呪いを背負う、覚悟はあるか?――
午前六時でもキツい日差しが目覚めたばかりの街に降り注ぐ七月の下旬。
本格的な夏の到来。じめっとしたうだるような暑さの中で、すっかり生え揃った葉の木陰の下を歩く二人の姿があった。
一人は中性的な顔立ちの男子高校生で、一見すると少女と見紛うほどの美しさを持つ男の娘。
もう一人はスラッとした長身の大人びた雰囲気の女性――彼の腕に収まる相棒である。
「悠里くーん!」
そしてその後ろ。この暑さを物ともせず黒のショートボブを靡かせ走る女子生徒が一人。
立ち止まって先に歩いていた二人は振り向く。
「おはよう咲良」
「おはようございます! ラプアさんも」
「あぁおはよう。しかしこんなクソ暑いのに元気だな」
「当然です! EOSまで残り三週間なんですよ! 気合入らないわけがないじゃないですか!」
掛けていた丸眼鏡を直して、鼻息を荒くする『片岡 咲良』が徐にプロテインを飲み出す。
そんな姿もついこの前まではあり得なかったと、男の娘『新井 悠里』は感慨深くなってしまった。
三人になった彼女たち。人の閑散とした道を歩き出す。
「普通の学校の日と変わらないみたいですね」
「初めて見るって感じだね。夏休み始めって言っても、八月くらいまでは追試とか補習でみんな来るんだよ。俺も中学時代は毎年呼ばれたなぁ・・・・・・」
中学の成績はあまり芳しくなかった。それだけ付け加えて、悠里は死んだ目で懐古した。
「勉強苦手なんですか?」
「入試までは死ぬほど嫌いだったよ。サバゲーの時間が無くなるし、意味ないと思ってた。でも城西に入りたくてラプアにスパルタで教えて貰って、死ぬ気で頑張ったよ。その甲斐あってか苦手意識は無くなったかな」
「ラプアさんって頭良いんですか?」
「そこそこな。一般教養程度の知識は心得てる」
「そ、そうなんですか・・・・・・」
照れながらラプアが謙遜する。
城西高校は都内でも名の知れた進学校で偏差値も人気も高い。卒業後の進路も国立大などが大半を占め、入学にはそれなりの頭脳が必要だ。
すると咲良が何やらもじもじと両手を絡ませている。
何か悩み事でもあるのだろうか。悠里が聞こうとしたとき、先に彼女が打ち明ける。
「あ、あのラプアさん! もし良ければ、私にも勉強を教えていただけないでしょうか!?」
恥じらうような、それでいて切実な願いがこだました。
ピンと来ない二人。顔を見合わせ、首を傾げると咲良は目を泳がせて、
「じ、実は中間と期末テストなんですが・・・・・・私、両方ともかなりの数の赤点を取ってしまっていて・・・・・・進級がすでに危ういんです」
悲壮感を漂わせてズンと俯く咲良。
悠里の脳内では隕石が落ちるほどの衝撃が走った。
あの運動神経やクレバーなプレーを見ていると勉強ができないなんてイメージはまず持たない。スポーツ万能な人間=勉強も出来る文武両道というのが通説だ。
それは咲良でも例外じゃない・・・・・・などと勝手に思い込んでいた。言われて見れば勉強が出来ないなんて噂は聞かないし、逆も然りだ。
「えっと、赤点って50点だよね?」
「はい」
「全教科平均は?」
「・・・・・・えへっ」
黙りこくった後に笑みで誤魔化そうとする。こいつはかなり深刻だと悟った。
「とりあえず部長に相談しようか」
「あの! それだと私、大会に出れないってことになりませんか?!」
「確か補習と追試受ければ一学期の成績は取り戻せたと思うから、そこからかな」
「お願いです! 二学期で! 二学期で巻き返すので大会だけは出たいです! だから!」
咲良は二人の前で土下座をし始める。
いつもの彼女からは想像が出来ない。悠里は困り果てて頭を掻いた。
「と言ってもなぁ」
ラプアに目で助けを訴えてみるが、煩わしそうな顔をしてる。
悠里の時もただでさえ苦労させられたのにまたか。しかしため息を一つ吐くと、
「分かった。教える。明日の夕方からスティールでやる」
「ほんとですか?!」
「ただし、補習と追試は受けろ」
「・・・・・・受けないと、ダメ?」
「ダメだ。保険は掛けておくに超したことない。悠里と進級したくなかったら、反故にしても別に構わないが?」
ニマリとしたり顔のラプアに咲良は鳥肌を立てて震え上がる。
「悠里君と進級できない・・・・・・一大事ですね」
「だろ? 嫌なら努力しろよ」
「は、はい!」
活き活きした返事に満足そうに頷くラプア。
再び歩き始めると五分もしないで校門の前につく。
校舎の外壁には『城西高校.236部 全国大会出場』の懸垂幕。
誇らしげに掲げられたそれを見て、三人は改めて実感させられる。
全国大会――エスケープオブサヴァイバーへの出場。新たな戦いが始まる予感を。
エスケープオブサヴァイバー
全国予選を勝ち抜いた26チームで行う街一つをフィールドに仕立てた二四時間のバトルロワイヤル。
一週間の日程で高校生限定大会とプロ二部門の大会、計三試合が開催される。
戦闘地域からほど近いライブビューイング会場は国内のみならず、海外からも観客が訪れる。
サバゲーマーならば一度は憧れる舞台。
しかし忍び寄る悪夢の気配を知る由もなく、悠里達は大会に向け練習を始めるのだった。