EOS本戦まで残り5日。
練習も終わって悠里がバイトと洒落込もうとしたとき、涼に呼び止められた。
二人きりで話がしたい。皆の前で堂々と言う彼女は部室に連れ込むと、
「実は君に頼みたいことがある。君しか頼めないことだ」
「俺にしか?」
「あぁ。少々トラブルを抱えてな。ここからは他言無用で頼む」
鬼気迫る表情で口火を切り、心臓が跳ねて色んな想像が脳裏を駆け巡った。
まさか本戦に出られないとかか?! いや、それなら俺にしか頼めないとは言わないし、どうにか出来る問題でもない。それなら発注してたBB弾が間に合わないくらいしか・・・・・・。
けど、どんなトラブルでも涼先輩が藁を縋る思いで頼むのだ。ここは胸を張って引き受けよう。
「なるほど涼先輩。この新井 悠里がそのトラブル、引き受けましょう」
「信じていたよ悠里少年。やはり君は私たちの救世主だ」
「褒めても何も出ませんよぉ。それで、トラブルってなんです?」
希望が見えて涼はホッと息を吐いた。
「実は私の銃の調子が悪い」
「・・・・・・へ?」
「前にラプアを自分で調整したって言ってただろう? だから私の銃の修理を頼みたくて」
悠里は瞬間接着剤が如く固まってしまった。
「ちょっと待ってください。えっと、俺が先輩の銃を?」
「あぁ。ギアボックスのセクターギアが掛けているみたいでな。二発に一発の割合で初速が遅くなる。ギアの交換とトリガーユニットのリプログラミング――」
と、236をやっていても縁が無い専門用語が飛び出す。
なので、速攻で止めに掛かった。
「ちょ、ちょっとストップ」
「ストップって、現状を説明しないと分からないだろう」
「あの、前言撤回で」
「前言撤回?」
「というか、俺には無理です」
「無理・・・・・・だと。自分の銃は自分で整備してるんじゃないのか?」
「それはそうなんですが・・・・・・」
涼先輩はどうやら勘違いしている。
悠里は丁寧に説明すると、一度は晴れた表情が怪訝になる。
「なるほど・・・・・・バイト先の先輩から教わって、パッキン交換とかの簡単な作業しかできないと。すまない、つい勘違いが過ぎた」
「俺も言い方が悪かったです。すいません」
「参ったな・・・・・・大会用に銃を仕上げる時間もない。私としたことが」
涼抜きなんて考えれない。
「銃の仕様ってどんなのですか?」
「DSGの軽機関銃。ギアが特殊だから電子デバイスの調整も必須なんだが」
「DSG・・・・・・じゃなきゃ、レーザーみたいな連射はできないですもんね」
デュアルセクターギア――DSGとはピストンを引くセクターギアの歯が二対になって切られているギアのことだ。
通常の電動ガンはセクターギアに歯が一つ――ギア一回転でピストンが一回引かれるところを、DSGに換装すると一回転で二発撃つことが出来る。すると単純計算で二倍の連射力を絞り出せる。
デメリットは調整の難易度が極端に高いこととやギア比が低いのでバネの強化と高いトルクのモーターを使わなければならないことだ。
「誰か知り合いのガンスミスは?」
「いない。私、昔から奏に全部任せっきりだったから・・・・・・」
涼は死んだ顔で語る。
なんとかしないと。焦りを感じ始めたとき、部室の扉が蹴破られるように開く。
「やぁ妹よ! 私たちが激励に来てやったぞぉって・・・・・・誰もいない?」
溌剌な女子生徒の声で肩を震わせた涼が飛び出していく。
「あ、姉貴?! 何しに来たんだ?」
「何って言ってたろ? 私たち生徒会が、全国行くお前らに挨拶するって」
「・・・・・・言ってたわ」
遠くで交わされる会話。悠里も少し後についていくと、部室にはウルフヘアで涼によく似た生徒と銀色のドリルヘアに眼鏡を掛けたおとなしそうな生徒が入っていた。
「えっと・・・・・・入部希望者?」
「あははは! 今から入部してやっても良いけど、二人とも初心者だぞ? 私たちは生徒会だ!」
「せ、生徒会?! まさか俺達、廃部ってことじゃ」
生徒会が乗り込んでくる理由といえばそれしかない。と悠里は思う。
「んなわけないだろ! 挨拶に来たんだよ。うちじゃ全国大会行く部活なんて珍しいし、我が妹が長を務めるんならなおさらだ。例の件もある」
「姉妹? 先輩お姉さん居たんですか? それも生徒会に」
「ま、まぁな」
「安土 祭だ。よろしくな少年」
「その呼び方は涼先輩そっくりなんですね。新井 悠里です」
祭はニシっと笑って手を差し出す。
「それが生徒会だなんて。えっと書記とかですか? んで、そちらの眼鏡掛けた先輩が会長さんとか?」
「私が会長だ。よく間違われる」
イメージからすると役職が逆な気もする。
「書記の郡山君だ」
「郡山 雫。君の銃は?」
「向こうの机に置いてあるのです」
「少し見ても良い?」
「え? 良いですけど」
ぶっきら棒に言ってスタスタと離れていく。興味がある風には見えないけれど。
「それにしてもよく茗荷谷を倒したなお前」
「今年の一年が優秀だったのさ。特に悠里ともう一人が」
姉妹の雑談には入れらず、遠目で見ながら書記の方を見ていると、
「これもナガラ」
目を眇めてそう雫は呟いた。
「知ってるんですか?」
そう聞くと彼女はコクリと頷いて、そのまま部室を出て行っしまった。
もしやドゥーガルガンのマスター? 後でラプアに聞いてみるか、などと悠里は呑気に思う。
「そういや他の部員は?」
「帰しちまった。姉貴達のことをすっかり忘れていてな」
「普段はしっかり者のお前がか? 明日は雪でも降るかな」
「そういう冗談はやめてくれよ。銃に白テープ巻かなくちゃいけなくなるだろ」
二人は相変わらず冗談を言い合っていて入る余地はなかった。
バイトもあるしこの辺で失礼しよう。悠里は軽く二人に会釈をして部室を出る。
「あ、悠里少年。さっきの件だが」
「俺が何とかします。試合までに、新しいガンスミス、連れてきますから!」
苦し紛れ……というほどでもないが、そう返事をしてしまった。
昇降口へ行き、上履きを履き替えた折りに、
「ゆ、悠里君!」
「咲良? 待ってたのか」
昇降口のガラスの前でもじもじした咲良に呼び止められた。
「一緒に、帰りませんか?」
頬を赤らめてそう言う彼女に、悠里ははにかんで頷いた。
照れているのも可愛いなどと心で呟きながら。