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第47話

先輩達の想いに応えたい。


咲良の原動力はまさにその一点に集中していた。


スタートから三十秒。作戦通り、悠里と別行動を取った咲良は、涼の眼を頼りに敵と相対する。


手近な逆さL字のバリケードへ隠れ、敵の先鋒との撃ち合いで戦いの火蓋は切られた。


「右から二名上がってきてる。悠里の方へは一名だけだ」


右の射線は切った。集中すべきは前と左。


「単騎で突撃したのが向こうの主将ですね。気をつけてね悠里君」


相手は初戦から一人もやられずに勝ち上がってきた。悠里と咲良を主体とした個人技で上がってきた城西とは対称的で統率も練度も圧倒的に上。


正面で撃ち合っている選手も身体の露出を最小限に抑えた構えで咲良と対峙している。射撃姿勢やタイミングを不規則に変え、撃ち合いはするものの決着はつかずに膠着する。


「左側を警戒しろ。右の二人は私が抑える」


チームメンバーに指示すると涼の軽機関銃が猛烈なモーター音を響かせて咆哮し、回り込もうとしてきた敵に弾幕を浴びせる。


考えなしに弾幕へ立ち向かおうとする者はいない。足を止めた右側の敵は撃ち合いを避けてバリケードへ身を潜め、左側の味方が残りの敵と接敵する。


「左側、残りが来るぞ。咲良と数で押せ。咲良への報告は怠るなよ」

「了解だ。前進しながら敵を蹴散らす」


だが前進を始めた途端に右と同様に撃ち合いを避けて下がり出す。咲良は違和感を覚え、前進を待つよう口の端が動く。


それを予期したように押し殺した銃声とヒットコールが鼓膜を揺さぶる。


「スナイパー!」


味方の一人が叫んだ。しかし既に遅いと、か細い銃声が連続する。


「また一人ダウンした。咲良、こっちに援護を!」

「ダメだ……どこにいやがる!」


敵のキルゾーンに踏み込んでしまった。味方の断末魔が無線越しに響く。


援護しなければ。駆られる心が焦りを生むが、正面の敵で精一杯でその余裕はない。


数分もしない内に味方はスナイパーに狩り取られる。


「全……滅」


結衣の不敵な笑みが頭を過った。可憐で残虐的なまでの戦い方にまんまと嵌められたのだ。


残りは別動の悠里、右側で弾幕を張っていた涼。そして呑気に不毛な撃ち合いをしていた咲良だけ。


完全に術中にはまってしまった。咲良を一人で引き受けた敵は足止めに徹して撃ち勝つことは避けていた。


この数瞬で咲良は確実に追い詰められた。けれど手がないわけじゃないと咲良は唇を噛む。


「涼先輩、私が指示する方向に弾末を張れますか?」

「あぁ任せろ」

「飛び出した瞬間、私の背中目掛けて弾幕を張ってください」

 涼の驚嘆が音割れして耳に届く。

「お前、自爆するか?!」

「自爆なんてしませんよ。まず正面の敵をやります」


そう言い放つと咲良はバリケードから飛び出す。


「今です!」

「どうなっても知らないぞ!」


足止めしていた二人が咲良へ向く。身を晒した絶好のチャンスと敵はライフルを構えているが、トリガーの直前に目の前からその姿が消えた。


「下っ!」


這うように飛び込んんだ咲良。敵と目を合わせ、完全に注意を引く。


「もらった」


敵の声が聴こえトリガーを引こうとした須臾、鋭い弾幕が身体のあちこちを引き裂いた。


射線隠蔽。自らの身体を使って、今度は狙撃銃ほど精度のない機関銃でやってのけた。


まさか悠里以外でやってくるとは敵も思ってなかったのか、驚嘆でしばらくその場に立ち尽くしていた。


「涼先輩!」

「分かってるスナイパーを落とすぞ!」


声で呼び合って結衣を名指しで目標に示す。


だが咲良を射す弾丸が距離を詰めていた。サプレッサーの乾いた銃声に身体が反応を見せるが、盾では間に合わない。


ライフルを弾道上に重ね防御。


「ウェポンブレイク! 読まれてた」


これで武器はハンドガンとナイフに絞られた。でもまだ——。


「咲良! 左右に敵!」


涼の警告に首を振ると11時と1時方向から銃口が眇め、白い球状の弾丸が迫る。


——やられる。直感的に思った瞬間、咲良の背中が土の感触で包まれた。


「やらせるか!」


さっきまで居た場所には涼が立ち、両腕と銃に弾丸を喰らう。痛みでしかめた横顔だが、


「この身一つになっても守るって言ったろ」


屁でもないと笑っていた。けれどもはや満身創痍で頼りになるのは足だけ。


「なんで私の因縁にそこまで」

「バーカ。お前だけの戦いじゃないんだよ。私達に奇跡を見せたお前と悠里に賭けた。だから諦めんなよ」


鼓舞して、弾丸が止んだ隙に一息をついた。


「さーて、最後の仕事をしますか」


足しかないのなら、全力で走って的になるまでだ。その間に咲良が一人でも喰えば勝利に微かだが近づく。


敵陣への全力疾走。部位ヒット判定だから出来る最後の足掻き。


涼は無数の弾幕の中で全身に弾丸を受けた。己の無力を痛みで刻むようにして、彼女は散っていった。


メインアームのない咲良はただ見てることしかできなかった。


悠里もいない、たった一人の戦場。勝ち筋が見えず、内心では諦めかけている。


だが涼の言葉が幾度と反芻していて諦めきれない自分が心の隅で声を上げた。この舞台を用意した悠里や涼、先輩達の為に勝つ。勝たなきゃいけない。


咲良の浅い呼吸がだんだんと多くなっていく。勝たなきゃならない。勝ってみんなと一緒に戦いたい。私が覆すんだ。


電撃のように頭を過った言葉がすべてのリミッターをぶち壊した。長く眠っていた彼女の本領が俊敏性となって片鱗を見せ、遠目の結衣を震え上がらせる。


アレは——


「サクラドライブ」


片岡 咲良は人間を逸した。仲間から託された想いで加速する——


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