春風で桜が落ちる中、私は孤児院で生まれた。
捨てられていた、という方が正しい。けれど私の記憶ではそこが始点、物心ついたときには広いホールと施設の職員が親代わりであった。
そんな私を知った他人は口々にこう言う。
可哀想だね。辛かったよね。独りぼっちは寂しかったよね。
意味のない言葉は私のことを捕まえて離さない。
声を掛ける彼ら彼女らに本心などない。相手を救って気持ち良くなりたいという自己満足が透けて見える。
だから私は口端に涎を這わせ、大きな口を開いて口裂き女のように笑う。
そうして私に言葉を掛けてくれる人は居なくなっていった。たった一人を除いて。
「その顔、美しくて素敵」
孤児院を訪れた壮麗な少女が、私の笑顔に言った。
言葉を間違えて覚えてるのか、それとも馬鹿にしているのか。私は初めて怒りで手を挙げた。
偽りしか知らない私。けれど、彼女の本心と気づいた時、計り知れない罪の意識が己の身を焼く。
しかし彼女は純粋無垢な笑みで慈悲をくれた。
「私に付き従いなさい。私を慕い、忠義を尽くすの。そうしてくれる限り、貴方のことを心の底から愛すわ」
私は頷いた。
彼女の言うことを何でも聞く。身体も魂も全て捧げる。跪いて彼女の手の甲にキスをしたとき、愛という麻薬に浸かる気持ちよさに震えた。
それが私『
十数年の月日が経っても、その関係は変わらない。
今、喫茶スティールの一角で仲睦まじそうに話すカップルにあかりの銃口は据わっている。
「イヒッ。ねぇアリスちゃん。あいつ、撃って良い?」
「セーフティーを掛けなさい」
姿は見えないけど確かなアリスの声は聞くだけでゾクゾクと身体を疼かせる。
「分かった・・・・・・」
「そうがっかりしないの。時期に撃てるわよ。我慢できたご褒美に終わったら沢山ヨシヨシしてあげるね」
「うんっ! イヒヒ」
撫でられる想像で頭が一杯になって、ストックを涎塗れにしながらほくそ笑む。
すると携えた銃『ATR―15』は神々しい光と共に彼女を離れ、人へと戻る。
「かぁ最悪っ! まーたお前の涎まみれじゃねぇか!」
短く切った金髪に目つきと口の悪い少女が一人。顔と着ているセーラー服をパタパタとしながら、あかりを詰める。
「アトラ。お座り」
「お座り、じゃねぇよマスター。前にもあたし言ったよな! ストックに涎垂らすんじゃねぇって!」
『アトラ』は癇癪を起こしてその場に座り込む。
「ちゃんとお座り出来てる」
「うるさい! もう銃になんないからな! 絶対ならん」
「それだとアリスちゃんのミッションをサポートできない」
「それで結構。何度言っても聞かないマスターのことなんか知らん。お前なんて私がいなきゃ、誰の役にも立たない情緒不安定の口裂け女だよ!」
口酸っぱく言ってるのに直らない。アトラは背を向けて口も利いてやらんという構えだ。
しかしそれがあかりにスイッチを入れる。
「それじゃ、私はアリスちゃんから必要とされなくなる・・・・・・」
アリスちゃんに従うことだけが生きがい。
「アリスちゃん無しじゃ生きていけない・・・・・・私に生きる価値なんてない・・・・・・やだ。そんなのやだ」
不安が過った瞬間、爆発する。
見捨てられる恐怖、絶望。それがあかりを狂わせる。
「やだ。見捨てないで。お願い・・・・・・アリスちゃん!」
無線のイヤホンや髪の毛をむしり始める。
やっぱりこうなるのか、と半ば呆れているアトラ。彼女の元へ戻ると、優しく抱きしめて銃の姿へと変わる。
「少し言い過ぎた。あたしが悪かった。ごめん」
こいつはアリスの役に立たないと思うとどうしようも無くなる。
ドゥーガルガンで無ければ見捨てている。アトラはそう思いながら、優しく宥めてやるのだった。