日が沈んだのと同じくして部の練習は終わった。
「俺はバイトだから明日の練習も来いよ」
紫色の空の下、校門の前で悠里にそう告げられ、咲良は寂しそうな面持ちで手を振った。
悠里君はバイト。ラプアさんも今日は教えないって言って彼と一緒に行ってしまった。
こうなると、何もすることがない。先生達は午後のうちに帰ってしまったし、昇降口も鍵が掛けられていて中には戻れない。
明日まである束の間の暇。しかし咲良は持て余してしまっていた。
「まだ練習していたいな」
体力も有り余ってそう呟く。
途端にあることが頭を過り、背後の気配を悟る。
「――ナイト」
「バレた。完全に気配を消していたつもりだったけど、君の鋭い感覚には敵わないや」
悠里と瓜二つの少女『ナイト』が茶色い髪を揺らしてお茶目に言う。
不意な遭遇なのに咲良は動じず、表情を殺して彼女を一瞥し、家の方向へ歩く。
「ねぇ、いつになったら私と契約してくれるの?」
「悠里君と同じ顔、同じの記憶だよ。人間にしてくれたら一生君を愛するよ?」
「無視しないでよ。捨てないで。君みたいに」
問うナイトに答えない咲良。
まるで訪問販売のセールスマンのようにしつこい。
いい加減、耳障りになってきて、
「私を使えば誰でも殺せ――」
「うるさいっ!」
ナイトの肩を突き飛ばす。それが悠里へ当たっているように思えてしまい、途端に罪悪感が背筋を伝った。
「ご、ごめんなさい」
哀しそうな瞳の彼女に脊髄反射で謝ってしまう。
悠里君じゃない。そう、この子は違う。言い聞かせようとするが、離そうとすればするほど影が重なり、心を斬る。
「なぜ謝ったの?」
どこからともなく尋ねた言葉。
「だって、君は悠里君の・・・・・・」
ナイトは噤んだ口をニヤリと笑わせた。この子の声色じゃないと気付いた瞬間、背後から飛び込む気配を感じる。
咄嗟に反転すると、首に向かい飛んでくる手と握られたゴム製のナイフ。
それを両手で受け止めて問う。
「誰?!」
「初めまして片岡 咲良さん。そして、さようなら」
須臾、もう一本のナイフが振られる。顔を背後に引くと空を切る音とともにマットな灰色が横切った。
その間一秒も経たず――ナイフ捌きが尋常じゃなく早い。しかも気配が感じられなかった。
「やっぱり一筋縄では行かないわよねぇ」
「いきなりナイフを振ってくるなんて、失礼です」
「あはは! 承知の上よ! 貴方とは一度やり合うことを望んでいたんだもの。何も賭けないでねっ!」
暗闇で顔や容姿までは見えない。ただ、振りかぶられるナイフの軌跡は正確に捉えて避けられる。
頭のおかしな女に付き合うことはしない。身を退きその場から逃れようと背を見せた。
「逃がさない!」
女からは執念が滲み出るが、動きは少し鈍い。このスピードなら逃げ切れる。
そう考えた矢先、足下を緑色の光が弾いた。
「狙撃っ?!」
「頂き」
直感的に横へ跳び退ると、裏の首筋を冷たいゴムの感触がなぞった。
油断していた。仲間がいることまでは想定していない。地面に足がつくと抜かった自分への戒めの言葉が頭へ呟かれる。
「私の勝ち。でも二対一じゃあまり嬉しさがないわね」
女は勝利を誇らず、さも当たり前のように語る。
ナイフで負けた。幾度と戦ってきた近接戦闘。自信はあったし負ける要素はゼロだ。
「今度は狙撃なしの一対一でやりましょう」
言葉を失う咲良に彼女は後ろ足で器用に下がりながら言った。
そして街灯の煌々とした白が彼女にスポットを当てたとき、水色のワンピースにトランプ柄のニーソックスという奇怪な格好のインパクトを咲良の脳裏に焼き付けた。
「私はアリス。北条 アリス。全国大会で会いましょう。マスターの卵さん」