涼先輩の無茶振りに付き合うのも疲れる。
武器とポジションをランダムに交換して特別メニューを回す。合宿に来たのだからいつもと違う視点で練習すると先輩は言っていたけど、
「これになんの意味がある」
マンターゲットを正確に撃ち抜きながら悠里はぼやいていた。
構えているのはよりによって咲良の愛銃『AR—15』。一方でリコを握っているのは咲良で、いくら鈍感でも涼が何か企んでいる気配は感じ取れた。
「ぼやいてないで集中しろ悠里」
聞こえていたみたいで涼にどやされる。言われずとも、今はとにかく一発でも多く撃ち込んで技量を上げることが最優先事項だ。
リコを完全な人間にするため戦ってきた。俺が弱かったからあの時リコは死んだ。だからあの銃を人間に変えて過去を清算しなきゃならない。
そのためにラプアは俺の目の前に現れたはずなのに、彼女は望まなかった。
私はラプア。ドゥーガルガンのラプアだ。あの言葉が胸に突き刺さって離れない。
そして相棒だった咲良も、俺の本音に愛想を尽かした。利用されていたなんて気分の良い事ではないし、あれだけ信頼とか嘯いていた奴が結局裏切ったのだから当然の結末だ。
スチールのターゲットを撃ち抜いた甲高い音が鳴り、残響が彼女の言葉のように耳を何度も打つ。
「ほら悠里! 手が止まってるぞ! 手ぇ!」
「あっはい!」
自問しながらの虚しい練習は夕方まで続いた。
心地良い音の小波は黄昏の渚を寄せては返す。宿へ戻る部員の列から一人離れて、ただ問い掛け続ける。
戦い続けたのに報われなかった。
俺はどうしたら良い。君の思う通りやれば良い。五十鈴の言葉は気持ち良かったが人間にするという事を拒まれた時点で全てが根底から覆ってしまった。
なら無理やりにでもラプアを人間にしてしまえばいいのか。だがラプアがリコになったところで彼女はそれを望まないし、仲の良い兄妹には戻れない……。
俺は——ただ前のように戻りたいだけなのに。
泊まっている旅館は砂浜から僅か一分の丘にある。
窓を開けば波音が聞こえ、昼間ならば果てしなく続く水平線を眺めることができる。海のシーズンには観光客でごった返すのだと女将さんは言っていた。
けれどすでに日は落ちていて景色は闇一色。
まるで私の心のようだ。咲良はぼんやりと闇に視線を据えながらそう独り言ちる。
悠里君は今どうしてるんだろう。やっぱり外でずっと撃ち込みを続けてるんだろうか?
そんな苦しみを背負わせたのも全部私のせいだっていうのに。
「独り善がりが過ぎましたよね・・・・・・」
反射する悲しげな自分の表情がまるで悲劇のヒロインのようで憎い。
器用に立ち回れない自分が憎い。
自分の気持ちを押し通そうとして、また相棒を失って。何も成長できていない自分が憎い。
けれど、もうやり直せない絶望感に理性が飛んでいってしまっていた。
涙がボロボロと落ちる。枯れるまで泣けば全て晴れると諦めきれるほどに、目からこぼれる涙は激しかった。
しかしそれも、扉のノックが涙腺に栓をする。
「咲良君いるかい?」
「はいっ安土先輩! 今、開けます」
声で涼だと分かったが、もう時計は八時を過ぎている。こんな時間になんだろうと咲良は不思議に思った。
開けると、スポーツドリンクのペットボトルを酒瓶のように持つ涼が気さくな笑顔で
「一つ、付き合ってくれないか?」
と誘ってくる。
「・・・・・・その誘い方、未成年飲酒に間違えられますよ」
「そんなわけ・・・・・・ないだろ」
「なんでちょっと自信無くすんですか」
涼のちょっとした冗談に、悲しみが少し和らぐ気がした。
けれどそれもすぐにぶり返した。部屋へ入って、涼はすぐさま本題へ入ったからだ。
「悠里少年とは、喧嘩してるのか?」
咲良は黙ってコクりと頷いた。
「決勝が近いのに、トラブルばかりですいません」
「いや責めたいわけじゃないんだ。その、一体何があったのか、まるで分からなくて」
宥めるように涼が尋ねる。
もう隠しておく必要もない。咲良は赤裸々に事の次第を語った。
「人になれる銃。そのドゥーガルガンってのを持って、悠里少年は戦って、殺し合ってると・・・・・・にわかには信じられないな」
半信半疑という様子で涼は訝しむ。
そりゃ疑いたくもなる。いきなり人になれる銃とか、負ければ死ぬとか言われたら、まず相手の正気を疑う。
そして念押しするように、
「本当にそれが理由なんだよな?」
と聞かれ、咲良は深く頷く。
「――なら止めないとな」
「はい」
「何か手立てはあるか?」
「・・・・・・わかりません」
咲良は即答し、同時に涙腺の栓が吹き飛ばされる。
方法がない。その絶望が感情を乱す。
後は流れるままに放っておけばいいのか、それともやめるまで彼を説得すればいいのか。私には正解が分からない。
不器用だから、どちらを取っても何かを失ってしまう。後ろ向きになっていた。
「もう何も、失いたくない。死なせたくない、去って欲しくない。私は悠里君を失いたくない」
嗚咽と混じって本音が出た。半分自棄になっていて何でも話せる気がした。
それを聞き、涼は真剣な眼差しを据える。
「だったら伝えてこい。お前らしい方法でな」
「伝えるって」
簡単に言ってくれる。咲良の心の声を聞いていたかはつい知らず、含み笑いを浮かべる涼が親指で暗闇を指す。
「さっきまでどこで練習してたか、忘れたか?」
「フィールド?」
「言葉で足りないなら弾丸も、だろ。なーに、私が許可してやる」
「でも」
「不安なのは分かる。だが平行線のままだと絶対に後悔する。だったら、やれるだけのことはやってみろよ」
「・・・・・・足掻くことか」
「え?」
「悠里君が言ってたんです。足掻くことって。何か躓いたり、壁にぶち当たったときにそうすれば上手くいくって。そっか、分かりました!」
妙を得たと、咲良は涙を拭き部屋を飛び出そうとする。
「あの、ありがとうございます。私、やってみます」
すでに涙は乾いていた。扉のとこで涼に一例して、咲良は廊下を走って行った。
「何か掴めたみたいだな」
小声で呟いて、涼は消えた背中に懐かしむような目を向けた。
そして悠里の部屋の前へついた咲良は力強くノックをする。
「誰です? こんな時間に・・・・・・」
顔を合わせたとき、悠里の驚いた表情が目に入った。
緊張はする。咲良は深く深呼吸をしてから告げる。
「私と、一対一してください。今から・・・・・・拒否権は、ありませんから」
手を掴んで、咲良は彼を半ば強引に引っ張り出したのだった。