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第45話

薄暗い茗荷谷高校236部の部室。暗闇を照らす27インチモニターには試合映像と戦術マップが映し出され、結衣はその映像を繰り返し見続けていた。


次の相手は咲良のいる城西高校。私が捨てたあいつがいる。


「攻撃の主体は咲良とあの男の二人。そこに城西主将の火力支援。左右のどちらかを毎回抜いている。咲良の弱点をスナイパーの目で補ってる感じか。すると要はあいつの目」

「入るよ結衣」


真理の声も届かず、独り言は続く。


「スナイパーと咲良を分断するのは必須条件。仮にガンナーの火力支援があっても目一杯横幅を使えばカバーはできないはず。分断するのは簡単だけど、最も警戒すべきは『サクラドライブ』ね。トリガーは恐らくあの男だ」

「結衣ってばー」


ツンツンとされて肩がびくつく。驚かさないでほしいと結衣。


「まーた不気味な独り言」

「仕方ないじゃない。出ちゃうんだもん」

「で、何か良い作戦は立てられそう?」

「絶対に勝てるわよ。私の言う通りにすれば」

「凄い自信」

「今更それ言う?」

「えーっと、もしかして聞き飽きてた?」


結衣は即答で頷く。本当に忘れてるみたいね。


「じゃ、時間も勿体無いから説明するわね」


作戦は単純。咲良と悠里を分断して各個撃破する。


考え得る最良で合理的かつ、自分の因縁も断ち切れるものだ。結衣が咲良を相手にし、真理が一人であのドゥーガルガン持ちを撃破する。


ただし、咲良を撃破した後にスナイパーにはトドメを射すという条件付きだ。でなければ『サクラドライブ』という、ある種ゾーン状態の彼女を相手にしなければならない。


それを伝えると真理はただ一言。


「良い作戦だ」


結衣は画面を消して愛銃を据える。彼女も異論はないと頷いている。


「では決まりね。しっかりしてよキャプテン」


真理は一瞬首を傾げたが、思い出したようにしっかりと頷いた。


私が咲良と決着をつける最高の舞台が整う。結衣の心にはもはやそれ以外なかった。




その日の朝は静かに訪れた。眼を細める朝日の眩しさ、スズメの囀り、ゴミ収集車が流す甲高い女性のガイダンスボイス。


いつもは聞き流しているそんな日常の雑踏さえ、今日は過敏なまでに聞こえてくる。


EOS予選決勝。合宿が終わり、長く思えた一週間もあっという間に過ぎた。


咲良や先輩達の為にこの力を使う。けれどラプアには何と声を掛けていいのか分からず、言葉を交わさぬままこの日まで来てしまった。


俺はもう誰も殺さない。率直に伝えても彼女は信じてくれるか。独り善がりじゃないかと不安がラプアへ踏み出す一歩を躊躇わせる。


太陽の淡さが残る早朝に悠里は家を出て、一番乗りでフィールドに到着する。


大会スタッフは勿論、フィールドのオーナーも来ていない。雑木林の入口で閉まった門をじっと据える視線は少しだけ震えていた。


「君、今日の対戦校の人だよね? 早いね」


背後からの声。門が開くまで一人かと思っていたが違ったようだと悠里は振り向く。


「東さん……あなたも早いですね」

「えっと、確か君は……あぁ、咲良君の友達だったかな」

「新井 悠里です」

「そうだ悠里君だった。えっと……ごめん、それ以上はなんだか思い出せない」


真理の顔はよく覚えているし、向こうも覚えていると思っていた。しかし忠告を無視された相手というのはそう忘れるものなのだろうか。


「あの時、俺」

「あの時?」

「俺は貴方の忠告を無視した。すいません」

「んーっと、君に謝られるようなことを私したかな」


困惑の表情を浮かべていた。


「咲良から聞いたんです。貴方が戦いを止めたいって言ってたこと。だからドゥーガルガンを渡せって言ったんでしょう? あの時の忠告を聞いていたら、俺は一人殺さずに済んだと思うんです」

