レギュレーション:236
ルール:殲滅戦 1VS1
数台の大型照明で照らされた特設フィールドの両端で、悠里と咲良はバイザーに表示されたカウントダウンを見張る。
拒否権はありませんから――咲良からあんな大胆に勝負を持ちかけるなんて夢にも思わなかった。
しかし、戦いへ向く自分の心は虚ろだ。
「恨みっこなしの一本勝負です・・・・・・全力を尽くして戦いましょう」
淡々とした言葉に口を結び直す。
勝とうが負けようが何も得るものがない。
なんのために戦うのだろうか。目的のない戦いが続くのなら、いっそこの世界からいなくなってしまえれば・・・・・・。
だがその迷いを振り払うようにカウントがゼロになる。染みついてしまった本能が突き動かすようにして咲良へ身体を向かせた。
中心よりも少し後ろのバリケードでライフルを構える。
(ラプアの声がない以上、長距離でピンポイントに当てるのは難しい。なら30メートル程度を維持して、確実にヒットを取るしかない)
フィールドは砂地で高さのある櫓や拠点はなく。戦場全体がほぼ平面で構築されている。
バリケードの密度も薄く、交戦距離の長い部分が多い。しかし角度によっては照明の当たらない影ができていて見づらい。
ここを攻められたら簡単に距離は縮まる。光源のある方から攻めようとした矢先、咲良が暗がりから迷いなく飛び込んでくる。
反射的に引き金を引く。ワンテンポ遅い。
「見切ってます」
軽くいなして30メートルのボーダーラインを悠々と越えてさらに詰める。
思い通りにさせない。一瞬の間も置かず、背を向けて一気に走り出す。
俊敏さではほぼ互角。逃げる悠里、追う咲良。
「この構図、あのときとは逆ですね」
「何が言いたい」
「今度は悠里君が逃げる番なんだって思って。少し感慨深いです」
ギシッと歯を食いしばる音がする。
逃げたらいけないのか。まるで逃げることを揶揄うように言われて力が入った。
瞬間電流のようにパチッと湧いた怒りを、冷静に沈めて目の前の敵に集中しようとする。
「落ち着け。乗るな俺」
「自分のせいで、妹さんが死んだと思ってるんですか?」
「っ?!」
「過去に執着してるから、ずっとラプアさんにリコさんという業を押しつけてたんですか?」
「黙れ!」
乱暴にラプアのトリガーを引く。
俺の気持ちなんて何も分からないくせに。
無理解の咲良に募る怒りが狙いを狂わせる。何度も何度も押し寄せて理性が壊れていく。
感情的になった瞬間、思考が全て無くなった気がした。
我武者羅に、ただ怒りに任せて戦う。
咲良の姿が見えて弾丸を浴びせていく。
「何も知らないくせに・・・・・・あのとき、俺がちゃんとついてれば、リコは死ななくて済んだ・・・・・・だからやり直す」
「この分からず屋っ!」
一呼吸置いて咲良は駆けだした。
「私と同じだ。悠里君はずっと、過去に囚われてるだけなんだ」
「うるさい!」
乱れた弾道でも、ターゲットとの距離が近くなれば当たる確率も上がる。
だが咲良は、悠里の知っているスピードを遙かに超えて走っていた。
残像すら見えるその動き。ランダムな動きにトリガーが必ず遅れてしまう。
そして手の届く距離まで迫って、絡み合うように二人は倒れた。
「・・・・・・なんで後ろばっかり見てるんですか」
俺の負けか。そう思ったとき、ダミーのラバーナイフを首に立てながら馬乗りになった彼女が問う。
「前を向く勇気を与えてくれたのは悠里君なのに、なんでその貴方が後ろばかり見てるですか」
「そこまでだ。二人とも」
砂浜の蒼いネットの向こうから涼が発した終わりの合図が聞こえる。
「悠里少年。君のことは咲良君から聞いたよ。その銃、本当に人になれるのか?」
問いに悠里は小さく頷く。
「今まで、ずっとリコを求めて戦ってたんだ。死んですぐ現れたラプアが妹の生まれ変わりだって信じて、何人も殺した・・・・・・けど、全部否定されたら、俺はもう」
人になることを拒み、妹ではないと俺を突き放したラプア。
戦うことになんの価値も見いだせない。今までの努力が一瞬で泡みたいに消えたからだ。
頬を涙が伝う。罪悪感か、悔しさか、それとも絶望からか。どうして自分が泣いてるかも分からず、泣いていた。
「・・・・・・でも、ラプアさんはリコさんじゃないんです。そこにあるのは銃で、その」
暗くて重い悠里の過去。言葉が見つからないほど黒いそれに咲良は言葉が見つからない。
「隣に居たいって思う人が傷ついたり、傷つけたりするのは見てられないんです! なんで分からないんですか!」
不意に出た大きな声に悠里は驚いた。
霞んだ視野に映るぐちゃぐちゃの彼女の顔。頬は自分のなのか彼女のなのか、もはや分からないくらいに濡れている。
「貴方のことが大切だから止めるんです。決して否定したいからじゃないんですよ」
こんな簡単なことをなんで俺は理解しようとしなかったんだろう。
悠里の心を打ち、過去を穿つ。ずっと後ろしか俺は向いていなかったのか。
咲良は涙目に笑みを浮かべて言う。
「なんで止めたのか、分かったよ。ごめん、気づかなくて」
悠里も微笑む。しかしすぐに走った不安が表情を曇らせた。
「けど俺は沢山殺してきた。前を向いてもいいのかな?」
「・・・・・・良いんです。その罪は必ず償える・・・・・・何の根拠もないんですが、そう思います。だから、私と一緒にこの戦いを止めませんか?」
それが償いになるなら――悠里は肯き、
「同じ悲劇は繰り返したくない。それで償えるなら」
負の連鎖を止めてやる。もう誰も死なせやしない。
悠里の中に熱く芽生えたのはそんな気持ちだった。