 去年の大会でも大活躍だったのに」
部活の主体が今の二年生、真理達の代になるのに転校なんて、きっと猛反対を喰らったはずだ。
けれど彼女は首を横に振って、
「記憶を失って、すっかり腕も落ちたんだ。それでこの前の試合もあっただろう? 誰かを率いるにはすでに落ちぶれていた。潮時だと思ったんだ。部員には全部話して背中を押して貰った。心配ないよ」
「ならいいんですけど」
咲良の不安そうな顔は、きっと結衣のことを思ってだろう。
先輩に生意気な当たり方出来るほどには信頼されていたように見えたから。
「恐らく九月には転校できると思うから、それまでは裏方に徹するよ。こっちでもドゥーガルガンについては探ってみるから」
しかし心強い仲間がまた一人増えることになった。
落ちぶれたなんて言っていたけど、俺とラプアを一人で抑えたプレイヤーだ。
まさかの出来事に悠里の心は躍っていたが、その一方で大役を任された咲良は怪訝な表情を浮かべたままだった。
私自身、もう普通のプレイヤーでないのだから。知っていながら黙ったまま頷いた。後ろめたい気持ちを無視して、そう選択したのだ。
自分自身が招いた後悔に苛まれながら、咲良は離れていく悠里の背中を見送るのだった。