「ドゥーガルガン? あぁ……じゃあ君のも壊さなきゃ」

「え?」


声色が突然変わり、真理は背中から鋭利な斧を抜き肉迫してくる。


訳が分からない。そう思いつつも後退るが、すかさず真理が振り被った腕を下ろす。


「ちょっ?! なんで!」

「ドゥーガルガン。壊さなくちゃ。お前の銃壊す!」


避けるたびに風切り音が耳を突く。そのたびに悪寒が走って慄く。


「東さん。俺も戦いを止めたい。だから話を」


悠里の言葉も耳に入らず、真理はずっと斧を振い続ける。


「真理! あんた何してんの!」


ツンと鋭い声に聞き覚えがあった。横目で見ると結衣が駆けて来るのが見え、真理を背後から羽交い絞めにして止めると斧を持つ手を思いっきり握った。


すると痛みに耐えかねて斧を落とし、真理の発作は収まった。状況を理解したとき、前のような凛とした雰囲気は嘘のように消え、結衣の胸に飛び込んで泣いた。


「……何がどうなってるんだよ」


一体に何がどうなってるのか。それにタイミング良く駆けつけてきたこいつは、何を知っている。


悠里は彼女から直接訊き出そうとタイミングを見計らっていたが、


「あんた、ちょっと来なさい」


どうやら向こうも同じようだった。嫋やかな笑みで真理を引き離すと、数百メートル離れたコンビニの前で足を止め、真理に起こった全ての出来事を打ち明けた。


「誰かに記憶を消された……同じドゥーガルガンにやられたってことか?」

「分からない。でも、あいつが無策に勝負を挑んでやられるとは考えられない」


いつものキツイ口調はなく、結衣は淡々としている。


「ねぇ。悪いけど今日の決勝、真理の相手を任せてもいいかしら?」

「俺に八百長しろってことか?」

「違うわよ。勿論全力で戦う。でも私とあんたが戦えば、最悪どちらかが死ぬか真理のようになる。だったら私とあんたは別の人間にやられる方がいいでしょう?」

「確かにそうかもしれないが……涼先輩達との約束もある」

「分かってる。それも承知の上よ。けどあんたは真理と戦って止めるかやられる。私は咲良と因縁をつける。しかも互いにドゥーガルガン同士の戦いは生じないからどちらも消えない。最高の舞台じゃなくて?」


突然の提案に乗ってもいいのか頭を悩ませる。こんなことが知れれば後で何を言われるか分からないが、


「分かった。乗ろう」

「意外ね。けどあんたの言葉を信じて正解だった」

「そんなに俺が優柔不断に見えるか?」

「いいや、正直無駄かと思ったのよ。あんた、相当ドゥーガルガンに心酔していたから」


よく人を見ていると結衣を畏怖する。


「俺はもう断ち切ったよ。死んだ妹を蘇らせるなんてことはしない」


リコはもういない。まだ割り切れてはいないけど、もう囚われないと誓った。


「そう。あんたは妹の為だったんだ」


気の毒そうな顔をする結衣。憐れむことが出来たのかと驚きながらも、悠里は歩き出した。


「お前と咲良に何があったかは知らない。けど、決着つけて満足できるなら思いっきりやれよ」

「……言われなくてもやるわよ」


敵の背中を押すのは少し妙な感じがしたけど、照れ臭そうにする結衣の姿を見ると悪くないと思えた。


「作戦、上手く行きそうだね」

「あんたにはこれも作戦の内に見えるの、シェイ」

「うん。違ったのかな?」

「馬鹿ね。こんな卑怯な手使ってまで勝ちたくないわよ。ただ、前会ったときと変わってたから言ったまで。これで消える心配が無用になるでしょう?」

「まぁ心配はしなくて良くなったかもね。結衣も思う存分、決着をつけられるんじゃない?」


そう言ってシェイははにかんで、結衣は肩を竦めた。



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